16.祈りと雨
セラトリア領に設置された転送陣は、セラトリア公爵邸、つまりうちの庭…(庭と呼ぶには広すぎて、もはや森?と思えるほど大きく、小さな町がすっぽり入りそうな面積を持っていた)に設置されていた。
転送陣を出た馬車たちは次々とセラトリア公爵邸に向かった。
王都のお屋敷もすごく立派だった。立派だったんだけど…。
これがわたしのおうち!?もうこれお城じゃない!?セラトリア城じゃない!!
まさか実家がお城だったなんて…。
アリアーシュの記憶で知るのと実際自分の目で見るのでは全然違う。
わたしは必死で驚きを隠していると
「おかえりなさいませ、アリアーシュお嬢様。ようこそお越しくださいました、ヴィクトル・ペルダナグ王太子殿下」
わたしと王子は、城の入り口まで規則正しく整列された使用人達に迎え入れられた。
そして出迎えてくれたのは家令のギブソンだった。
お父様は着いた足でそのまま被災地に行ったらしい。
サイラス様のおかげで馬車に長時間揺られることなく早く着く事が出来たわけだし、わたし達もこのまま被災地に行けないかしら…。
できれば早く被災地に向かいたい。しかし、わたしはあくまで王子の視察の付き添いだ、王子が視察は明日からと言えばその指示に従うしかない。
何か手伝いたい、役に立ちたいと思っていても、わたしがここにいる名目は王子の視察の付き添いで、本来なら来られない存在なのだ。
頭の上で、はあ~と大きな溜息が聞こえた。見上げれば王子が頭を乱暴にガシガシ搔いていた。
「アリアーシュ、顔に大きく今すぐ被災地に行きたいと書いてあるんだが」
「そ、その様な事はございません」
王子にじっと見つめられ、気まずくて目を逸らしてしまった。
やはり王子は明日出発するつもりなのだろうか…。
「公爵に会わないと話も出来ないからな、今から行くぞ?」
「え?」
「アリアーシュは行かないのか?」
旅の疲れなどない、休む必要もない。
「行きます!!」
わたしは迷わず答えた。
わたし達はお父様がいる避難所の一つになっているホッケル村に向かった。
◇◇◇◇◇
わたし達が到着すると、お父様のいる詰め所になっているテントに案内された。
「ヴィクトル殿下、わざわざ御足労いただき、痛み入ります」
「公爵が用意周到なお陰で苦労せず来ることが出来た、感謝する。して、状況は?」
被災したのはセラトリア領の川沿いにある村で、特に被害を受けたのがラジュラ村とシャマーネ村とユリス村の三村で、氾濫した川の濁流に家や家畜は吞まれ、田畑も水没しほぼ壊滅状態だった。
避難所になっているホッケル村も大きな村ではないので、ホッケル村の他にも近隣の村に被災者の避難所を設けてもらっている。
ただ、怪我人は遠くに運べないのでホッケル村で治療を受けている。だけど怪我人の数が多すぎて診る人もなければ薬もない、怪我人を収容する建物もないのでテントで雑魚寝状態だった。
「水没した村の状況は水が引かなくては詳しくは分かりません。それに行方不明者が多数おります」
この世界のは前世の様な救助隊があるわけではない。
セラトリア領に居る騎士団とお父様が王都から連れてきた騎士団と王子が連れてきた騎士団で行方不明者の捜索が行われた。
お父様と王子、そして王子のお供のエルドレッド、グレイリヒト、マティアスはラジュラ村、シャマーネ村、ユリス村の視察に向かい、わたしとメイド達はそれぞれ避難所になっている村に炊き出しに向かった。
わたしはお父様と王子の指示でホッケル村を担当する事になった。
と言うのも、視察に来たんだから当然同行すると思われていたわたしが、避難所を回りながら炊き出しをすると言い出したからで…。
心配性のお父様は一人で残る事は許可をせず、王子も王子で視察の同行なんだから傍を離れるなと言い、二人掛かりで反対されてしまった。
しかしこの二人、自分で言うのも何だけど、わたしに滅茶苦茶甘い。結局最後は折れてくれる。
ホッケル村には警護の為の騎士が残留するし、被災地から一番近い村なのでホッケル村から出ないという約束で、わたしはホッケル村で炊き出しが出来るようになった。
炊き出しの道具や食材は王都から荷馬車に積んで持ってきていたので、それぞれの避難所に行き渡る様に分配し持ち場に分かれた。
メイド達の仕事に被災地の炊き出しは入っていない、なのにわたしの我儘に付き合ってもらって本当に感謝しかない。
ホッケル村に残ったわたしとルリア、他二名のメイドでスープを作った。四人でひたすら野菜を洗って皮を剝いて切って鍋に放り込む。その量、大きな寸胴3つ分。
完成したスープに王都から持ってきた日持ちする硬いパンを添えて手渡す。
炊き出しの列には老若男女大勢の人が並んだ。中にはわたしよりも小さな子供もいた。
一つ寸胴が空けば、新たにスープを作り、並んでくれた人全員に行き渡るよう、黙々と作業を続けた。
皆、疲れ果て暗い顔をしていたが、温かいスープを飲み、泣き出す人も少なくなかった。
「あの…」
わたしが芋の皮むきに励んでいると、わたしよりも小さな少年に声を掛けられた。
「あのテントに父ちゃんがいるんです。父ちゃんにもスープ、食べさせたくて…」
少年が指さしたのは怪我人が収容されている医療テントだった。
「父ちゃん…ぼくを助けてくれて自分は流されて…運よく見つかったけど体はボロボロで…このスープ飲んだらきっと元気になると思うんです…だから…だから…」
少年はポロポロと涙を流しながら訴えた。怖い思いをした上に、自分を助けた父は流され、それで自分は助かって、まだ恐怖と罪悪感でいっぱいいぱいいだろうに、それでも少年は父を元気にしたいと、元気になることを願っていた。
