12.不器用ハリネズミ
今、わたしの前に居る王子はとても不機嫌そうな顔をしている。
先日アルバートの捜索に付き合ってくれた王子だが、行き先はセラトリア邸としか告げておらず護衛を付けずに来ていた。
だけど実際は変装までしてスラムに行っていたことがバレ(そりゃそうだ)専属の護衛と側近を付ける事になった。
真っ黒い人は護衛じゃないのかと思ったが黒い人は王子専属の護衛ではないみたいだった。
基本?王子は他人が嫌いだ。自分の傍に他人が来ることを嫌がる。
誰の事も信用していない、周りはみんな敵だと思っている。
元々ハリネズミ気質で他人が傍に来ると傲慢暴虐唯我独尊という針を全身から出し誰も寄せ付けなかったのだ。
そんな王子に側近を付ける話が上がった時は、もう、なんて言うか…凄かった。
側近などいらない、専属などいらない、会わない、全員クビにする…などなど
イヤイヤ期の子供の様に何を言っても拒否。
最近では王太子らしく振舞おうとしているのか、頑張って他人と関わろうとしている。
だけどそれはあくまで王太子としての外面。内心はきっと苦痛で仕方ないのだろう。
それでも一国の王子に側近がいないのも問題なので王子の抵抗も空しく、これを機に専属の護衛と側近が選ばれる事となった。
そして今日、二人の貴族令息と顔合わせをする予定なのだが…。
イヤイヤ期の王子がなぜかわたしと一緒なら会うと折れてくれたとの事でわたしも一緒に会う事になった。
なぜわたしも?と思ったけど王子が望むなら仕方ない。
でもね王子、その不機嫌そうなお顔、とっても怖いです。
わたしに怒っているわけではないと分かっていてもすごく怖いです。
これからどんな地獄が待っているかと思うと今すぐ帰りたいです。
わたし本当にこの場に必要ですか?
王子の不機嫌オーラは凄まじく、声を掛ける事も近付くこともできなかった。
「アリアーシュ………遠い…」
近付くなオーラを放っておいて遠いとは?そして近う寄れと言わんばかりに手招きしてるんですけど…。
ここ最近何度も怖い王子を目の当たりにしていて、わたしはいつでも逃げ出せるようにゆっくりと王子に近付いた。
しかし、しびれを切らし近寄ってきた王子にいとも簡単に捕獲されてしまった。
「すまない、少し我慢してくれ」
わたしは王子に捕獲…抱きしめられて身動きが取れない。
でも抱きしめると言っても力強くはなく、わたしが振り払おうと思えば振り払える弱々しいものだった。
これはひょっとして結構メンタルやられちゃってますか?
王族に生まれ好き放題やってきたかのように見えて、王子がやってきたのは他人を寄せ付けない振る舞いをすることだ。
誰に頼るでもなく、誰かに甘える事もなくずっと独りだった。
甘え方を知らない不器用な子供だ。
そう、まだ王子は十二歳の子供なんだ。
そう思うと怖かった王子も段々可愛く思えてきて、ついついアルバートにしていたようによしよしと頭を撫でてしまった。
「殿下はそんなに誰かと一緒に居るのがお嫌ですか?」
「…アリアーシュだけいればいい」
おやおや…
わたしは王子に信頼されているのね、だけどそれだけじゃダメなのよ…。
