7.誕生日
ジャジャーン
と効果音が聞こえる勢いで、それはわたしの前に現れた。
「アリアーシュ、誕生日おめでとう」
アリアーシュは今日12歳の誕生日を迎えた。この頃にはようやく普通の生活ができるようになっていた。自分の力で歩いてみんなと一緒のご飯を食べる。そんな普通の生活。
お父様に呼ばれ向かったのはなぜか厨房…の隣の部屋。そこにあったのはこちらと厨房の壁をぶち抜いて、新たに作らたキッチン。
「アリアーシュ用のキッチンだよ」
どういう事だろう?わたしは一言もキッチンが欲しいなんて言ってない。なんなら諦めたくらいだ。
ではなぜこうなったかというと…
わたしが厨房に行った事をシェフ達から聞いたリチャードがどういう事かルリアに聞いたところ、ルリアが事情を全て話したらしい。その話がリチャードからお父様に伝わり今に至るというわけだ。
「私はね、アリアーシュ、お前がやりたい事は全部させてあげたいんだよ。体も碌に動かせず、食べる事も儘ならなかったお前が、自分から何かしたいと思うようになった事が私は嬉しい。自由に動けるようになったんだ、お前は自分のしたい事をしなさい」
貴族の娘なんてお家相続の道具でしかないのに、うちは両親共にわたしを大切にしてくれる。
目覚めたら知らない女の子になっていて、なんなら死にかけていて、そんな中で知らない世界で生きて行かなきゃいけなくて…。
この詰んだ人生でわたしが生きてこれたのは、両親が大切に愛してくれたおかげだ。
「あり…がとう…ございます…」
わたしは溢れる涙を堪えることができなかった。
両親がわたしのしたい事をさせてくれるなら、わたしは家族の為に出来る事をしよう。
キッチンをプレゼントしてもらったが、使用条件をつけられた。
わたしはまだ子供なので隣の厨房にコックがいる間、必ずルリアの付き添いのもと使用可能になった。
危ないので絶対一人で使うなと言われ、守れなかったら没収と言われた。
いくらわたしが前世アラサーで一人暮らし歴10年以上で自炊をしていたと言っても今のわたしは12歳の子供で料理なんてしないと言われている貴族のお嬢様だ。キッチンを没収されたくないので大人しく条件に従うことにした。
それから誕生日に王子からいつもの花束とバースデーカード、そしてエメラルドのブローチが贈られた。
王子がアリアーシュの誕生日を知っていたことに驚いた。アリアーシュの記憶では王子の婚約者になって一度も祝ってもらったことがない。会えば威圧的な態度で嫌がらせれた記憶しかない。
バースデーカードには
誕生日おめでとう。こうしてお前を祝うのは初めてだな。
アリアーシュがこの世に生まれた感謝と、そしてこれからの未来に幸あらんことを。
と書かれてあった。
何なんだろう、この変わりようは…。だけど。
…正直ちょっと嬉しい。ちょっとだけ、ちょっとだけね。
わたしは少しふわふわした気持ちで王子にお礼の手紙を書いた。
◇◇◇◇◇
わたし専用のキッチンを作ってもらって、まずはみんなにお礼を作った。
自慢じゃないけど凝ったものは作れない。だから最初に作ったのはパウンドケーキだ。
薄力粉、砂糖、バターが同じ分量だから失敗しない、生前のわたしの必殺技だ。
だがしかしこれはどういう事だろうか…?
初めてキッチンに入った日、シェフと他コック二人がわたしのサポートに付いた。
三人も要るか?と思ったけどそう判断されたら仕方ない。わたしは料理なんて自分でしない貴族令嬢でまだ子供なのだから。
そしてルリアは付き添いが絶対条件なのだからわたしの傍にいるのはわかる。
百歩譲ってこのメンバーがわたし専用のキッチンにいる事はわかる。だけど…。
「お父様、お母様、アル、それにリチャードや他のみんなもなぜここに居るのですか?」
使用人たちはさすがに入ってくることができないようだが廊下からこっちを覗いていたり、窓の外からこっちを覗いていたり…。
そう、わたし専用キッチンに全員集合していた。
お父様、仕事に行ったのではなかったのですか?お母様、何かご予定があったのではないですか?アルくん、お勉強の時間は?リチャード、あなた執事なんだから使用人達をどうにかしなさいよ、率先して見に来るんじゃないわよ。
とにかくこれでは料理どころではない。
「リチャードと使用人達は持ち場に戻りなさい。お父様はお仕事に行ってください、お母様はご予定があったのではないですか?アルはお勉強の時間でしょ?こんなに大勢キッチンにいると作業できないのでコックとルリア以外みんな出て行って下さい」
「しかし…アリアーシュが初めて料理をするんだぞ、仕事に行ったところで心配で心配で仕事に手が付かん」
「そうよ、アリアちゃん以上に大切な事なんてないんだから」
「僕も姉さまの料理しているところ見てみたいです」
そうね、そうだったわ。うちの家族[超]過保護家族だったわ。
「コックとルリアが付いているので大丈夫です。心配しないで待ってて下さい。出来上がったら一番にお出ししますので」
