31.初♡デート
「ここが王立植物園…」
わたしが王子に連れてきてもらったのは服屋でもなく、靴屋でもなく、宝石店でもなく植物園だった。
ここ王立植物園は国が管理する植物園で、とても一日では周りきれない程広大な敷地に温度管理ができる特殊なガラスの温室がいくつもあり、国内外の多種多様な植物が栽培されている。
セラトリア邸や王宮にもたくさんの花や草木が植えられていた。だけどここには図鑑でしか見たことのない花や草木が植えられている。想像しただけでわくわくする。
「楽しそうだね」
王子とデート中だというのにわたしは目の前に映る沢山の植物に夢中になっていた。
「申し訳ございません、殿下」
「ダメだよ、アリィ。お忍びデートなんだから殿下じゃなくて名前で呼んで」
うぐっ…そうだった。
王子が街に出る時はどこに訪問するか予め決められており、王家の紋章付きの馬車に乗り、厳重に護衛をわらわらと連れて教会や孤児院、診療所などを慰問というかたちで訪れる。
だけど王子はアルバートスラム街事件の際、街ブラの味を占めて一人ではお城を出る事ができないので、時々エルドレッドやマティアス、グレイリヒト達と街の様子を見に来ていたらしい。
王子がそんな事をしているなんてわたしも知らなかった。
今回のデートはお忍びだけどちゃんと護衛付きのお忍びだ。王子の専属護衛のエルドレッドやマティアスをはじめ、第一騎士団の団員さんが街を訪れた貴族や街の住民に扮して付かず離れず私たちの周りにいる。
護衛に第一騎士団が出てくるなんてさすが王子である。
これでどこがお忍びかと言うと、慰問以外お城から出ない王子が突然街に出たとなれば大騒ぎになるので、王子は王子と言う事を隠し(庶民に扮するのは無理なので)髪と瞳の色を魔法で変え、どこぞの下位貴族という設定を演じている。なので王子とわかる殿下呼びもフルネーム呼びも駄目。まるで遠い昔のいつかのようである。
そういうわたしも髪と瞳の色を魔法で変えられ、どこぞのお嬢様という設定を授けられている。その設定がなくてもわたしはお嬢様ではあるんだけど…。
「ねえ、アリィ。置いて行かれないように手を繋いでもらえると嬉しいんだけど」
名前呼びに手繋ぎ…まるで恋人の様じゃないですか!?
あ…わたし達もう…
だったら何も問題ない!王子は恋愛ド底辺のわたしに合わせようとしてくれている。本来なら前世分の年齢をプラスすればわたしの方がお姉さん、否オバサンであるわたしが王子をリードするべきだろう。
名前呼びも手繋ぎももう経験済みじゃない!今更恥ずかしがってどうする!
わたしは差し出された王子の手をぎゅっと握った。
「はぐれない様にちゃんと繋いでいてくださいね…ヴィル様」
言った!!呼んだわよ!!どうよ!?こっこれくらい何てないんだからね!!
しかし王子からの反応はなく心配になって王子を見ると繋いでない方の手で顔を覆い天を仰いでいた。
何してるの、王子…?
