18.芽生え
あら?
あらら?
これはどういうことかしら?
目を覚ますと見たことがなくても記憶にあるアリアーシュの部屋だった。
そして何故かわたしの手を握り、ベッドサイドに伏せて眠られている王子がいる。
外は薄暗くなり、夜を迎えようとしていた。
いったいどういう状況!?
ホッケル村に行ったことは覚えている。炊き出しをした、医療テントに向かった。そこには生きる事に絶望するほど傷を負った人がたくさんいて…。
そうだ!光の雨!!
テント内にいきなり光の雨が降ったと思ったら、手足を失くした人の欠損部位が再生したり、意識不明の人が目覚めたり…あれは夢だったのだろうか?あんな事現実で起こるはずがない。
前世ならありえない。だけどここは魔法が使える世界だ。欠損部位を再生させる魔法もある。だけどその魔法は超級と呼ばれるもので誰もが簡単に使えるわけではない。
しかし実際この目で確かに見た、現実離れしていて夢かと思える現象を。
そしてその後、倦怠感と脱力感に襲われすぐに意識を失った。
わたしをここまで運んでくれたのは王子だろう。王子は視察途中じゃなかったのかな?
わたしは王子の視察の同行だし、炊き出しなら王子の邪魔をせずに出来ると思っていたけれど結局邪魔をしてしまった感じになっている。
役に立ちたい、出来る事をしたいと意気込んできたのに、わたしに出来る事なんてなかった。
出しゃばりの世間知らずのお嬢様がしゃしゃり出て被災地を引っ掻き回しただけだった。
何が前世の知識よ、思い上がりにも程がある。
ただの偽善の塊だ。だからあの少年の父親に掛ける言葉が出なかった。
情けない、悔しい、恥ずかしい、いろんな感情がごちゃ混ぜになって涙が出てきた。
わたしが泣くなんて間違っている。苦しいのは被災者たちだ。
わかっている。わかってる。わかってる。わかってる。
そんなのわたしが一番わかっている。
ここで泣くなんて結局わたしは自分の事しか考えていない。
「どうした?アリアーシュ」
!?
王子が起きた!?よりにもよって泣いている時に!!
泣いているところを見られたくなくてわたしは王子に背を向けた。
「お前はそうやって一人で泣いているんだな」
背を向けているわたしに王子は後ろから抱きしめた。
「俺は…駄目な婚約者だから…アリアーシュがどうして泣いているのか分からないし、アリアーシュの気持ちを察してやることが出来ない…。だけどアリアーシュが泣きたい時に泣ける場所になりたいんだ。俺の前では王太子の婚約者じゃなくて、ただのアリアーシュでいればいい。俺の前まで頑張る必要も、無理をする必要もない。泣いて笑って怒って、ありのままのアリアーシュでいてくれ」
「殿下は駄目な婚約者ではございません、駄目な婚約者なのはむしろわたくしです。」
王子は肯定も否定もせず、わたしの頭を撫でながらわたしが言葉を紡ぐのを待った。
「殿下は王太子としてどんどん成長なされているのに対し、わたくしは…わたくしは…」
人前で泣いちゃダメだ、特に王子の前でなんて絶対ダメだ。
王妃教育で他人に弱さを見せちゃいけない、王子の支えにならなきゃいけないなら尚更だと教わってきた。
なのに私の頭を撫でる王子の手は優しく、張り詰めたわたしの心をいとも簡単に解きほぐしていく。
「俺は何も変わっていないよ、俺が成長しているように見えるのはアリアーシュのおかげだ。俺はアリアーシュに付いて行っているだけ、だから俺を成長させているのはアリアーシュだよ」
どうして王子はいつもこうなのだろう?
いつだって優しくて、どんなことがあっても私の味方でいてくれる。
いつの間にかわたしが安心できる場所は王子の傍になっていた。
「殿下はずるいです。そんなにわたくしを甘やかさないで下さい」
「それは…俺に抱きしめられるのが嫌、頭を撫でられるのは嫌、ということか?」
「……………………ぃゃ…ではないです」
ずるい!ホントずるい!!
そんな風に聞かれたら嫌じゃないって答えるしかないじゃない!!
実際嫌じゃないんだけど、嫌じゃないんだけど…素直に嫌じゃないって言うのが恥ずかしい。
「よかった。じゃあこれからは遠慮しなくていいよな」
「えーっと…遠慮しないというのは?…」
「人を頼るのが下手くそなアリアーシュを、俺には頼ってくるくらいトロトロに甘やかす」
ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!
何ですかそれ!?一種のダメ人間にする宣言にも聞こえるんですけど!?
