10.スラム街の戦い
カフェでお腹を満たし、再び探索を開始した。今度は初めからはぐれないようにと手を繋がれてしまった。
王子の足が不意に止まり、何事かと見やると独り言を呟いていた。
「で…ヴィル様?」
「ああ、すまない。アルバートの居場所が分かった」
「本当ですか!?では参りましょう!!」
「だから待てって」
歩き出したわたしを引き止めるように手を引かれた。
「どうしてですか?居場所が分かったんですよね?でしたら…」
「スラム街…アルバートは今スラムにいる」
スラム街?そんな街王都にあったかしら?
「スラム街は風俗街の奥にある多くの貧困者が暮らしていて法も秩序もなく荒れ果てた危険なところだ。王都にありながら存在を認めていない存在しない街なんだ」
どういう事?その危険なところにアルバートがいるの?なぜ?どうして?
誘拐?だったらどうして毎日帰って来れたの?それじゃあ自分から?なぜ?どうして?
「どうやって行ったのか分からないがスラムにいると分かった以上お前を連れて行くわけにはいかない。俺が行って連れて戻るからお前は帰れ」
ここまで連れてきてくれた王子が連れて行けない言うのだからそれだけ危険なところなのだろう。
わたしが行ったって足手まといになる。分かってる。自分に何の力もないことくらい分かってる。
わたしはダメな姉だ。アルバートを可愛いだの天使だの癒しだの自分に都合よく祀り上げながら全然アルバートの事を見ていなかった。だからアルバートに愛想を尽かれた、嫌われた。
でも、それでもわたしはアルバートのお姉さんだからちゃんとアルバートと向き合わなきゃいけない。
誘拐だったら助けなきゃいけない。そうじゃなかったらどうしてスラムにいるのか、スラムで何をしているのか、もし悪いことをしていたら叱らなきゃいけない。
わたしがやらなきゃいけないのだ。
「ルーディー」
王子がそう言うと王子の影から人が現れた。
印象は真っ黒い人。髪も瞳も真っ黒で本当に影の様だ。
「お呼びですか殿下」
「話は聞いていたな、これからスラム街に行く。お前はアリアーシュを守れ。俺は自分の身は自分で守る」
「御意」
そう言うと真っ黒い人はわたしの影に入って行った。
「殿下?」
「危険な場所だと言ったのに一人でもスラム街に行くと顔に書いてあるんだよ。一人で行かれるくらいなら連れて行くけど俺の傍を離れるなよ」
「はい!ありがとうございます殿下」
「それから、俺の事はヴィルだからな、殿下って呼ぶなよ」
王子と婚約のやり直しをしてから王子が優しかったり頼もしかったり…。
わたしは王子からはぐれないようしっかりと手を握った。
スラム街は風俗街の奥にある。と言う事は風俗街を通らなくては辿り着けないわけで…。
昼下がりなのにやや薄暗く、露出の多い服を着た女性が客引きをしていたり、道端にも関わらず男女が濃密に絡み合っていたり、壁が薄いのか女性の喘ぎ声も聞こえてくる。
王子とここを通っていくの?ハードル高くない?
「やっぱりアリィは帰れ」
うん、王子も気まずいよね。だけど…
「帰りません。この先にアルバートがいるのならわたしは帰りません」
「はあ~…。一気にここを抜ける。しっかり掴まってろ」
王子は大きな溜息をついてわたしを抱き上げた。
「え!?な、なんですか!?」
驚いているわたしに説明もなく王子は走り出した。
たぶん王子は身体強化と風魔法を使っているのだろう。
速過ぎて目が開けられない、抱き抱えられて地に足の着いていないわたしはまるで飛んでいるかの様な感覚になる。
わたしは周りを見る事も、音を聞くこともなく風俗街を通り過ぎた。
「ここまで来れば大丈夫か」
王子はそう言うとわたしを下ろしてくれた。
「ひゃっ!?」
まだふわふわした感覚が抜けず、足に力が入らずわたしはその場にへたり込んでしまった。…これが腰を抜かすって事か。
「大丈夫か?」
「申し訳ございません、足に力が入らなくて」
「そうか…おんぶと抱っこどっちがいい?」
は?質問の意味が分からないんですけど…
「ここはスラムの入り口だ、余り長く留まらない方がいい。速く移動したいんだが立てないんだろ?おんぶと抱っこどっちがいい?」
今度はちゃんと説明してくれた。してくれたけどおんぶと抱っこの二択ですか…。どっちも嫌です。
とは言えないよね、腰抜けちゃてるし。
ここへ来るまでもいっぱい恥ずかしい思いしたし今更恥ずかしい思いが一つ増えたところで…
「どうやら時間切れの用意だ」
王子の声に緊張が混ざる。
どこからともなくわらわらと人が集まりいつの間にか囲まれていた。
「見ねえ顔だな、着てるもんは庶民だが…お前ら貴族か?」
やっぱり服装を変えただけでは王子の高貴なオーラは隠しきれないのね。
「ああ、そうだ。俺たちと同い年位の子供を探している。ここに最近出入りしはじめた子供を知らないか?」
「さあな。教えてほしけりゃ出す物出しな」
男はニヤニヤしながら王子に近づいた。
子供相手に金を出せってことかしら?
