11.ブローチ
ドーラと目が合ってチャームを掛けられた…と思った。
だけどわたしはなぜか自我を失う事はなかった。
ズドーーーーーーン!!
轟音が轟き、後ろの壁が無くなった。
「殺す」
わたしの耳に届いた王子の声はアリアーシュのよく知る冷たく研ぎ澄まされた刃の様な声だった。
「お前を殺せばアリアーシュもアルバートも元に戻るんだよな?安心しろ一瞬で終わらせてやる」
ドーラを見る目はあの頃より鋭さを増し、より冷酷に見えた。
初めて見る王子の冷酷な表情に怖いと思ってしまった。
このままでは本当に王子はドーラを殺してしまう…。
アルバートは取り戻したい、だけど王子に人殺しをさせてはいけない。
「ウォーターウォール」
王子を止めたい一心でわたしは魔法を唱えた
◇◇◇◇◇
「あ…アリアーシュ?」
わたしのチャームが解けていることに王子は驚いている。実際は掛かっていなかったのだけれど…。
「殿下、ご無事ですか?」
「それはこっちのセリフだ!チャームに掛けられたと思ったんだが…どうやって解いた?いや、無事なら今はいい。怪我は?痛いところはないか?」
「はい、大丈夫です…わたしにはチャームが効かなかったみたいで掛からなかったんですよ。それより…」
わたしがウォーターウォールで閉じ込めたドーラを見ると王子もそれに倣った。
ドーラは水の中で檻を壊そうと藻掻いていた。どんなに暴れても水の膜は柔軟に形を変え壊す事が出来ない。
無駄だと悟ったのかドーラは藻掻くのを止めると、ずっと突っ立ったままのアルバートを見た。
嫌な予感がして、走り出したアルバートの後を追う様にわたしも走り出した。
アルバートが向かうのは王子が開けた外へ繋がる壁の大穴。
まさか、まさか、まさか、まさか…
やめて、だめ!!
わたしの願いは空しく、アルバートは迷いなく飛び降りた。
「アルーーーーーーーーーっ!!!」
わたしも迷いなくアルバートを追って飛び降りた。
気付かなかったアルバートの気持ち、たとえもう手遅れだとしても…
わたしは何度だってアルバートの手を取る。
どんなに嫌われたって、どんなに拒絶されたって、それがとんでもないおせっかいだったとしても、わたしはアルバートのお姉さんだ。
大好きなたった一人の弟を守るんだ。
わたしは届いたアルバートの手を取り、自分の方に引き寄せ、アルバートを守るように抱きしめた。
これでいい。
アルバートを守れるのならこれで…。
しかし地面にぶつかる衝撃はやって来ず、恐る恐る目を開けた。
わたし達は地面にぶつかることなく宙に浮いていた。
これは…王子の風魔法?
わたし達はそのまま風に乗せられ王子の開けた廃墟の壁の中まで運ばれた。
「お前はッ!!…」
王子は何か言いかけてグッと堪えた。
カランカランカラン…
庶民の服に買い替えた時、持ち物を入れておくように買ったウエストポーチからブローチが転がった。
「あ…」
「これは…」
エメラルドのブローチ。
王子から誕生日に貰ったブローチ。
付けるのが何だか恥ずかしくて、でも嬉しくて、王妃教育で王城に行くときも、出歩くときはいつも持ち歩いていた王子から貰ったブローチ。
「これを持っていたのか?」
「…はい」
「なるほどな、このブローチにはあらゆる状態異常を無効化させる魔術をサイラスに付与してもらったんだ。だからアリアーシュにはチャームが効かなかったんだな」
「それじゃあこれを使えば…」
「ああ、アルバートに掛けられたチャームも解くことができるだろう」
わたしは早速アルバートにブローチを握らせ魔力を注いだ。
するとブローチが光り、アルバートの目に生気が戻った。
「姉さま…」
「アルバート!!」
正気に戻ったアルバートを抱きしめるも、抱きしめ返されることはなかった。
「ごめんなさい姉さま…僕は…僕は…」
「ううん、アルくんの気持ちに気付けなかった姉さまが悪いの、ごめんねアルくん」
「違うよ姉さま!!確かに寂しかった…だけど、姉さまを嫌いに思ったことなんて一度もない!!ずっとずっと大好きだよ!!」
言葉にならなくて、わたしは泣きながら再びアルバートに抱き着いた。
今度はアルバートも抱きしめてくれた。
「水を差すようで悪いんだがな、そろそろ魔法を解いてやらないとあいつが死ぬぞ」
王子に言われドーラをウォーターウォールに閉じ込めたままだったのを思い出した。
ドーラは気絶していてチャームを使われることがないのでそのままウォーターウォールを解除した。
後はドーラを憲兵に引き渡すだけ。だけど…
どうしてドーラがアルバートを攫ったのか気になりドーラが目覚めるのを待った。
◇◇◇◇◇
「話す事なんてないね」
ドーラが目覚めて話を聞こうとしたら一蹴されてしまった。
「こちらは被害者です。わたし達には聞く権利があります」
「はっ!被害者だぁ?それを言うならあんたら貴族に迫害されてきたあたしらの方が余程被害者だね!ここへはね娼館で認知されなかった貴族の子供が捨てられていくんだよ、でもここじゃあ育てられない、あたし達スラムの人間に働ける場所がない、唯一なれるのは冒険者だが碌な武器も買えなくて稼ぎは二束三文、ごみを漁り、盗みを働き、自分の食べる分を稼ぐので精一杯だ。
だから少しでも助かるように王都中の教会を回って置いて来るんだ。だけど大きくなってここに戻ってくる子供も少なくない。貴族の血を引く子供は見目が良い、そんな子を狙って攫って行くやつがいるんだ。攫われた子供はどうなるか知ってるか?奴隷商に売られるんだよ!!
