34.始まりの物語
王子の誕生パーティから少し月日が流れた。聖教教会のわたしを拉致しようとする問題がまだ解決していないのでおうちに帰れず、わたしはまだ王宮でお世話になっていた。
変わったことといえば王子がちょいちょい魔力暴走を起こしかけるようになった事だ。
元々魔力量が多かった王子は、制御が苦手で幼い頃から度々魔力暴走を起こすことがあった。その度に五英傑おじいちゃんズが鎮めていたそうだけど、おじいちゃんズと訓練するようになって制御する力が付いたり、ラッセル様との訓練で魔法をぼかすか撃ちまくってるからか徐々に魔力暴走を起こすことはなくなって、わたしは王子が魔力暴走を起こしているところを見たことがなかった。
どうして魔力暴走が起きる様な状態になっているのかわたしにはわからなかったが、なにやら深刻な問題っぽい?
今はギリギリ制御できている状態で、王子の魔力暴走対策として城から少し離れたところに王子専用の訓練室という名の対魔力暴走施設が建てられた。
ここにはサイラス様の対魔法防御の魔法陣と結界が幾重にも掛けられており、建物は上級魔法でも破壊できず、もし破壊されたとしても結界が魔法を外に放出されるのを防ぐようになっている。
王子はとりあえず魔力の循環が滞りなく行われるよう、ここで高位魔法をぼかすか撃って魔力を放出しているのだった。
ここまで厳重にしないといけない程、王子の魔力量は膨大でそれを制御する王子の負担は如何なものか…。魔力量の少ないわたしには土台見当もつかない。
「いやはや、あれだけ魔法を放っておいてまだまだ魔力が有り余っておるとは」
「ラッセル様?」
「魔力量は大体十歳くらいで頭打ちになるもんなんじゃがの?ちゃまの魔力は天井知らずなようでまだ増えとるようじゃのう…」
「あの…ラッセル様、魔力暴走を起こしてしまうとどうなるのでしょうか?」
「魔力は体内の魔力回路を流れておるじゃろ?魔力暴走が起きると魔力の循環が滞る、そして魔力回路が切断され魔力が尽きるまで体外に放出される」
「魔力が尽きるまでって…それって…」
それって王子が死ぬってこと?
「で、でも殿下は過去にも魔力暴走を起こされているんですよね?」
「あの頃はまだワシらで対処できておったからのう」
幼い頃はサイラス様の結界に王子を封じて、放出される魔力にアドルフ様とランドルフ様が対処し、ラッセル様とセオドア様で魔力回路を修復したそうだ。
だったらその方法で王子を救うことができるのではないだろうか?
「無理。じゃ」
ラッセル様は短くそう言うといつになく真面目な顔をした。
「さっきも言ったがあの頃と今ではちゃまの魔力量は全然違うんじゃ。あれをサイラスの結界で封じ込められるかどうか、封じ込めたとしてアドルフとランドルフの二人じゃ対応しきれん。それにあれだけの魔力を放出させるだけの魔力回路の修復なんて、先にちゃまの魔力が枯渇してしまうわい」
「そんな…」
魔力の枯渇。それは死を意味する。
王子が死んでしまう。
王子は一言もそんなことは言ってなかった。ただ『大丈夫』だと。
いつも、いつもいつもいつもいつも、王子は肝心なことをわたしに言わない。大事なことはいつも蚊帳の外だ。
そりゃあわたしは魔力量は少ないしできることなんて何もないかもしれない、だけど、それでも、王子が大変な時に一人知らぬ存ぜぬでいられるはずがない。
王子がいなくなるなんて嫌だ。だめ、絶対だめ。王子が死ぬなんて絶対だめだ。
「あれ?アリィ来てたんだ?」
笑顔でわたしの元に駆け寄る王子はいつもと変わらない。だけど一刻一刻とその魔力は王子を蝕んでいていつ爆発するか分からない。王子は今爆弾を抱えている様なものだ。
どうしてわたしには何も言ってくれないの?確かにわたしにはおじいさんズのような力はない、できることなんて何もない。だから?だからわたしは心配もさせてもらえないの?
そう言って詰め寄れば王子は話してくれるだろうか?それともはぐらかすだろうか?