「どうかなさいましたか?ヴィル様?」
「っ…ちょっと待ってて…」
体調が悪くなったようでもなさそうだし、止まった王子を見ても護衛の騎士たちが出てくることもなく、何だか分からないけれど王子が言った通り少し待つと何事もなかったかの様に動き出した。
王子と園内を見て回って気付いたことがある。
園内の植物には植物の名前、分類、学名、生息地など表記された物が表示されている。だけど王子はそれを見ることなくあれは何という名前でどこに生息しているなど簡単にだが説明してくれる。
わたしだって植物については勉強している。何せわたしには魔力があまりないのでゆくゆくは魔法でどうのこうのするようになるよりはセオドア様の様に調合のスペシャリストになって色んな薬を作れるようになりたい。正直に言うとスキンケア商品や化粧品など自分に合ったものを作りたいと言う個人的な願望なんだけどね。
「ヴィル様は植物にお詳しいのですね」
王子がこんなにも植物について勉強していただなんて。
素直に感動していると王子の顔がしまったという顔になった。
「植物についてはアリアーシュの方が詳しいよな…俺が説明するまでもないよな…」
そう言ってシュンとなる王子が不敬にも可愛いと思ってしまった。
「いいえ、で…ヴィル様が植物についてお詳しいと分かって、一緒にお話しできる事が増えてとても嬉しいです!」
「アリアーシュ…「それに!」」
「わたしは今アリアーシュではなくただのアリィですよ、ヴィル様」
「ああ、そうだったな。ではまた一緒に回ってくれるかい?アリィ」
繋いだ手を持ち上げられ手の甲にちゅっとキスをされた。
「~~~~~~~~~~ッ!?」
まだこういう事には慣れず、顔が赤くなるのが自分でもわかる。
だけど恥ずかしさから逃げないって決めたから、わたしだって王子が好きで王子の思いに応えたいから。
「よ、喜んで!!」
頑張った。わたしは頑張った。頑張ったけどまるで居酒屋みたいな返答をしてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
広大な植物園はとても一日で回り切れないので、次の機会に続きを回る約束をして軽食を取るため飲食店が並ぶ通りに来ていた。
この辺りは確か二年前にも通たような気がするけど、わたしの記憶と街の様子が少し違っていた。
「この辺りも変わっただろ?この辺りはアリィのおかげで飲食店街と呼べるほど店の数が増えたんだ」
王子の口振りからするとどうやらわたしの記憶は正しかったようだ。
わたしのおかげというのはあれだ、領の復興のための資金稼ぎになればと色んな飲食店を最初は様子見の屋台から始めたんだっけ。
「ほら、あの店が前にアリィと初めて入った店だよ。あの頃の俺はホント何も知らなくてアリィに色々教えてもらったな」
あの時の事を思い出して王子が笑う。
たった二年、されど二年。
少年だった王子がまだあどけなさが残るも徐々に大人の顔になっていく。
わたしはきっとこれからも、そんな王子の成長にドキドキさせられながら、毎日『好き』を更新していくんだろうな。
「アリィは何処かランチを希望する店はある?」
植物園が充実しすぎて、今はランチと言うには少し遅い時間。たくさん歩いたし確かにお腹は減っている。
だけどこの飲食店街、カフェや食堂がたくさんあってどこに行こうか目移りしてしまう。
わたしは出店はしていても(お店はお父様名義)アルバートスラム事件以降、王子の様にお忍びしていたわけでもないので人気店や美味しいお店、街の流行などにはめっぽう疎かった。
だけど王子がわたしの希望を聞いてくれているので特にないや何でもいいは失礼に当たる。
「アリィの希望が特にないのなら俺の希望聞いてくれる?」
わたしが考えあぐねていると王子が助け船を出してくれた。
「俺、アリィが考案したパスタを食べてみたい」
わたしがパスタを考案したわけではないけれど、ここではそう言うことになっている。前世でパスタを考案された方、ごめんなさい。
王子がパスタに興味を持ってくれて食べたいって言ってくれるのは嬉しい、嬉しいんだけど
「でしたら、わたしが作ったのをヴィル様に食べて頂きたいです」
「………」
王子からの返事がない。
わ、わ、わ、わたしってば何言っちゃってるの!?わたしなんかよりちゃんとした料理人が作った方が美味しいに決まってる!!