「わたくしは殿下のお傍にいますよ。だけどこれから先も嫌でも大勢の人と出会い、関わっていきます。中には殿下を陥れようとするような貴族だって今以上に増えると思います。そんな時に殿下には味方が必要なんです。一人で出来る事には限界があります、もっと周りを頼って下さい」
「そんなこと…」
そんなこと、わたしに言われなくったって王子だって分かってるわよね。
ホント、不器用ハリネズミなんだから。
「大丈夫です、殿下ならきっと出来ます。今日はわたくしもご一緒しますので顔合わせに行きましょう」
このままずっと王子のウダウダに付き合っていたら埒が明かない。
わたしは多少強引に王子の手を引いて顔合わせに用意された部屋まで王子を連れ出した。
◇◇◇◇◇
王子との顔合わせは二人と聞いていたが、部屋で待っていたのは三人だった。
一人は青年、二人は少年。
どういう事だろうと警戒を強めていると青年が王子の前に跪いて首を垂れ、二人の少年もそれに倣った。
「お初にお目にかかります、ヴィクトル殿下、アリアーシュ様。私はリーガース辺境伯が次男、エルドレッド・リーガースと申します。本日付けで殿下の専属騎士を務めさせていただきます。こちらは末弟のマティアスで、殿下の専属見習いに就かせていただきます」
エルドレッドもマティアスも髪はオレンジで瞳が赤、がっちりした体躯で確かによく似ている。
「見習いが付くなど聞いていないが」
「はっ!それにつきましては殿下がアカデミーにご入学された際、私は護衛として学園に入る事が出来ないため、アカデミーにご入学後からはこのマティアスが殿下の専属騎士としてお仕えする事になり、今から見習いとして鍛え上げていく所存です」
なるほどなるほど
あと四年、十六歳になったらわたしたちは学園都市リヴィニアの王立アカデミーに入学する。
アカデミーは全寮制で連れて行けるのは側仕え一人のみ。その側仕えも学園には入れない、寮で待機させられる。
アカデミーには万全のセキュリティーが施されており護衛は連れて行けない。
昔々、貴族同士で喧嘩になった際、騎士が戦いあってそれはもう悲惨な結果になったらしい、そんなこんなで護衛を連れてくるのは禁止、学園には我が身一つで行くしかないのだ。
それで学園での王子の身柄を守るため、同年代のマティアスも入学し王子の警護に当たるのか。
「マティアス・リーガースです。精一杯頑張ります。よろしくお願いしましゅ…」
「…」
兄エルドレッドに促され、挨拶をしたマティアスだったがガチガチに緊張し最後の最後で噛んだ。
「申し訳ございません。弟は田舎で剣しか振ってこなかったもので言葉遣いや所作が雑でして、それもこれから学ばせていきますので何卒お許しを…」
ここぞとばかりに護衛を断るきっかけができた王子だがちらりとわたしを一瞥すると
「…別に構わぬ」
渋々といった感じで出始めた傲慢暴虐唯我独尊の針を引っ込めマティアスを許した。
王子の専属に付いたエルドレッドは昨年アカデミーの騎士科を首席で卒業しており、王国騎士団に配属され、王子の専属騎士の選考に当たり戦闘能力はもちろんの事、高潔さや礼節正しさ、忠誠心や誠実さがあり抜擢されたと資料に書かれていた。
弟のマティアスも実直で裏表がなさそうで王子も付き合いやすいんじゃないかな?