違う。分かっている。王子はわたしに心配を掛けさせたくなくて何も言わないのだ、ここでわたしが我を通せば王子を困らせてしまう。王子が大変な時に手を煩わせたくない。
王子が何も言わないなら、わたしは知らない振りをするだけ。何も知らずに王子の隣で笑っていればいい。
王子がそう望むなら。
笑って…笑っ…て
「あー…。もしかして聞いちゃった?魔力暴走…」
上手く笑えていなかったのか王子にバレてしまった。だけど…。
「いえ、何も存じ上げません」
王子が知られたくないというのならわたしは知らないままでいる。
「ホント、そういうところだよアリィ」
わたしが『知らない』を突き通そうとしているのが伝わったのか王子は少し困ったような顔をした。
そういう顔をさせたいわけじゃないのにどうして上手くいかないんだろう…。
「ここじゃなんだから後で俺の部屋に来て、ちゃんと話すから。というか聞いてください」
王子はわたしが罪悪感を感じないように少し茶化して言ってくれた。自分が大変な時ですら王子は優しい。
わたしにできる事はないか。そう思い王城の書庫で文献を読み漁った。だけど書かれていたのはどうして魔力暴走が起きるのか、魔力暴走が起こった場合など既に知っている情報ばかりで対応の仕方など記されたものはなかった。
気付けば夕暮れで、書庫を管理している司書さんに閉める時間だと退室を促された。
そろそろ王子は戻っているだろうか…。
何も収穫が得られないまま、わたしは王城を後にした。
わたしが王宮に戻ると王子も戻っており、約束通り王子の部屋を訪れた。
「いらっしゃい、アリィ」
王子はわたしを招き入れ、手ずからお茶を淹れてくれた。ちょっとだけ驚いた。
「いただきます」
そう言って王子が淹れてくれたお茶に口をつける。
「美味しいです」
お世辞でもなく、嘘偽りのない感想。
王子の入れてくれたお茶は優しく、行き場をなくしていたわたしの心を落ち着かせてくれた。
「よかった。アリィのために密かに練習していた甲斐があったよ」
そう言って悪戯が成功した子供のように王子は笑った。
「おいで、アリィ。聞きたい事、知りたい事、全部教えてあげる」
そう言うと王子はわたしを引き寄せ、膝の間に座らせた。
「その前に、少し長くなるけど俺の話を聞いて」
わたしが小さく頷くと、王子はポツリポツリと語り始めた。
始まりは数千年前。魔界という異世界から魔人という存在が現れ出でた。
この地に降り立った魔人は圧倒的な力を以て世界を破壊し、人間の抵抗などものともせず蹂躙した。
圧倒的な力。それは元来人が持たざるもの。それが魔力。
魔人は一つの大陸を独占し、占領した城に住み着くようになり、いつしか魔王と呼ばれるようになった。
人々は魔王の圧倒的な力の前に対抗する戦力もなく、反抗する気力も削がれ、魔王の機嫌を損ねないよう細々と暮らし、金や宝石、食料、奴隷…人々は自らそれらを差し出すようになった。
魔王はそんな物には興味はなかった、人間は喋る家畜程度にしか思っておらず退屈しのぎに殺すだけの存在だ。殺す瞬間に見せる人間の無様に命乞いする姿、恐怖に引き攣った顔、悲鳴それだけが人間の価値だった。男も女も子供も年寄りも関係ない、等しく殺すだけの存在だ。
そんなことも分からずに人々は若く美しい女を魔王に生贄として捧げ続けた。だが自ら殺されに来る人間に興味を持つことはなく女たちは魔王の元で生かされた。しかしどの女も生きる気力を失いただ息をする人形のようになっていた。
何度目、何十回目の奉納だろうか、いつもと変わらずそれらは送られてきた。ただ違ったのは一人の女だった。これまでの女は皆、生贄にされたことで恐怖を感じながらも生気を失っていた。だがこの時送られてきた女は違った。体は恐怖で震えているのに久しく見ることのなかった反抗的な、生きることを諦めていない生きている人間の目をしていた。
この目に絶望が浮かぶ瞬間が見たい、どうやってこの女に恐怖を与えてやろうか、この女はどんな悲鳴を上げるだろうか、生贄などに微塵も興味が湧かなかった魔王が初めて興味を示した。
いつでも殺すことはできる、だが簡単に殺しては面白くない。ようやく反抗する気概を持ったやつが現れたのだ、少し遊んでやれば退屈凌ぎくらいにはなるだろう。
女は魔王が手に入れた新しい玩具だった。
魔王は女に条件を出した『死にたくなければ玩具なりに我を楽しませてみせろ』と
女は必死に考えた。魔王にとって何が楽しいのか、玩具とされた自分はどうすればいいのか…。間違えれば殺される。相手は自分の命など簡単に散らすことができるのだ。しかし、果たして答えはあるのだろうか…。
それから女は魔王の観察を始めた。魔王の身の回りの世話を始め、生きることを諦めていた女たちに声を掛けながら薄汚れていた王城を甦らせていった。
食事を摂る必要などないと言うのに女は自ら食事を用意し、着飾る必要もないと言うのに更衣を手伝い、あまつさえ入浴の手伝いもし、城などただの寝床だと言うのにできる限りの修繕をし、興味のなかった庭も綺麗に整えた。
魔王にとって女のしてきたことは必要のないことだった。怯えることなく飯を食え、きちんと服を着ろ、風呂に入れと口を出してくる。玩具どころか生殺与奪の権を握られている人間の態度ではない。
だけど殺意は湧かなかった。それどころか面白いと思ってしまった。
生まれて初めて魔王は負けた。
そう、女は見事条件を満たしたのだった。
魔界でも、こちらの世界でも殺戮を好み、常に戦場に身を置いてきた自分がすっかり女のペースに嵌められて城で穏やかに暮らしている。それ程に女の傍は居心地がよかった。長い年月を生きたが知らなかった『安らぎ』がそこにはあった。
魔王は女に惹かれ、求め、女も魔王に応じた。そして二人の間に四人の子供が生まれた。
その子供は人間が持つことのできなかった魔力を持って生まれて来た。四人の子供は成長すると魔王に与えられた国を統治するようになる。その一つがこのペルダナグ王国だ。
その血は代を重ねる毎に弱まりながらも引き継がれ、魔力を持つことのなかった人々は時を経て誰しもが持つようになった。
「アリィ?」
なんか…ものすごい話を聞いてしまった…。
ええっと…それって…今の人類の祖が魔王ってこと!?だってみんな魔力持ちよね?
