28.告白
「彼が賊と繋がっていたなんて信じられません、何かの間違いです!!」
「あいつ自ら白状したんだ。計画を企てたのは自分だと」
エリック・ニコールは伯爵家の三男だった。
家を継げる事がないので早々と騎士の道を選んだ。
何とか王城勤めの騎士になることが出来たが無階級でド底辺、仕事と言えば護衛という名の子守だった。
アリアーシュは少し優しくしただけですぐに懐いた。
人前で泣かない様、教育されてきたアリアーシュが自分の前だけでは素直に泣く。その事に優越感を感じていた。
ある日、酒場で飲んでいると酔って暴れる男を捕まえた。
そいつは最近王都で人攫いをしている賊のリーダーだった。
手柄を立てれば昇進し、花形の騎士団に配属されるかもしれない。
そう思っていたのに
「なあ、あんた。俺達の仲間にならないか」
賊のリーダーにそう話を持ち掛けられた。
馬鹿にするな、と怒鳴らなけれないけないのにエリックは考えてしまった。
毎日毎日退屈な護衛。
このまま騎士を続けたところで将来だってないに等しい。
それならいっそ大金を手に入れたら国外に逃げてそこで新しい人生を歩むのも悪くない。
思い浮かんだのはアリアーシュだった。
公爵令嬢で王子殿下の婚約者。
肌も髪も爪も何もかも美しく磨き上げられ、本人がまさに宝石のようである。
間違いなく高値で売れる。
自分はアリアーシュに懐かれているし信頼されている。アリアーシュに自分が疑われることはまずない。
エリックは賊のリーダーの誘いに乗り、アリアーシュの誘拐を企てた。
アリアーシュを馬車まで送り届けた際、賊に馬車を襲わせて馬車を守る振りをしてわざとアリアーシュを攫わせる。
エリックが策を練り、賊が実行する。
こうしてアリアーシュの誘拐が行われた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王子の話が終わるとアリアーシュは再び涙を流した。
「信じられません、彼が賊の仲間だったなんて。わたくしは彼の言葉を聞いていません、殿下の言い分だけでは信じられません」
信じたくなかった。
王城では味方が居らず彼だけが頼りだった。
信じたくなかった。
泣いているわたくしを不器用ながらに慰めてくれて、彼はいつだって優しかった。
信じたくなかった。
その優しさが嘘だったなんて。
信じたくなかった。
彼とわたくしでは歳も身分が違う。だけど分かり合えていたと思っていたのに。
信じたくなかった。
なぜだろう、どうしてだろう、彼の笑顔が思い出せない。
「お前がそうやって泣くと思ったから黙っていたんだ」
「どういう事でしょうか…」
「お前は常に完璧だった。子供だというのに大人と同じ様な作り笑顔で接してきて、泣かない、怒らない、感情を見せない。それが堪らなく気持ち悪くて腹立たしかった。どうにか本心を引き出してやろうと思ったのにお前は変わらず人形のようだし、かと思えばただの護衛の前ではあっさり泣くし」
「ご存じ…でしたの?…」
「言っただろ?ずっと見ていた、と」
王子に泣いているところまで見られていたなんて…。
アリアーシュは不覚に思いながら泣き止んでいることに気付いた。
「あいつの事でお前が泣くくらいなら俺を憎んで泣かない方がいい。とは思ったがまさか本当に殺しに来るとは思わなかったよ。それ程まであいつを想っていたことも…」
「ふふっ、馬鹿な女と笑って下さって結構ですのよ。殿下以外の男に惹かれた挙句、その気持ちを利用された馬鹿な女と…」
「俺がお前を追い込んだんだ、それに言っただろ『お前は俺を許さなくていい』と」
あれはいつだったか…。
毒菓子事件後、目覚めたわたしが初めて王子と庭であった時、確かに言われたような気がする。
あれはわたしに言ったのではなくアリアーシュに言ったものだったのか。
「あの時、殿下は既にわたくしが菓子に毒を入れた犯人だとご存じでしたの?」
「核心はなかったがどう考えてもお前しかいなかったからな」
「そう…ですか…」
「お前は俺を許さなくていい、それは今でも思っているよ。俺の独りよがりでお前を傷つけた事、事件の真実を告げず泣かせてやらなかった事…死んでやれなかった事」
「本当に…貴方は自分勝手な方ですわね」
アリアーシュは大きく溜息を吐き出した。