こんなの先にお金を払ったら知ってても知らないって言われるかもしれない。教えてくれてもその情報が嘘かもしれない。だけど少しでもアルバートの情報が欲しい。だったら出し惜しみしていられない。
わたしがお金を出そうとしたら王子が金貨を取り出した。金貨を見て周りがどよめき立つ。王子に近づいてきた男も金貨を見て涎を垂らしそうな顔になっていた。
「正しい情報を教えてくれれば金貨を渡す。そういう誓約でいいな」
「わかった、それでいい」
「誓約、こちらに正しい情報を教える事、情報が正しければ金貨をもう一枚渡す。俺たちが知りたいのはアルバートの居場所、もしくはそれに繋がる手がかりが欲しい。もし嘘を教えると…両目が潰れる事になる。」
そう言って男に金貨を渡した。
「これで誓約完了だ。金貨が欲しけりゃ正しい情報を教えろ」
「ああ、ここに最近出入りしてるガキだろ?たぶんドーラんとこに行けば会えるんじゃないか?」
「ドーラと言うのは?どこに行けば会える?」
「ドーラは俺たちのボスだ。口で説明するのも面倒だから案内してやる」
誓約効果か金貨効果か男はすんなり教えてくれた。
男の目が潰れていないと言う事はちゃんとドーラって人のところまで案内してくれているのだろう。
「ここにドーラがいる」
案内されたところは大分奥まったところにあった廃墟だ。と言ってもどこも廃墟のようだけど…。
「ドーラのところまで案内したんだ、約束の金貨を出しな」
「まだ俺たちはドーラにもアルバートにも会っていない、金貨はどちらかに会ってからだ」
「ちっ、ちゃっかりしてやがんな」
男は舌打ちし、廃墟の中に入って行き、わたし達もそれに続いた。
廃墟は三階建て、その最上階。
「ドーラ!客だ!」
男が扉の前で叫ぶと扉が開いた。
中に居たのは男が五人と女が一人、そして少年が一人。
「アルバート!!」
ソファに座る女の膝にしなだれるように頭を乗せ、頭を撫でられているのは間違いなくアルバートだった。
なんで?どうして?なんで?なんで?なんで?なんで?
「なんだいあんた達?あたしに何の用だい?」
ソファに座っている女、ドーラは炎の様な赤髪をポニーテールにし、琥珀色のアーモンド形の瞳はこちらを見据えていた。
「わたくしはアリアーシュ・セラトリアと申します。そこにいるアルバートの姉でございます。アルバートを迎えに来ました、アルバートを返してください」
わたしも真っ直ぐドーラを見る。ここで引いちゃだめだ。何があったのかは分からない、だけど今はアルバートを取り戻すことを考えなくちゃ。
「おやおや人聞き悪いね。返すも何も別に取り込んじゃいないよ。アルバート、お姉さんが迎えに来たよ。帰るかい?」
ドーラに聞かれアルバートは漸くドーラの膝から頭を外し、そして首を横に振った。
「嫌だ、帰らない。僕はドーラ姉さまと一緒に居るんだ」
は?
え?
ドーラ
姉さま
誰が?
誰の?
姉さまですって?
アルバートの姉さまはこの世でわたしだけなんですけど!
「ドーラ姉さまは僕とずっと一緒に居てくれるんだ。僕の姉さまはドーラ姉さまだけだよ」
「…っ…アルくん…」
さっきからアルバートはこっちを見ようとしない。全然わたしを見てくれない。
「姉さんは隣の婚約者と帰ってよ、もうここには来ないで、顔も見たくないんだ」
アルバートはドーラの膝に横抱きに座り抱き着いた。わたしからはアルバートの背中しか見えない。
はっきりとしたアルバートからの拒絶。
わたしは…もういらないの?