初めて食べるなら料理人が作った美味しい方がいい。
「いつ?」
「へ?」
言ったことを無かったことにしようと、わたしが口を開くより早く王子が何か言ったので思わず変に聞き返してしまった。
「いつ作ってくれるの?弁当の時みたいに言ったっきり流されたくないから今約束して」
王子が真剣な顔で食い気味に迫ってきた。
そう言えばわたし王子の分のお弁当も作るって言ってそれっきりだった…。
「忘れないうちがいい。そうだ明日にしよう」
「急ですと材料が…」
「ランチの後市場に行こう」
王子は何が何でもわたしの作ったパスタを食べる気でいる。そこまで言われると断れない、わたしだって王子に食べてもらいたい。
「それから契約している製麺所にも寄っていただけますか?」
「もちろん、アリィが望むならどこへでも行くよ」
明日のランチはわたしが作ることになり、今日のランチはお店に入らず、屋台のお惣菜を食べ歩いた。
きっとちゃんとしたご令嬢なら食べ歩きなんて下品ではしたないと忌避すらだろうけど、前世庶民ど真ん中なわたしには何の抵抗もない。
だけど
「食べ歩きなんて初めてしたけど楽しいね」
「ですがヴィル様と食べ歩きなんて、何だか悪い事をしているみたいです」
そう、それなのだ。
ここは庶民の皆さんが気軽に足を運べる飲食店街だけど、別の所には貴族御用達のそれなりのお店だってある。変装してるとは言え一応下位貴族、そちらを選択する選択肢だってあったのだ。
「悪い事か…きっとそれも込みで楽しいんだよ。今日は特別だよ!」
そう言って笑う王子は年相応の少年の様だった。
食べ歩きでお腹を満たし、約束通り市場と製麺所で買い物をするとすっかり夕暮れ時となった。
これから王宮に戻って観劇の準備だな、と思っていたら馬車が止まった。ちなみに王宮ではない。
「着いたみたいだね」
扉が開き先に降りた王子にエスコートされ、馬車から降りると、そこはわたしのブランド店【アッシュ】本店だった。
どうやら王子はここで着替えて劇場に行くつもりらしい。
変装魔法で容姿を変えているので店員もわたし達が王子とオーナーだとは気づかない。しかし…
「ようこそおいで下さいました」
笑顔の店長が出てきて奥のVIPルームに通された。
タネを明かせば今朝デートの約束を取り付けた時にアッシュに訪れる事を先に連絡していたらしい。
だから店長だけにはわたし達が来たことが分かったのだ。
「アリィ、変装魔法を解くよ」
そう言って変装魔法が解かれると、目の前にシルバーブルーの髪にアメジストの瞳の見慣れた王子がいた。
通されたVIPルームにはずらりとわたしがデザインしたドレスが並べられていた。
「う~ん、どれもアリィに良く似合うだろうからどれにするか悩むね?」
王子は真剣に悩み過ぎて穴が開くくらい睨んでいるかのようにドレスを見ていた。
真剣に悩んでくれている王子には申し訳ないけれど既製品のドレスではわたしには合わない。何せわたしは平均よりやや小さい。身長だけでなく少々、ほんの少し、わずかに胸もお尻も小さい。
「ご安心下さい、すべてオーナー様のサイズに作ってあります」
店長とはアッシュを立ち上げた時からの付き合いである、わたしが何を言いたいのか分かったのだろう。
しかしなぜだろう?わたしは自分サイズに作ったことなど一度もないのに…。
「ヴィクトル殿下より新作ドレスは全てオーナー様の物をご用意するよう仰せつかっております」
なにぃ?初耳なんですけど!?一体いつ王子とそんな契約を結んだのよ!?