「で…殿下も人を頼るのが苦手でいらっしゃいますよね?」
わたしの事を人を頼るのが下手くそだと言う王子の方こそ、他人を頼れない不器用ハリネズミだ。
「だったらアリアーシュを頼れるように俺を甘やかして」
王子はわたしの髪を一房手に取ると、そこに唇を落とした。
だめだ、だめだ、だめだ、だめだ。
今は何を言っても王子のペースになってしまう。
「も、もうあまりからかわないで下さい」
逃げようにも、逃がさないとばかりに後ろからがっちり抱きしめられておりその場から動けず、だったら潔く白旗を上げ、兎に角話題を変えたかった。
王子やお父様が視察に向かった村の様子や、わたしが倒れた後あのテントの患者さんたちはどうなったのかとか、あの光の雨は何だったのかとか、王子のペースに流されてしまったが聞きたい事が色々あった。
「あ、あの…殿下、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
わたしは半ば無理矢理話題を変えた。
「視察に向かった三村だがまだ水が引いていなくて復興に取り掛かるのも時間がかかりそうだ。二次災害も視野に入れしばらくは立ち入り禁止になるだろう」
「そう…ですか…」
「そんな顔をするな。ここの領主は誰だ?きっと立派に復興させるさ」
王子はお父様が被災地を復興させることに微塵も心配していなかった。
それだけお父様の力を信頼してくれているのだろう。
「そうだ!…」
と言いかけてわたしは口を結んだ。
いけない、また思い付きで話すところだった。
出しゃばらない、しゃしゃり出ない、わたしが大人しくしていることが物事をスムーズに運ぶのだ。
「どうした、アリアーシュ?」
「いえ、何もございません」
「何か考えがあるのだろう?言ってみろ」
わたしは学んだ。
わたしには権力者の父がいる。それだけでわたしの言葉にも力がある。
わたしの浅はかな考えで大勢の人に迷惑を掛けるのだ。
「いえ、何もございません」
だったら不必要なものには首を突っ込まない。
王子の婚約者として必要な時だけ口を開けばいい。
むぎゅ
「この口は何のためにあるのかな?」
にっこりいい笑顔で王子はわたしの口角を摘みぐにぐにと弄んだ。
「アリアーシュの考えてることが分からないと言ったけど、今なら分かるよ。自分が何か言えば周りに迷惑を掛ける。自分が何かしようとすれば大勢の人に迷惑をかける。そんなところだろ?」
口角を摘ままれているわたしはコクコクと頷くしかできない。
「アリアーシュは賢いのに馬鹿だな。人間独りで出来る事なんて高が知れているだろう、だから誰かに協力してもらうんだろ?そんなのアリアーシュだけじゃない、皆一緒なんだよ。それを俺に教えてくれたのはアリアーシュだぞ。そもそも、アリアーシュはなんでもかんでも自分一人でしようとしすぎる。さっきも言ったけど人を頼るのが下手すぎるんだよ。誰にも頼れないなら俺を頼れ、俺だけは絶対お前の味方だから、何があってもだ」
今日の王子は本当にずるい。
王子を信用してなかったわけじゃない、信頼してなかったわけじゃない。
だけど過去の事からどこか一線引いてしまっていたし、王子の事は婚約者と言いながら前世アラサーのわたしは子供の王子を弟のアルバート同様の目線で見ていた。
だから王子との婚約はアリアーシュの義務だし、アリアーシュとして生まれ変わったわたしはその義務を引き継いだものと思っていたし、そこに義務以外の感情はなかった。
そこに義務以外の感情はなかった。
義務以外の感情がなかった。
なかったはずなのに…。
流石に十三歳の少年相手にはマズい。
義務以外の感情の芽生えに気付きながら、わたしはそっとその感情に蓋をした。
「それで。なんと言いかけたんだ?」
「…」
黙っていると再び王子に手がわたしの頬に伸びてきた。
「言います!言います!言いますから!!」
王子の手から頬を守るべく、頬に両手を置いてガードした。
わたしの思い付きなど流してくれればいいのに、王子はどんな小さな事でも拾ってくれる。
わたしも頑固だが王子も大概だ。わたしが折れなきゃ話が進まない。
「大雨の対策にダムを作るのはどうかと思いまして…」
「ダム…とは?」
「ため池のようなものです。大雨が降った時に川の水が溢れたりしないように川の水を調整したり、日照りが続いて川の水が減ってしまった時、水を送ったりする構造物です」
しかしわたしは作り方を知らないのでそこは専門の方々にお任せになる。
それに出来上がりまで何年かかるか、費用はどれくらいかかるかもわからない。今は被災者の援助や村の復興にも費用がかかる。
限られた財源でどうするか…。
…。
…。
…。
限られた財源?