お父様、お母様、アルバートにはどうにかこうにかキッチンから出て行ってもらった。
漸く静かになった。
「さて、あとはあなた達ですが…」
わたしはわたしのサポートに付けられたシェフとコックを見た。わたしのキッチン使用条件は隣の厨房にコックがいる事、別にサポートに付く必要はないし付いたとしても三人も要らない。わたしに人手を取られてランチやディナーが疎かになっても困るしね。
「お父様に言われてわたしのサポートに付く事になったんだと思いますがルリアがいればサポートは必要ないので持ち場に戻っても大丈夫ですよ。お父様にはわたしからきちんと説明しますので」
「いえ、そうではありません。皆、お嬢様に付きたいと言うので我々から旦那様にお願いしてサポート係を買って出たのであります。どうか一人だけでも残していただけませんか?」
そう言ったのは厨房の責任者、うちのシェフだ。これでも厳選して三人に絞ったらしい。
う~ん、そうね…。わたしが作れるのって結局お手軽簡単料理だ。だからプロに付かれても相手が困るだろう。でも私にも作れるものがあれば教わるのも悪くない。プロに教えてもらえる機会なんてこの世界に生まれ変わらなきゃ訪れなかっただろう。
「わかったわ、一人だけね。別に固定じゃなくて持ち回りでいいから、それからあまり手出し口出ししない人がいいわ。但し、シェフはだめ。わたしに構ってないでちゃんとうちの厨房を回して下さい。」
本格的に料理がしたいわけじゃないし料理人になりたいわけじゃないので小うるさく口出しされたり色々勝手にされても困る。静かに見守りができる人がいい、誰が担当するかはシェフに任せた。
シェフは「だったら自分が…」と名乗りを上げたがお断りした。
この日作ったパウンドケーキは家族には紅茶と一緒に出し、使用人達にはみんなで食べれるように何本か纏めて渡した。
「これをアリアーシュが作ったのか!?」
「まあ、アリアちゃん、お店でも始めるの?」
「姉さまとってもおいしいです!」
家族はわたしが料理できることに驚きながらもおいしいと言って食べてくれた。
初めて振舞ったパウンドケーキが高評価でわたしは浮かれた。
そして決めた。王子に会おうと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
別にパウンドケーキが好評だったから王子に会おうと思ったわけではない。
わたしは今まで人前に出れる容姿をしていなかったから会いたくなかったのだ。まあ、それだけではなくやっぱり会うのが怖いっていうのもあったけど…。
わたしはもう普通の生活ができて容姿もたぶん人として見れるくらいにはなったはず。
婚約者でこの国の王子が毎日毎日見舞いに来てくれているのだ、それなのにいつまでも会わずに帰ってもらう事なんてできない。
そう決めてわたしはお父様に相談した。
「アリアーシュが決めたなら私は何も言わないよ」
お父様はあっさり了承してくれた。
「よろしいのですか?」
わたしは両親に大切にされている。その自覚はある。
そのわたしは王宮でのお茶会で王子に水を掛けられ、脅され、お菓子を無理矢理口にねじ込まれた。この事だけでもお父様にとっては許し難いだろう。
アリアーシュが無理矢理食べさせられたお菓子は毒入りで…
本来ならばアリアーシュ・セラトリアはこの時点で死んでいたのだ。
一命は取り止めたものの、昏睡状態でいつ目覚めるとも分からず、見る見る痩せ細り衰弱していく娘を見ている事しかできない親の気持ちは如何なものか…。
「そりゃあね、うちの可愛いアリアーシュを沢山傷つけて苦しめたんだ。いくら殿下と言えど許せる事ではないよ」
アリアーシュは両親に心配を掛けたくなくて王子にされていた事を隠していた。
だけどお茶会での事件はさすがに両親にも伝わっている。それに伴い今までの関係も多分露呈した、もしくはアリアーシュが言わなかったから気付いていない振りをしていてひょっとしたら全部知っていたのかもしれない。
そう言えば、お父様はアリアーシュが昏睡中、陛下に直々にアリアーシュと王子の婚約を解消するよう求めたらしい。しかしいくら懇請しても婚約は解消されることなくわたしは王子の婚約者のままだ。
「それでもアリアーシュが殿下と会うと決めたなら私は止めはしないよ。但し、何かあったら必ず隠さず報告する事、それだけは約束しなさい」
「はい、お父様。ありがとうございます」
お父様の許しを得て、後日王子をお出迎えすることになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王子と会うと決めたからと言って直ぐにお迎えできる訳ではない。王子をお迎えするための準備をしなくてはいけない。
その準備が整い、とうとう…とうとうその日がやって来た。
王子が到着したと報告が入る。わたしは王子をお迎えするためにエントランスに出向いた。