あれ?これってわたしが聞いてもいい話なの?
「ちなみにアリィにだから話したけどこれは王家にのみ伝えられる秘話だからね」
ダメなやつだったあああああああああ!!
それって国家機密以上の機密じゃないですか…。
終わった…わたしの人生終わった。
「ちゃんと陛下にも許可を取ったから大丈夫だよ」
だいじょばない。全然だいじょばないです。
わたしは王子の婚約者だけどまだ嫁いでいない。王家以外の人間に教えちゃ駄目でしょ陛下…。
わたしが若干放心している間に王子は再び語り始めた。
魔力という力を手に入れた人類だがその代償に魔力が枯渇すれば死に至り、魔王直系の王族は膨大な魔力を受け継ぎ、制御できず魔力暴走を起こし死に至る危険を併せ持つこととなった。
研究者たちは長い年月をかけて魔力枯渇や魔力暴走について調べてきた。
魔力枯渇については魔力の少ない者のためにあらかじめ魔法陣が付与された魔導具や、魔石や魔鉱石を用いた魔導具が開発されたり、魔力の譲渡などの対応方法が発見されてきた。
だけど魔力暴走については魔力を循環させる、有り余る魔力を放出させる、以外の対応方法は見つかっていない。膨大な魔力保持者が魔力暴走を起こすと対処の仕様がないのだから。
「これが俺の知っている事、全てだよ」
魔力暴走の対処方法がない。
じゃあ王子は…王子は…。
「泣かないでアリィ。今すぐどうなるわけではないし、ちゃんと魔力を制御できるようになるから」
王子はわたしを慰めるように後ろから包み込むように抱きしめた。
「わたしは…何か殿下のためにできる事はないでしょうか…」
王子に死んでほしくない。わたしにできることなら何でもするから死なないで。
「………毎日キスして」
えーっと…。これは王子なりの冗談かしら?ここで笑うべき?もしくは乗っかってオッケー☆って言うべき?
わたしがキスしたくらいで王子が死なないならいくらでもするわよ。
「アリィは魔力量が少ないよね?知ってると思うけど高位貴族なら普通はもっと多いんだよ。たぶんアリィにはまだまだ魔力を貯め込めるキャパシティーがあると思うんだ。だから枯渇の時みたいに俺の魔力を譲渡しながら循環できれば制御しやすくなって暴走も防げると思うんだ」
なんだそういう事か。キスって言うからびっくりしたじゃない。
「畏まりました。魔力の譲渡と循環ですね」
「朝と寝る前の二回お願いできる?寝てる間に暴走すると大変だからね。寝る前に譲渡できれば寝ている間は安心だし、朝も寝てる間に滞った魔力を譲渡できれば昼間はあの施設でなんとかなるから」
「本当に?本当にそれだけで大丈夫なのですか?」
「それだけ、じゃないよ。これはアリィにしかできないことなんだ。忘れないでアリィ、俺を救ってくれるのはいつだってアリィだよ」
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、そんな言い方はずるい。
「わたしができることなんてたかが知れています。わたしはもっと殿下のお役に立ちたいのに…」
わたしを抱く腕に一層力が込められた。
「俺はね、すっごく幸せなんだ。アリィが俺の婚約者でいてくれること。アリィが俺を好きになってくれたこと。なによりアリィと出会えたこと。アリィがそばにいてくれればそれ以上の幸せはどこにもない。俺を幸せにできるのはアリィだけ、それじゃダメかな?」
もう限界だった。
わたしは王子に抱き着いた。
「殿下はどこにも行かないで下さいね、ずっとずっとそばにいさせて下さい」
王子はわたしが落ち着くまで、幼い子供をあやすように優しく背中を撫でてくれた。
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