悔しくて、情けなくて…悲しくて
何も言えないくせに涙だけが溢れてきた。
そんなわたしを隣に立っていた王子がわたしを庇う様に一歩前に出た。
「ちょっといいか義弟よ」
王子の問いかけにアルバートの肩が震えた。
「お前の姉さま、あっアリアーシュな、姉さまは凄いよな。何処へ行っても誰と居ても自分の感情を押し殺して自分の役割に徹するんだ。そりゃもう外から見りゃ完璧な公爵令嬢で王太子の婚約者だ。それは俺の前でも同じで、俺はそれが面白くなかったんだ。人形遊びをしてるんじゃないんだ、ちゃんと笑って怒って泣いて、そんなアリアーシュを見たかったんだ。でも結局どんな事をしても無理だったけどな。それが見てみろ、お前の帰りが遅いだけで取り乱し、崩さなかった一人称はあっけなくわたしになってるし、何でも俺の言う事はホイホイ聞いてたのに全く聞かないし、目を離すと暴走しそうになるし、今もお前の言葉に傷付いて泣いている。残念ながら今はまだアリアーシュの中心はお前なんだよ、それに何の不満があるんだ」
王子…そんな風に思ってたのね。
そうね、確かにアルバートの事でいっぱいいっぱいで暴走…していたかもしれない…。
ごめんアリアーシュ、あなたが今まで築いてきたものを壊してしまったわ。
「おとうとなんて呼ばないで下さい。あなたが…あなたが僕から姉さまを奪ったくせに!姉さまはずっと僕の姉さまだったのに…」
「可哀そうなアルバート。あたしがずっと一緒に居てあげる。あたしはアルバートから離れたりしない、アルバートが居たいだけここにいていいからね」
ドーラは抱き着いているアルバートを少し離し、じっと見つめて言った。
「ドーラ姉さま…」
「これでわかったろ?さあ、お帰り下さい」
ドーラがそう言うと部屋に居た男たちが一斉に襲い掛かってきた。
「きゃあああああ!!」
わたしは咄嗟に王子の背中にしがみついてしまった。
「大丈夫、俺が守るから」
王子がそう言うと風の壁がわたし達を囲み、襲い掛かっていた男たちは攻撃する事が出来ない。
そして王子が風の壁を消した後も男たちは動けないでいた。
「これは?」
「ルーディーの影縫いだよ。影を縫われた人は動けなくなるんだ」
「!?」
わたしはわたし達を襲った男の中に見知った顔を見つけた。
彼はセラトリア家の私兵でアルバートの護衛を任されていたはず。
「どうした?」
「彼…うちの騎士なの…どうして…」
「使えない男どもだね!!」
思い通りに行かずドーラが立ち上がった。
しかし、それとは逆にわたし達は影に沈んだ。
「どういう事だルーディー」
「いきなりで申し訳ございません。ドーラはチャームを使って男を自由に動かしていると思われ、あのままだとこちらにもチャームを掛けに来ると思われ影の中を移動し一旦外に出ました」
チャームと言うのは魅了の魔法で同性より異性に掛かりやすく、同性も掛かりにくいだけで全く掛からないというわけではない。
チャームに掛かると自分の意思とは関係なく、掛けた人の思うままに動くらしい。
「アルバート様もその護衛もドーラのチャームに掛かっていると思われます」
「どうすれば元のアルバートに戻るのでしょうか?」
「方法は三つです。治療薬を飲ませる、ハイヒールを掛ける、チャームを掛けた本人に解除させる、のどれかの方法でチャームは解除できます」
「じゃあチャームを掛けた本人に解除させる一択だな」
治療薬は持っていない、誰もハイヒールを使えない、となると確かに本人に解除させる一択だ。
「少々手荒な手段になってしまいますがよろしいでしょうか?」
真っ黒い人は王子にお伺いを立てながらわたしをちらりと一瞥して言った。
「最優先は無傷でアルバートを奪還する事だ、他はどうなろうがかまわない」
「御意」
わたし達は再び廃墟の中、ドーラの元へと向かった。ドーラは既に守りを固めており大勢の男が集まっていた。
だけど先行する真っ黒い人は王子の護衛だけあって強かった。
何の訓練も受けていない烏合の衆ではまったく歯が立たないほどに。
わたし達はあっという間にドーラの元にたどり着いた。
「おやおや、もう戻って来たのかい?どうやって逃げたのか分からないけれどそのまま帰ってくれていたら良かったのに」
「わたし達はアルバートを返してくれるまで帰りません!!」
「ふん!仲間が一人増えたところで結果は同じだよ!」
ドーラは黒い人が気絶させた男たちを操りわたし達に襲い掛かってきた。
これではいくら黒い人が強くてもキリがない。
「どうして…どうしてこんな事をするんですか!?みんなあなたの仲間でしょ?」
「だからなんだって言うんだい!他人の心配より自分の心配をしな!!」
ドクン!!
あ…
体が動かない…
ドーラと目が合った瞬間ドーラにチャームを掛けられたようだ。
心が…体か…ドーラに支配されていく。わたしが…消えていく。
「アリアーシュ!!」
「ふふ、ふははは、あはははははははははは!!」
ドーラは高笑いした。
「これでセラトリア公爵家が手に入ったわ!!これで…これであいつらを叩き潰せる!!」
ズドーーーーン!!
廃墟に轟音が轟いた。
ヴィクトルの放った魔法がドーラの頬を掠め、後ろの壁を崩壊させた。
「殺す」
抑えきれない殺気交じりの魔力がヴィクトルから溢れ出ている。
「お前を殺せばアリアーシュもアルバートも元に戻るんだよな?安心しろ一瞬で終わらせてやる」
ヴィクトルはまるで自分は慈悲深いとでも言う様に呟くとドーラの方に手を向けた。
「ま、待て!!」
ヴィクトルよりドーラがアリアーシュを盾にするのが一瞬速かった。
「少しでも動けばお前が魔法を放つ前にこの女を殺す。…さあ、お前たちもわたしの操り人形になりな!!」
「ウォーターウォール」
操られているはずのアリアーシュの口が動き、ドーラを水の中に閉じ込めた。
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大変励みになります(/・ω・)/