緊張で心臓が早鐘を打つ。ここにきて往生際悪く逃げ出したくなる。
目を瞑り深呼吸し心を落ち着ける。脳裏に浮かんだのは瑠璃色の髪の幼い少女の後ろ姿。後ろ姿にも関わらずその背中は気高くわたしなんかよりも大きい。誰が公爵令嬢なのかを分からせる背中。
迷うな!逃げるな!アリアーシュ・セラトリアなら誇り高くあれ!そう言われた気がした。
そうよねアリアーシュ。王子に会うって決めたのはわたしだもの、ここまで来て逃げたりしないわ。
あなたのように気高く美しく振舞って見せるわ、だってわたしはアリアーシュ・セラトリアなのだから。
「ヴィクトル・ペルダナグ王子殿下がいらっしゃいました」
ちょうどその時、王子が来たと知らせと共に扉が開いた。
「お越しいただきありがとうございます、ヴィクトル殿下。お会いできて光栄に存じます」
すっかり筋力の戻った体でカーテシーを行う。どうすればいいのかは体が覚えている。アリアーシュの見るものを引き付ける、一度見れは忘れられない美しいカーテシーを。
「あ…アリアーシュ?」
わたしの出迎えに王子は驚いていた。
「これまで毎日足をお運びいただきありがとう存じます。こちらの都合で顔合わせ叶わず申し訳ございませんでした」
「顔をあげてくれ、アリアーシュ。謝らなければいけないのは俺の方だ、許してくれとは言わない、だが謝らせて欲しい。これまでの事はすまなかった、これからは償わせてほしい」
「いえ、謝罪には及びません。それはわたくしが至らなかったせいですので」
「アリアーシュ、いつまで殿下をそんなところに立たせているのですか。上がっていただきなさい」
エントランスで謝罪合戦をしているわたしに声を掛けたのは、今日はお父様がお仕事で不在なので邸を仕切っているお母様だ。普段はわたしをアリアちゃんと呼ぶぽやぽやのお母様もさすがに王子の前ではキリリと公爵夫人の顔になっている。かわいいぽやぽやのお母様からキリリとしたかっこいいお母様のギャップが激しい。
王子を応接室に案内し向かい合ってソファーに座る。
いざ王子を目の前にすると何を言っていいのか分からなくなった。王子からも言葉はなく沈黙が続いた。
気まずいと思っていた時、お茶の用意ができルリアが応接室に入ってきたてわたし達の前に並べてくれた。流石ルリア、ナイスタイミングだわ。
緊張で喉がカラカラだったわたしがカップに手を掛けると王子もカップを手に取り口を湿らせた。
今までお互い会話らしい会話をしたことがないのだ。いきなり向き合って話せと言われても無理がある。
ここはやはり困った時の天気の話から切り出そうか…。
「…今日は…いい天気だな…」
……………。
どうやら王子も同じ事を思っていたらしく天気の話を切り出してきた。
「そう…ですね…」
…………。
会話が終わってしまった…。しかしこれ以上どう返せと!?
手紙では弾んだ会話も王子と顔を合わせていると会話の引き出しが空っぽになったかのように何も出てこなくなる。
わたしが考えあぐねていると再び王子が先に口を開いた。
「もう、平気なのか?」
平気?平気とは?
「俺に見られても平気なのか?」
あ…誰にも会いたくなかった時、偶然王子に会ってしまった時にわたしが人に見られたくないと言った事をずっと王子は守っていてくれたのだ。
あの時も思ったけど王子ってそんな気遣いができる人だったなんて…。
「お気遣いありがとう存じます。これからは少しづづ人前に出たいと思っております」
「そうか…それは良かった」
そうね、わたしは王子の事を知らなすぎる。アリアーシュの記憶の傲慢暴虐唯我独尊王子、わたしが出会った優しい王子、どちらも同じヴィクトル・ペルダナグだというならもっと色んな顔を見てみたい。もっと王子を知りたい。
「なあ、アリアーシュ。もう一度俺にチャンスをくれないだろうか?」
何か意を決したような真剣な顔で王子が言った。
「チャンス?ですか?」
「俺と婚約をやり直して欲しい。俺はちゃんとお前の婚約者になりたい」
??????????????????????????????
王子の顔は至って真剣だ。真剣だが王子の言ってる意味が分からない。やり直すも何もわたし達の婚約は破棄も解消もされていないはず。そもそも王子との婚約は国が決めたものだ、簡単に白紙に戻すことができない。だからわたし達はずっと婚約者のままだ。
王子の言っている意味は分からないが断っても承諾しても婚約者としての関係は変わらないのだ。だったら断る理由がない。まあアリアーシュに断る選択肢が無いのだが。
「畏まりました。殿下と改めて婚約致します」
「ありがとう、アリアーシュ」
この場で交わした婚約は公的なものでなく二人の口約束で何の意味も持たない。
だけど王子は嬉しそうに笑った。
お読みいただきありがとうございます♡♡♡
面白いと思っていただけたり、続きが気になったり、お気に召されましたらブックマークや☆にて評価いただけますと幸いです。
大変励みになります(∩´∀`)∩