「貴方が許されない事を望むなら、わたくしは貴方を許します。それが…わたくしの復讐です。一生わたくしに許されたことに罪悪感を感じながら生きて下さい」
「アリアーシュ…」
「どうやらわたくしはここまでのようですわね」
アリアーシュがそう呟くと浮遊感がわたしを襲った。
「アリアーシュ!」
「ヴィクトル様、わたくしは元々死んでいるのです。殿下に対する憎悪、嫌悪、厭忌、ありとあらゆる負の感情が殿下に復讐する為だけに魂の欠片を繋ぎ止めていたのです。だけど今、ヴィクトル様に復讐できたんですもの、もうわたくしはこの世にいる事は出来ませんわ」
「そんな…俺は…」
「貴方にその様なお顔をさせる事が出来てわたくし満足ですわ。それではヴィクトル様、精々アリアーシュに嫌われない様頑張って下さいませ」
そう言うとアリアーシュの意識は途切れ、倒れ込むアリアーシュを王子が抱き止めた。
最後に見せたアリアーシュの顔は、王子が見たいと願っていた仮面の剥がれたアリアーシュの笑顔だった。
「アリアーシュ…俺は…俺は…」
(お前の事が好きだった)
(初めて出会ったあの日から、一目見たあの日から、俺はお前に惹かれていた)
(泣かせたいと思ったのは仮面を剥がしたかったからだ。上っ面で付き合う大人と同じじゃなく、ちゃんとアリアーシュと向き合いたかった。それをどう言葉にしたらいいのか、どう態度で示せばいいのか分からずアリアーシュを傷つけ追い込んだ)
「すまない、アリアーシュ。いっぱい傷つけて悪かった、いっぱい我慢させて悪かった、いっぱい辛い思いをさせて悪かった。…………死んでやれなくて…ごめん」、
「困りました。わたしは殿下に死んでほしくありませんから」
「!?あ…アリアーシュ?…」
どうやらアリアーシュの魂が消えてわたしは表に出る事ができたようだ。
アリアーシュの中に閉じ込められてまだ数時間しか経っていないというのに王子の顔を見るのは随分久しぶりなような気がする。
「アリアーシュ」
王子は縋る様にわたしを抱きしめた。
「…っ…アリ…アーシュ…」
わたしは王子の声が震えているのに気付かない振りをして柔らかなシルバーブルーの頭をそっと撫でた。
王子は今、何を思って泣いているのだろう。
やはりアリアーシュの事だろうか…。
死んでやれなくて…ごめん
王子はあのお菓子がアリアーシュが毒を盛ったお菓子だと知っていたら自分で食べただろうか?
きっと何も知らない振りをして食べただろうな。
先程の勝負だって始まっていれば一方的にやられていたに違いない。
たぶん…王子はアリアーシュになら殺されてもいいと思っている。
後悔と罪悪感、それはまるで呪いの様でアリアーシュが消えても王子は一生背負っていくだろう。
違う。わたしがいるから一生背負わなくてはいけないのだ。
王子が好きになったアリアーシュがわたしじゃなくても、わたしがアリアーシュでいる限りわたしが王子を苦しめる。
パタパタとわたしに縋りつく王子の頬に水滴が落ちる。
「ごめんなさい」
アリアーシュの中に閉じ込められた時、自分はこの世界では異物だから消えても仕方ないと思った。
アリアーシュが現れたのだから自分はもういらないと思った。
「ごめんなさい」
だけど諦められなかった。王子の傍に居たかった。
そしてちゃんと謝りたかった。王子に黙って狩りに行ったこと、王子の善意を無駄にしたこと、それでもわたしを許せないくらい怒っていたとしてもちゃんと謝りたかった。
「ごめんなさい」
わたしが王子を苦しめると分かった今でも、それでもわたしは王子が好きで…。
わたしが王子を苦しめると分かっていても傍に居たくて…。
「アリアーシュ?」
「いいえ、ヴィクトル様。わたしはアリアーシュの体を借りた偽物です」
だけどこれで終わり。
「アリアーシュが昏睡状態から目覚めた時からわたしは周りの人々を欺いてきました。セラトリア公爵令嬢として、殿下の婚約者として…」
全部曝け出して自己中心な恋心を終わらせる。
わたしはアリアーシュが落とした王子の剣を拾い逆手に持った。
さようなら王子
最後にこれだけは言わせてください
「あなたが好きでした」
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