ep.45 温度のない死神
「プーパ様、そろそろ目的の地点に到着しそうです」
「ついにこのあいてむをつかうときがきたようですね!」
ビベレの言葉に、プーパは意気揚々と何かを取り出している。
楕円形をしたそれは、プーパの手にも収まるほどのサイズだ。
「はっ! みたらだめですよ!」
腕に抱えられた状態で取り出したことにより、上から丸見えだったことには気がついていないのだろう。
プーパはこちらを振り向くと、慌ててそのアイテムとやらを体で隠しながら仕舞っている。
「とりあえず、一度外に出──」
何かを言いかけていたビベレの声が途切れた。
直後、まるで気道を圧迫されたかのような、苦しそうな呻き声が上がる。
「なにごとですか!」
プーパが急いで腕から飛び降りると、「びべれ! ここからだしなさい!」と叫んでいる。
外の状況が視えないため、ビベレに何が起こっているのか知ることはできない。
プーパの様子を見る限り、ここから自力で抜け出すのは難しいようだ。
待つしかない状況の中、突然、勢いよく押し出されるような感覚がした。
吐き出された口から転がり落ちていく。
不安定な身体と、目の前に広がる青に、そういえばここが空だったことを思い出した。
私が何かをするよりも速く、落下する私の手を誰かが掴んだ。
眉間に皺を寄せつつも、どこか安心した様子でこちらを見る姿。
風で翻ったフードを鬱陶しそうに脱ぐと、時雨は私に向かって大きくため息をついた。
◆ ◇ ◇ ◇
四方から監視されているかのような視線を感じ、時雨は辺りを見回した。
ここら一帯にある目は、既にミントが掌握し終えた後なのだろう。
ミントはハッキングに特化した死神だ。
その対象が生物であろうと無機物であろうと関係はなく、あらゆる存在の目にアクセスし、周囲の光景を観察することができる。
圧倒的な情報収集力と、それを可能にする能力は、ミントを情報管理課のエースたらしめる所以だった。
処理能力においても飛び抜けたミントがバックアップにいるのであれば、目標が見つかるまでそう時間もかからないだろう。
そんな事を考えていた時雨の視界に、当たり前だとでも言うようにミントからの連絡が送られてきた。
悪魔の現在地と、近くの座標まで登録してある完璧ぶりだ。
──情報管理課のエースは、当分変わらねぇだろうな。
常闇の下には、異様なほど優秀な死神ばかりが集まっている。
脳裏にちらついた霜月の姿に、時雨は不服そうな顔で口を引き結んでいた。
◆ ◆ ◇ ◇
登録された座標に飛び、地上を見下ろす。
上空に浮かぶ時雨たちの目に、件の悪魔の姿が映り込んだ。
瞬間、燕の姿がその場から消え失せる。
要求した死神之大鎌を手に、燕は一瞬で悪魔の背後に回ると、そのまま悪魔を拘束しにかかった。
刃の部分を変形させ、首を囲うように固定すると、そのまま一気に締め上げていく。
燕の纏う雰囲気は、一歩間違えばそのまま首を切り落としてしまいそうなほどに重い。
しかし、そんな雰囲気を漂わせながらも、燕は冷静な判断を失っていないようだった。
「今すぐ、睦月ちゃんを返してくれる?」
普段の温かみがごっそりと抜け落ちた声。
裏に隠された焼けるような怒りは、燕が死神之大鎌を握る手にも表れていた。
問いかけているようで、その実、選択肢は一つしか存在していない。
嫌な音を立てて締まり続ける首と、苦しそうにもがく悪魔の姿。
悪魔の背に足を乗せ、死神之大鎌を引き続ける燕の表情は、死神という存在を顕著に表しているかのようだった。