驚いて王子を見ると満足そうに頷いていた。
「どうせアリィは自分にドレスなんて作らないだろうから俺が作らせておいた」
わたしは王宮に来てあまり出歩かなくなったし、数着を着回す事にも抵抗がない、抵抗はないけれど王宮に移る際、王子がたくさん用意しておいてくれたので買い足す必要もなかった。加えて体系はあまり成長しないので自分用に服を買ったことがなかった。
ドレスと言えばそこそこいいお値段だし必要ないのに買うよりは領の復興の寄付に使っていたんだけど…。
どこまで王子にバレてるんだろう?ひょっとしてわたしの事で知らない事なんてないんじゃないだろうか…。
「アリィはどれがいい?」
ここにあるドレスはもう既に買われているものだ。だから遠慮することもできない。
それにこれから観劇に行くのだ、観劇にはそれなりのドレスコードが必要なので今着ているカジュアル目の服装で行くことができない。
ここは王子の好意に素直に甘えておこう。
その前に。
店長に紙とペンを用意してもらっていくつか注文を書き込んでそのメモを店長に渡した。
「ヴィル様が選んで下さらないのですか?」
「うぐっ…あー…それは…そりゃあ…まあ…」
なんとも歯切れの悪い返答である。
「そりゃあ俺だってアリィに合う服を選びたいさだけどどのドレスを着たってアリィは似合うだろうし俺が着て欲しいドレスとアリィが着たいドレスは違うだろうしそれならやっぱりアリィが着たいドレスを着てもらいたいでももし着てもらえるならとりあえずここにあるドレス全部着てみてくれ」
と思ったら息継ぎなしの早口言葉で何を言われたのかさっぱり分からないけど最後の全部着てのところだけ聞き取れた。
いくら王子のお願いでも時間がないので全部着るのは却下だ。
王子が全部着て欲しいと言う事はどれがいいか決められないという事だろう。だったらわたしが決めてもいいのかな?
「あの…こちらを着てみてもよろしいでしょうか?」
わたしが手に取ったのはミントグリーンのドレスだ。このドレスは露出少ない目を目指しデコルテラインもすっぽり隠れるように作っているが腕のところはシースルー生地なので透けている。そしてスカート部は右腰から斜め下に薄紫と白のレースがウエーブになっていてその右腰あたりにワンポイントで同じミントグリーンの生地でできたバラを付けている。
王子の許可が出て試着室に行く。VIPルームの試着室はヘアメイクもできるようになっている。なぜなら今回の王子の様にサプライズでドレスをプレゼントしてそのままデートに行こうとされる男性が一定数いるからだ。
女性の準備はドレスだけではない!メイクも髪型も大事なのだ。そこを分かってない王子はまだまだ子供だなあと微笑ましくもあるけど。
ちなみに、わたしが選ぶならこの露出少なめのドレスなのだが、ちゃんとお客様のニーズに応えてデコルテ出し、背中出し、腕出し、そしてアッシュならでは、足出しのミニドレスもある。
パーティードレスもイブニングドレスもカクテルドレスもカジュアルドレスもはたまたワンピースやセパレートまでアッシュは何でも揃っております。
試着室でメイクを直し、ギブソンタックにした髪型にさらにアレンジを加えアクセントにミニハットを付ける。着替えは一応コルセットを付ける。殆どコルセットいらずと言われている体だけど、凹凸のない体なのできちんと絞めるところは絞めておきたい。
準備が整い試着室から出ると王子の方が先に準備を終えて待ってくれていた。
「「…」」
わたし達はお互いの姿を見るなり俯いたり顔を逸らしたりとお互いを見れなくなっていた。
王子は先程店長に渡したメモ通りのスリーピーススーツを着て、髪型をハーフアップバングにしカッコよさ増しましの色気増しで子供っぽさどこいった!?な容姿に変身していた。
わたしこの人の隣歩くの?むり、しんじゃう。
「さて、お二方、これで準備は整いましたね?では、引き続きデートをお楽しみください。本日はご来店誠にありがとうございました」
動かないわたし達を見て、店長は何を思ったのか、あれよあれよとわたし達を店から追い出したのだった。
「い、行こうか、アリアーシュ」
「は、はい、殿下」
お互い緊張してカチンコチンで、ぎこちなくエスコートする王子と、ぎこちなくエスコートされるわたしは、周りに護衛騎士がいるのも気にならないくらい緊張し、ぎこちなく王家の紋章の付いた馬車に乗り込んだ。
お読み頂きありがとうございました♡♡♡
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