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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.52 一難去ってまた一難


「お前……何なんだ」


「なに、とは?」


 いくらかの距離を残して、死神が足を止めた。

 向かい合うアヴァリーと死神を、プーパたちが冷や冷やした様子で見守っている。


 ──腹の内が全く読めない。


 この死神が何を考えていて、どれほどの力を持っているのか。

 アヴァリーであっても読み取ることの出来ない存在を前に、異様な緊張感が走っていた。


「さっきの死神じゃねぇだろ。名前くらい名乗ったらどうだ?」


「わたしの名が気になるんだね」


 優しい微笑みと、穏やかな口調。

 先ほどの死神には無かった変化が、アヴァリーの警戒をさらに強めていく。


 悪魔も死神も、名前を知られること自体は問題ない。

 けれど極一部、名前でさえも明かさない存在がいる。

 死界の宝月(ほうげつ)、天界の太陽跡(たいようせき)


 それぞれの世界の王が直接名付けた存在であり、名前を呼べるのは王と、同じ位を冠するものだけだと言われている。

 つまり、もしも目の前にいる死神がその位に該当するものであった場合、名乗るのは敬称(けいしょう)になるという訳だ。


「軽々しく呼ばれるのは好まないが、名乗るくらいなら構わないよ。──転幽(てんゆう)。それがわたしの名だ」


「……聞いたことねぇな」


「睦月が付けてくれたものだからね。良い名だろう?」


 予想に反し名乗ってきた死神に、アヴァリーの警戒はかつてないほどまで高まっていた。

 宝月でないとすれば、いったい何だと言うのか。


 立っているだけで、アヴァリーをここまで追い詰める存在。

 そんな存在がいるとしたら、宝月ほどの位でなければありえないと思っていたのだ。


「そんな名付け(ぬし)の身体を乗っ取ってまで、わざわざここに何のご用で?」


「おや、おかしなことを聞くんだね。君はそれを、とうに理解しているというのに」


 悪魔の本能。

 鳥肌が立つような違和感に、思わずその場から飛び退()いていた。


 直後、大量に降ってきた槍が、アヴァリーのいた場所に突き刺さっていく。

 少しでも遅れていたら、今ごろ串刺しになっていただろう。


 そもそも、転幽と名乗った死神がいつ槍を出したのか、それさえもアヴァリーは分かっていなかった。

 腕に痛みを感じ目を向けると、深く(えぐ)られた傷ができている。


 裂けた肉の色が(のぞ)く傷口からは、一滴の血さえも流れてはいない。


「おいプーパ! お前はその蛇つれて、今すぐここから退避しろ。ぐずぐずしてると巻き込んじまうぞ!」


「わかりました! いきますよびべれ!」


「はいプーパ様!」


 プーパを乗せたビベレが空高く昇っていったのを確認すると、アヴァリーは周囲を埋め尽くすほどの槍を出現させ、転幽の方に穂先を向けた。


「悪りぃな。待たせちまってよ」


「構わないよ。わたしは君がしたことを、何倍かにして返しているに過ぎないからね」


「俺様がしたこと?」


 アヴァリーは初め、何のことだと言うように眉を(ひそ)めていたが、思い当たる節があったのだろう。

 納得した顔で転幽の方を見ている。


「そういや、珍しく猶予(ゆうよ)を与えてやってたな」


 普段のアヴァリーであれば、速攻で片を付けていたはずだ。

 アヴァリーにとって、待つという行動は苦痛でしかない。

 だからこそ、珍しい行動に自分でさえも驚くほどだった。


「で、お前はいいのか? あの死神の小僧ら、一応お仲間なんだろ?」


「あの子たちには、少し眠ってもらってるよ。安全な場所に移してあるから、巻き込まれる心配もない」


「そーかよ。なら、思う存分やれるってこったな」


 その言葉を合図に、大量の槍が転幽を襲った。

 明らかに回避は不可能な量だ。

 挑発の込もった笑みを浮かべるアヴァリーに対し、転幽は動じた様子もなく、槍越しに微笑みを返してくる。


 突如、全ての槍が動きを止めた。

 槍の切先(きっさき)が転幽に届くことはなく、まるで時が止まっているかのように静止している。


「マジかよ」


「さて、何倍くらいがいいかな」


 驚くアヴァリーを気にも留めず、転幽は何かを考えているようだった。

 ふと、先ほどの言葉がアヴァリーの脳裏を過ぎっていく。


 転幽はこう言っていた。

 アヴァリーがしたことを、何倍かにして返しているに過ぎないと。


 考えてみれば、転幽がしたことは全て、アヴァリーが目の前の死神にしたことと同じだ。

 唯一違うのは、威力が何倍にも加算されていることくらいだろう。


「おいおい、そんなんありかよ……」


 周囲どころか、上空をも埋め尽くすほどの数。

 圧倒的な量に、アヴァリーの口から乾いた声が()れていく。


 落ちてくる槍は雨の如く、唖然(あぜん)とするアヴァリーの上に降り注いでいった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 ビベレは、上空を全速力で飛んでいた。

 しかしその背に、プーパの姿は見えない。

 あまりの速度に、雷で焼けた毛がさらに乱れることを心配したプーパが、ビベレの能力で自らを収納するよう頼んだのだ。


「ああ、何てことでしょう……! 早く魔界に戻らなければ」


 レインの元へと急ぐビベレだったが、誓約書の影響を受けていることもあり、本来の力を発揮(はっき)できずにいるようだった。


「ぐえっ!」


 突如、ビベレの体が何かで拘束された。

 体中を覆っていく氷に、為す(すべ)もなく動きを封じられていく。


 空中で氷漬けになるかと思われたビベレだったが、首の辺りで止められた氷に気づくと、安堵(あんど)の息を吐き出す。


「睦月をどこにやった」


 ぞっとするほど冷たい声に、ビベレは恐る恐る目線を上げた。


 風に舞うローブと、手に握られた死神之大鎌(デスサイズ)

 一難去ってまた一難な状況に、ビベレの目はとうとう(うる)み始めていた。


「そそそ、それは……!」

 

「消されたくなければ答えろ。睦月を、どこにやった」


 静かに怒り狂う死神を前に、ビベレは半泣きになりながら、睦月の居場所について口を開いていた。


 

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