それにいくらアカデミーが万全のセキュリティーとはいえ、一国の王子に護衛を付けれないのは問題がある。何かあっては遅いのだ。
たぶんどこの国もそういう対策はしてきているし、学生ならばと暗黙の了解で護衛は付いているはず。
マティアスには入学までの四年間みっちり鍛え上げてもらいましょう。
「私もお初にお目にかかります、シエルズ伯爵嫡男、グレイリヒト・シエルズと申します。殿下とアリアーシュ様にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
グレイリヒトはライムグリーンの長い髪、ネイビーブルーの瞳には丸眼鏡が掛かり、見た目も話し方も物腰柔らかく、大人びた印象を受けた。
マティアスの噛んだ挨拶の後だったから余計にそう思ったのかもしれない。
王子はどう思っただろうか。
グレイリヒトはどことなくアリアーシュに似ている。
伯爵家嫡男である少年らしくない貴族然とした振る舞いは、王子が最も苦手とする媚び諂いすり寄る大人たちと同様に見えているかもしれない。
だけど王子にはそういう振る舞いができる側近が必要だ。
シエルズ領は海に面した貿易が盛んな領だ。
グレイリヒトはそこで幼い頃から交渉や取引きを間近で見て学んできている。たぶんシエルズ伯爵からもその辺りの事は学んでいるだろうし取引先の言語は勉強しているらしい。
この先、狸や女狐と渡り歩くには王子一人では荷が重すぎる。頑張ってはいるが王子は腹芸が苦手だ。
やはりグレイリヒトの様に頭の回転が速く、狸や女狐と渡り合える人材が欲しい。
「お前達は俺に忠誠を誓えるか?」
「「「はっ!誓います!」」」
「ならいい、今日からお前達は俺の騎士で側近だ」
「「「御意!!」」」
もうちょっと駄々を捏ねるかと思ったけれど、王子はあっけなく三人を騎士と側近に決めた。
「お前たちは騎士団に行くなり王城を見学するなり好きにしろ」
ちょっと王子!?今できたばかりの騎士と側近をほったらかしってどういう事ですか?
王子はわたしの手を引いて部屋から出た。
とても緊張していたのだろう、王子の手はとても冷たかった。
「お待ちください殿下!どちらに行かれるのですか!?」
三人が必死になって追いかけてくる。
専属が決まった瞬間、好きにしろと言われたら誰だって不安になるだろう。
「自室に戻るだけだ、付いてこなくていい」
だけど王子もいっぱいいっぱいいだ。
王太子の余所行きの仮面を被らず、他人と普通に接する。たったそれだけなのにそれが王子の負担になる。
「それでしたら殿下のお部屋までの護衛と、お部屋前で待機させていただきます」
「だから、付いてこなくていい、必要になれば呼ぶから好きに過ごせ」
「ですから好きに過ごさせていただきます」
エルドレッドはさわやかな笑顔で言った。
「…好きにしろ!」
王子はしんどいだろうけど、王子にはこれくらいグイグイ来てくれる人が丁度いいのかもしれない。
自室に戻ると王子はぐったりしていた。
「お疲れさまでした」
わたしはお茶を淹れ、王子の前に置いた。
王子はここに座れと言う様にソファを叩き、王子に指示された通りソファに座ると……。
王子の頭が膝に降ってきた。所謂膝枕だ。
ちょっと驚いたけど膝枕はアルバートで慣れている。アルバートはわたしに甘えたい時に膝枕を強請る。
王子も甘えたいのかな?今日は慣れないことをしたし、いっぱい頑張ったし、沢山甘えさせてあげよう。
わたしはすっかりお姉さん気分でまたしても王子の頭をアルバートにするようになでなでした。王子の髪はサラサラでシルバーブルーがキラキラでとても綺麗だ。
「ありがとう、アリアーシュ」
「どうなされたのですか?」
「俺一人だったらあいつらに会わなかっただろうし、専属にすることもなかっただろう…お前がいてくれてよかった」
「わたくしは何もしていません、殿下が沢山頑張られたからですよ」
口には出さないが良くできましたと褒めるように王子の頭を撫でた。
「俺、今日はアリアーシュにカッコ悪いところばかり見せているな…」
「そんな事はございませんよ。苦手な事を頑張っている殿下は素敵でしたよ」
あの不機嫌オーラは怖かったですけど…。
「俺…頑張るよ。アリアーシュにもっと褒めてもらえるように頑張るから…だから…上手く出来たら…その…今みたいに…あの…」
頼る人がいなくて、甘え方を知らなくて、王子が初めて誰かに寄りかかろうとしている。
その誰かがわたしだなんて…。
「わたくしでよろしければいつでも膝をお貸しいたしますよ。わたくしは殿下のお傍にいますから」
わたしはそう言い、再び王子の頭を撫でた。
王子は安心したのかしばらくもしないうちに小さな寝息が聞こえてきた。
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