王都にスラムなんて存在しない!ここに居る奴らは皆人権を持たない!ここの子供はお貴族様には人身売買用の格好の餌なんだよ!!」
「そんな…」
ドーラから語られたスラムの実態に衝撃を受けた。
せめて子供だけでもなんとかしてあげたいと思う…だけど
これは偽善だ
セラトリアの名を使い一時の施しを授ける事はできるだろう。
しかし次は?わたしに何ができる?
「話を挿げ替えるな。お前のやったことはその貴族と同じだよ。アルバートを攫ってその貴族に売ろうとしたんだろ?」
「ああそうさ、ちょうど行った教会にセラトリア公爵家の馬車が止まっていてね、坊ちゃんが一人で慈善活動に来ていたからそこの護衛と一緒に攫わせてもらったのさ」
「攫っておいてどうして家に帰したりしたの?」
「スティルバ伯爵…その人身売買をやってる貴族がスラムに来るまで時間があったからね、怪しまれないよう家に帰していたのさ」
「スティルバ伯爵…」
王子にはスティルバ伯爵に心当たりがあるのか考え込んでしまった。
ドーラはもう話すことはないと憲兵に連れて行かれるまで口を噤んだ。
アルバートは元に戻り、帰って来たのに心は晴れなかった。
「やあ、スティルバ伯爵」
「これはこれはヴィクトル殿下、殿下からお声掛け頂き恐悦至極に存じます」
ヴィクトルはスティルバ伯爵に会うためにとある夜会に参加していた。
ヴィクトルはアリアーシュが意識を取り戻してから、王太子としての責務を全うし始め、地に落ちていた評判は回復し、ヴィクトルに取り入ろうとする貴族も少なくなかった。
「ここ数年ずっと調子がいいみたいじゃないか?こちらに報告していない企業でも始めたのかい?」
「滅相もございません、収支、納税、その他諸々、報告書通りでございます」
ヴィクトルがカマをかけるも腹芸の上手いスティルバ伯爵に笑顔で返されてしまう。
「さすがスティルバ伯爵だ。その手腕を見習いたいものだよ」
「それを言うなれば殿下こそ、攫われたセラトリア家のご嫡男を救出されたのは殿下だと聞き及んでおります。婚約者の弟君を助けるために自ら赴くとは、ご立派であらせられますな」
「そうそう、そこで妙な話を聞いてな…スラムの子供が攫われていくんだと」
「殿下、何の話をされているのですかな?申し訳ございませんが私にはさっぱり…」
「すまぬ、どうやら俺はまだまどろっこしい話は苦手なようだ。単刀直入に言おう、貴様が懇意にしている違法奴隷商は摘発した。そいつの帳簿から貴様の名前がいくつも出てきた。もう言い逃れは出来んぞ」
「ぐっ…」
証拠を出され、言い逃れができなくなりさすがのスティルバ伯爵も苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「子供を食い物にしてきた罪、きっちり償ってもらおうじゃないか」
その場から逃げようとしたスティルバ伯爵は待機させていた憲兵に捕らえられた。
スラムの事は何も解決していない。
だけど、少しでもアリアーシュの憂いを晴らせればとヴィクトルは思うのだった。