「大丈夫ですよ、ちゃんとあちらのテントの皆さんにも持っていきますから。お父様、元気になられるといいですね」
「ありがとう…ございます」
少年は声を詰まらせながらお礼を言ってテントの方に去って行った。
炊き出しの列が落ち着いてきた頃、視察に向かったお父様達が戻って来た。
「アリアーシュ、無事かい?」
お父様に何事もなかったかい?ではなく無事かい?と尋ねられるほど、わたしの信用は薄かった。
そんなに毎度やらかしているつもりはないのだけれど…。
「炊き出しは滞りなく配ることが出来ました。これから医療テントに向かうところです」
「医療テント?」
「はい、あちらの怪我をされた方々にも食べていただこうかと」
「そうか、私達も医療テントの様子を見に行こう」
重傷者は全てホッケル村で治療を受けている。三村分の重傷者が集められているのでテントも八張りと中々の数だった。
わたし達炊き出し班四人は二張りずつ手分けしてスープとパンを配ることにした。
そして王子は慰問と言う形で医療テントに付いてきた。
王子の慰問に皆驚いていた。セラトリア領の領民ならわたしが王子の婚約者だと知っていた。だからわたしの隣にいるのがヴィクトル・ペルダナグ王太子殿下だと誰もが察した。
王子が国民の前に顔を出すことなど殆どない。生まれた時に国民の皆さんにお城から陛下に抱き抱えられて紹介されたくらいじゃないかな?その後は外に出ることなく王宮で過ごされ、幼いながらに沢山の貴族に揉まれ、人間不信になり、今に至る。
そんな王子は今やわたしと一緒に患者に一言添えてスープとパンを配っている。
領主の娘と王太子にスープとパンを手渡された人は恐縮しすぎて固まっていた。なんか逆にごめんなさい…。
王子が手伝ってくれたおかげか、私の担当するテントへの配給は他の人達よりも早く終わった。
なので他の人を手伝いに行くことにしたんだけど、そこへも王子は付いてきた。
「あら?お嬢様、もう終わられたのですか?」
まずはルリアを手伝おうとルリアのテントを訪れたのだが、丁度終わったようでルリアがテントから出てきた。
「ええ、殿下がお手伝いくださいましたので早く終わることが出来ました。それで他のテントも手伝おうかと」
「では、わたくしもご一緒致します」
ルリアも合流し他のテントに手伝いに行き、そこでわたしは災害の現実を目の当たりにした。
そこに居たのは全身傷だらけで意識が戻らない人、手足の切断を余儀なくされ手足を失った人など、大勢の人が横たわっていた。
「もうほっといてくれ!!」
怒鳴り声が聞こえカランカランカランとスープを入れていた器がわたしの足元に転がってきた。
「家は流され、畑も失った、それにこの体じゃ働くこともできない!もう生きてたって仕方ない、死なせてくれよぉ」
「父ちゃん…」
そこにいたのは先程父親にスープを飲ませたいと言っていた少年だった。メイドからスープを預かり父親の元に持って行ったのだろう。しかし父親は左足を失い絶望し自暴自棄になっていた。
わたしは新しいスープをメイドから貰い、少年と父親に近付いた。
「どうぞ、召し上がってください」
「いらねえってんだろ!!もう俺に構わないでくれ、死なせてくれ…頼むから死なせてくれ…」
それに触発されたのか、声の出せる周りの患者たちも次々と死にたい、殺してくれと次々に呟き始めた。
少年の父親だけでなく、ここに居る人全員が生きる事に絶望していた。
「お前たちは死んでいった奴に同じことが言えるのか」
王子?
彼らの呟きに答えたのは王子だった。
「災害から72時間で人の生存率は低下すると言われている。もうすでに災害から72時間以上経過し、これから行方不明者が見つかっても生きている確率は極めて低い、むしろ、皆死体で発見されるかもしれない、生きたくても生きられなかった奴を見て、お前たちは同じことを言えるのか」
「だったら変わってやりたいよ!!俺が死ねばよかったんだ!!こんな…こんなどん底で生きていくなんて無理だ…」
わたし達が何を言っても彼らには届かない。被災した者とそうでない者の違いだろうか、彼らの深い絶望の前では、わたし達の言葉は実がなくとても軽く感じられた。
「だけど、どうか生きる事を諦めないで」
わたしには彼らに出来る事も、掛ける言葉もない。
「生きていれば今の様に辛い事もあります、だけど辛い事だけじゃない」
わたしに出来るのはただ祈るだけ。
「きっといいことだってあります」
彼らが前を向けますように。
彼らの未来に光がありますように。
どうか幸せだと思える日か訪れますように。
どうか…
どうか…
「アリアーシュ?」
王子に声を掛けられ目を開くとテント内に光の粒子が舞っていた。
その光の粒子は患者たちに降り注いだ。
「水?」
どうやら光の粒子は水が発光しているようで、テント内に光る雨が降り注いだ。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁ!?」
あちらこちらで悲鳴が上がった。
「う、腕があああああああああ!!」
「俺は足が!!」
光る雨に濡れた患者たちの欠損部位が再生していた。意識が戻らず昏睡状態だった患者も次々と目を覚ました。
いったい何が起こったの?
突然の出来事で理解できない。欠損部位の再生なんて目の当たりにしたところで現実味がない。
何がどうなっているのか頭で整理しようにも急激に体が怠くなり、頭が真っ白になり、わたしは意識を失いその場に倒れた。
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