限られているのならどうにか増やすことができないかしら?
セラトリアは水の都と称される程美しい街だ。観光客を呼び込める何かを作れたり、他の領にはない何かを作れたりすればどうにか…どうにかならないかしら…。
「こ~ら、一人で悩むなって言ってるだろ。俺も一緒に考えるから言ってみろ」
「…分からないんです」
前世の勉強不足に心が痛い。どの問題も正解が分からない。
「ダムを作ればいいんじゃないかと言いながらどうやって作ればいいのか分からないし、出来上がりまでの年数も、費用も分からない。今は復興に力を入れるべきなのに復興費がどれくらい必要なのかも分からないし、財源の増やし方も分からない。わたくしは何をどうすべきか一番大切な所が分からないんです」
「何をどうするか…か。ダムの事は今初めて聞いた言葉だから正直分からん、だが洪水にも干ばつにも役立つなら公爵に相談しよう。この災害を繰り返さない為にきっと必要なものだと思うから。それにこれだけ甚大な被害が出たんだ、復興費は国の予算から捻出されると思うぞ」
王子の意見にわたしは返す言葉もない。
「アリアーシュがどうにかしたい気持ちも分からなくはないが、俺たちに出来る事なんて高が知れている。出来る奴に頼る、じゃだめか?本当は俺がどうにかしてやりたいんだが俺に力がなくてすまない」
「謝らないで下さい!殿下はわたくしの言葉を聞いてくださって一緒に考えて下さる、それだけで十分ありがたく存じています!殿下が傍にいて下さって本当によかったです」
「あのな、アリアーシュ。俺はもう一つお前に謝らなくてはならない」
「?」
王子は真剣な顔で佇まいを直した。
「あの医療テントで起こった出来事だ」
王子は丁寧に医療テントでの出来事を話してくれた。
あの光の雨はどうやらわたしが魔法を使ったらしい。しかも光の雨はあのテントだけでなく全テントに降り注いだらしい。
そして怪我をしていた患者たちは皆、怪我が治ってピンピンしていたようだ。
「ま、待ってください!わたくしは回復魔法は使えません!それは一緒に学んでいる殿下もご存じではないでしょうか?それにわたくしはまだウォーターアローを上手く放てないほど魔法は苦手なんです!そんなわたくしがあのような魔法を使えるはずがございません!」
わたしが今使えるのは水魔法だけで回復魔法は使えない、それにあの時魔法を使おうともしていない、だからあの時わたしは魔法を使っていない。
「いや、お前は魔法を使っているんだよ。その証拠に魔力の枯渇を起こして倒れた」
「!?」
あの倦怠感と脱力感は魔力の枯渇から来たものだったんだ。
でも、いったいどうやって?無意識であんなすごい魔法が使えたの?
魔力が枯渇し倒れたと言うのに、わたしには魔法を使った実感がなく、なんだか信じられない話だった。
「アリアーシュは魔力が枯渇すればどうなるかわかっているよな?」
「はい」
それは魔法を教わる時、初期に教わる事だ。
魔力は生命の源でもある、その為魔力が枯渇すれば死に至ると。
って事はわたし無意識に死にかけてたの!?
「それで…俺の魔力を譲渡したんだが…」
「殿下がわたくしを助けて下さったのですね、ありがとう存じます。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
「ああ…いや…俺の方こそすまない」
わたしを助けてくれた王子がどうして謝るのだろう?
「あまりもたもたしていると危なかったから、その…アレだ…アレ、アレするしかなくて…」
「あれ、ですか?」
何か言い難い事なのか、王子の言わんとすることがさっぱり分からない。
王子は数回深呼吸をした後、意を決したような顔つきに変わった。
何を言われるのかとこちらまで緊張してしまう。
「アリアーシュが魔力の枯渇で倒れた時、魔力を譲渡する為に俺は…俺は…お前の唇を奪ってしまったんだ!!すまない!!悪かった!!だがあの時一刻を争う状態でああするしかなかったんだ!!勝手なことをして悪かったし、嫌な思いをさせたと思う、だけど…怒ってもいいがどうか嫌わないで欲しい…」
王子の様子からしてもっと危険な事かと思っていたが、魔力の譲渡って要は人工呼吸の様な事でしょ?
それで王子がわたしを助けてくれたのに、どうしてわたしが怒ったり嫌ったりするのだろうか?
ひょっとしてわたし王子に怖がられてる!?王子に怖がられるようなこと何かしたかな?
「あ、アリアーシュ…?」
わたしが何も言わず黙っていると王子が不安そうな瞳で見つめてきた。
かっ…かわいい!!
王子ってこんなかわいい反応をする子だったっけ?それともわたしがちゃんと見ていなかっただけ?
