19.王宮
わたしは王子の視察の同行で被災地に来ているので長居はできないのだけれど、ここセラトリア領にはサイラス様が施してくれた転送陣があり、王城にも転送陣があるのですぐに帰還できる事もあり、五日程滞在することを許された。
滞在期間中、わたしは毎日炊き出しに行った。
わたしが怪我人を治してしまったので医療テントは大方撤去され、行方不明者が見つかった時に運ばれるよう一つだけ残されていた。
なので連日炊き出しの行列は大行列になっていた。
王子もわたしの真似をして配り始めたんだけど最初はみんな恐縮して王子の列には並ばなかった。だけど子供は怖いもの知らずと言うか何と言うか、「こっち側が空いてる!」と言って王子の方に並び始めた。
それがきっかけで今では幼女から老婆までずらりと女性の列が出来ている。
王子、顔はいいからなあ…。余所行きキラキラスマイルで接されたらそりゃあ落ちるよなあ…。
イケメンは心の栄養素だ。そこに居るだけ、見れるだけで力が出る。しっかり吸収して元気になってもらいたい。
ただ、炊き出しが終わった夜、王子は大勢の女性から元気を吸われ過ぎてしおしおになっていた。
わたしはそんな王子をよしよしと甘やかすことに何の抵抗もなくなっていた。
本当はまだ大勢と接するのは慣れていないのに、我慢して我慢して笑顔で対応して、わたしの前ではまるでイヤイヤ期の子供のようにぐずっている王子が可愛い。
お疲れの王子を甘やかしてばかりいられなくて、お父様も交えてダムの建設について話し合いもした。
どうやらこの国にはダムと言う構造物はなく、お父様も初めて耳にしたようだった。
だから王子もダムを知らなかったのか…。
知識もなくゼロから作るには無理がありすぎるよね…。
だからと言ってこのまま何もしなければ再び大災害が起こってしまう。
お父様は職人ギルドに棟梁たちを呼び、ダムを建設できないか打診すると言っていた。
ダムの知識が必要だと分かっていれば、前世でちゃんと勉強していたのに…。
わたしに出来る事って本当に何もないんだな…。
話し合いの中でわたしが広範囲のメガヒールで怪我人を治した事についてもお父様は頭を抱えていた。
その事について、使った覚えもなければ使った実感もないわたしはどうする事も出来ない。なぜなら今のわたしはメガヒールどころかヒールを使えと言われても使えないのだ。
領地が被災し、娘は厄介な組織に狙われるダブルパンチでそりゃお父様も頭を抱えたくなりますよね?
そうこうしているうちにあっという間に王都に帰る日を迎えた。
「アリアーシュ、あまり、いや絶対に危ない事はするんじゃないぞ」
「分かっておりますわ、お父様」
「これから王宮でお世話になるんだ、くれぐれも大人しくしているんだぞ」
「…分かっておりますわ、お父様」
「それから…」
「お父様!わたくしそこまでじゃじゃ馬ではありませんわ!!」
王子がいる前でなんてことを言うんですかお父様!!
わたしはきちんとセラトリア公爵令嬢として振舞えています!!
「目を離すと問題を背負ってくるのは誰だ?」
「うっ…」
「まあそういうところも可愛くはあるんだがね」
お父様はそう言うと、わたしの頭を優しく撫でた。
「殿下、娘をよろしくお願いします」
「ああ、何が来ようとアリアーシュは守るから安心して復興に力を注いでくれ」
え、何?何なのこの嫁に行く娘を託す父とその旦那みたいな会話。
でも…後二年で聖教教会問題が片付かなかったら、わたしは学園都市リヴィニアの王立アカデミーに入学する。
アカデミーは全寮制で寮暮らしになる、長期休暇期間も王宮に帰されるだろうから帰る事が出来ない。
そしてアカデミーを卒業したら王子と結婚、実家に戻ることができなくなる。
一生会えなくなるわけではないけれど、やはり家族と離れて暮らすのは寂しい。
「離れて暮らしていてもお前は私の大切な娘だ、愛しているよアリアーシュ」
わたしの気持ちを感じ取ったのか、お父様は最後に優しく抱きしめてくれた。
別れの挨拶を済ませた後、転送陣のゲートを潜るとすぐに王城に着き、何故か元五英傑の方々に熱烈に出迎えられた。
◇◇◇◇◇
王宮にはすでにわたしの部屋が用意され、衣類やアクセサリー、化粧品やその他諸々必要な物は大体用意されていた。
ドアを開ければ広いリビングでベッドがないと思ったら寝室が別で、タンスやクローゼット、ドレッサーもないと思ったら支度部屋と言う部屋もあり、トイレとお風呂も付いていた。
え?ナニコレ?ホテルのスイートルームですか?