思わずキュンってなったじゃない!!
「方法がどうであれ、殿下がわたくしを助けて下さったことに変わりありません。感謝すれど怒ったり嫌ったりするなどあり得ません。…それとも殿下はわたくしに怒られたいのですか?」
「ん゛ん゛っ、ち違う違わない、否そうじゃない、怒られたいと言うかそうじゃなくて、婚約者だからって何でもかんでも受け入れず、嫌だったら嫌って言ってちゃんと怒って欲しいんだ」
王子はずっとそれを望んでいる。
ありのままのアリアーシュで接して欲しいと。
だけどわたしはそれを曖昧に躱して拒んできた。
なぜならわたしはアリアーシュの人生の延長線上にいる。
王子の婚約者として頑張ってきたアリアーシュの努力をわたしが無駄にしちゃいけない。
何処に居ても誰と居ても第一王子ヴィクトル・ペルダナグの婚約者アリアーシュ・セラトリアでいなければならない。
王子の婚約者に相応しくないと思われてしまったらアリアーシュが報われない、わたしがこの世界で生きる意味がなくなる。
わたしはずっと心のどこかでそう思い続けてきた。
なのに王子が優しい所為で流されそうになる。
王子がわたしを甘やかす所為で絆されそうになる。
流されちゃダメだ、絆されちゃダメだ、わたしはアリアーシュ・セラトリア。
ヴィクトル・ペルダナグの婚約者なんだから。
「殿下がそうお望みになられるのであれば努力致します」
にっこり笑って受け流すがきっと王子の事だ、わたしの言葉の意味を理解しているだろう。
王子もそれ以上その事に付いては何も言わなかった。
「アリアーシュは聖教教会を知っているな?」
「はい、存じ上げております」
知っている、とは言ったものの具体的にはよく知らない。
わたしが知っているのはわたしが毒で倒れた時、莫大な料金を吹っ掛けて治療を断られた事、独自の神を信仰していてあまり他所と関わっていない事くらいだ。
「遅かれ早かれアリアーシュが広範囲のメガヒールを使った事が奴らの耳に届くだろう、そうなれば奴らはお前を勧誘しに来るし、なんとしてでもお前を手に入れようとしてくるだろう」
「わたくし、自分で使った気がしないしもう一度使えと言われても使える気がしないのですが…」
「それでもだ。一度使えたなら使えるようになるまで人体実験を繰り返すだろうし、魔力の枯渇を起こせば嬉々としてお前を犯すだろう」
ええええええええええええええええええ!?
何それ!?めっちゃヤバくない!?
人体実験って何されるの?体に魔石とか填められるの?
魔力の枯渇って人工呼吸でいいんでしょ?犯すって何?子供にしちゃダメでしょ?
ひええええ、怖い怖い怖い怖い!!
そんな所教会名乗っちゃダメでしょう!!
「一度入ってしまえば出る事ができず、一生飼い殺される事になる」
え?何?どういう事?
まぐれで使えた魔法の所為でわたし、その名ばかりの教会に行かされちゃうの?
「アリアーシュ…しばらくは奴らの手が届かない所、王宮で暮らして欲しい」
王宮の敷地内には魔力が登録されているもの以外入る事ができない結界が張られている。
警護の為に騎士も魔術師も魔法使いも常駐している。
たしかに王宮は一番安全な所かもしれない。
「この事は家族は…」
「公爵とは話し合ってアリアーシュを託された」
お父様が王子を頼るほど聖教教会は危ない組織なんだろう…。
「なんだかわたくし、ご迷惑ばかりおかけしていますね」
「別に迷惑だなんて思っていない。アリアーシュは何でも自分でやろうとするからこれくらいで丁度いい」
またそうやって王子はわたしを甘やかす…。
「よし、話は終わりだ。疲れただろ?ゆっくり休め」
王子は話を切り、ベッドから出て行こうとした。
「も、もう少し、ご一緒してはいただけませんか?」
王子ともう少し一緒に居たくて、王子にもう少し傍に居て欲しくて、王子と離れたくなくて。
わたしは王子の背中に抱き縋った。
どどどどどどうしよう…王子に対して失礼だよね?不敬罪だよね?婚約者としてダメだよね?
でも体が動いちゃったんだから仕方ない。
もう何を言っても、どう動いても後の祭りだ。
だったらどうにでもなるようになれ。
「俺にどうして欲しい?言って、アリアーシュ」
「き、今日は…一緒に居て下さい」
教会の怖い話を聞かされたから不安になっている、王子の傍が安心できる、そう自分に言い訳しながらわたしは王子の手を握った。
アリアーシュにも変化が起こりそうです…ね?
起こるのかな?
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