あまりの豪奢さに若干引いてしまう…。
それともあれか、王宮には普通の部屋がないのかしら…。
「欲しい物があれば遠慮なく言ってくれ、すぐに用意するから」
王子にそう言われたけれど十分すぎるほど充実しているので特に思い浮かばなかった。
王宮での生活も今まで通り起床→身支度→朝食→王城→帰宅…帰王宮?→自由時間→夕食→自由時間→お風呂→就寝こんな感じだ。
すると朝食を食べる習慣のなかった王子が同席しはじめて、次に王妃様が同席され、今では陛下までご一緒されている。
王子の五歳年下の弟君、フランシス様は朝が苦手なようで朝食はご一緒されないが夕食は一緒に食べている。
いや、ホント、なぜこうなった…
「アリアーシュ、王宮での生活は慣れたかい?」
ある日の朝食の時間、わたしは陛下に尋ねられた。
「お陰様で、皆様に大変良くしていただきありがたく存じます」
「そう、それは良かった。ところでアリアーシュ」
「はい?」
「そろそろ私の事をパパと呼んでくれないか?」
………
………
………
は?とは声に出せないのでとりあえずにっこり笑っておく。
「ではアリアーシュ、陛下をパパと呼ぶのであればわたくしをママと呼んで下さい」
………
………
………
王妃様まで何か言い出したぞ…。
「お待ちください、お二方。俺たちはまだ結婚していない、なので父上がパパでなけりゃ母上がママでもありません」
ナイスフォローよ王子!グッジョブ!
「いずれそうなった時いきなりは呼びにくいだろう?だから今から練習しておいた方がいい。それとも何か、婚約を破棄にでもするつもりか?」
「するはずないでしょう。アリアーシュは俺の婚約者として頑張ってくれています、俺はそんなアリアーシュの隣に立っても恥じぬ男になるよう努力するつもりです」
王子のわたしに対する評価が高い…
確かに王子の婚約者として頑張ってきた、だけどそれはアリアーシュだ。
わたしがそんなに出来る子じゃないってこの間の視察でわかったでしょ?
わたしって自分の事しか考えてないんだよ。
「そうか、ではアリアーシュに婚約破棄されぬよう努力するんだな」
「はい」
ちょっと待って、何でわたしが破棄する側になってるわけ?わたしから婚約破棄できるはずないでしょう!
それ王族ジョークですか…。
「だったら問題ないな、さあアリアーシュ、私をパパと呼んでくれ。何も公の場で呼べと言わない、この場だけでいいんだ、さあ、さあ、さあ、さあ」
圧。陛下の圧が凄い。
これパパって呼ぶまで終わらない?
陛下が呼べって言うんだから不敬罪にはならないわよね?
「パ…もご」
陛下をパパと呼んで陛下の気が済むならと口を開いた瞬間王子に口を塞がれた。
「呼ばなくていい」
「もご?」
「ごちそうさま、行くぞアリアーシュ」
わたしは王子に手を引かれ、食堂を後にした。
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アリアーシュとヴィクトルが出て行った食堂では
「あらあら、逃げられましたわね」
「まったく、独占欲の強い男は嫌われるぞ」
「他人の事は言えまして?よく似た親子ですわ」
「そうかなあ?私はあそこまでひどくはないよ」
「みんな自分の事はよく見えないものです」
「しかし二人の仲がよさそうで安心したよ、一時はどうなる事かと思ったがね」
「そうですわね、セラトリア公爵には何度も婚約破棄の要請をされましたし」
「目に入れても痛くない、自慢の可愛い娘だからな。殺されそうになった男の元に嫁に出したくないだろう」
「しかしあれはヴィクトルの皿に置かれていたお菓子で、犯人の狙いはヴィクトルだったのでは?」
「ああ、だからヴィクトルが生きていると知って再び狙ってくるのを待っているようだが、あれ以来何の動きもなく中々シッポを見せないようだ」
「ヴィクトルは何者かに狙われ、アリアーシュは聖教教会から狙われ、大丈夫かしらあの二人…」
「その事に関しては“孫守り”の爺さんたちが張り切っているから心配ないだろう」
「五英傑の皆様を孫守りって…」
「自分達で言ってたんだよ。あの爺さんたち、何故か昔からヴィクトルを可愛がっていたからなあ、そこにアリアーシュが加わっただろ?昔の任務の時より張り切っているよ」
国王と王妃の会話が途切れるとメイドがワゴンを押してやって来た。
「こちらはアリアーシュ様から食後に召し上がっていただきたいと。陛下と王妃様に感謝とお礼の気持ちだそうです」
「ほう」
「まあ」
二人は感嘆の声を上げた。二人の前に置かれたのはアリアーシュが作ったティラミスだった。
「これはこれは大変美味であるな」
「ええ、アリアーシュにこんな才能まであったなんて」
「こんなものを出されてしまってはまた食べたくなるな」
「ヴィクトルにはアリアーシュにフラれないよう頑張ってもらわなくてはいけませんね」
ちなみにヴィクトルはすぐに食堂から出て行った為、またアリアーシュの手作りはお預けとなった。
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