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死神の猫  作者: 十三番目
序章 始まりの死動

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ep.7 パートナー


 初めて見た時、霜月の目は髪と同じ黒色をしていた。

 でも今は、透き通るような金に変わっている。


 まるで、冬の夜空に浮かぶ月のような色だ。


「死神同士には、本来の色が見えるんだ。睦月がさっきまで違う色に見えてたのは、おそらく装束(しょうぞく)の影響によるものだと思う」


 死神の装束とは、死神が現世で仕事をする際に着ているものらしく、人間が実体化した死神を視認した際、限られた情報しか得られなくなる効果が付帯(ふたい)されているらしい。


「つまり、今見えてるのが死神としての本来の霜月で、さっきまでの霜月は装束の効果を通して見てた霜月……ってこと?」


「うん。当たり」


 頷いた霜月は、何やら部屋をくるりと見渡している。


「少し座って話そう。睦月も、色々と聞きたいことがあると思うから」


 霜月の提案は、正直願ってもないことだ。


 アポもなくいきなり家に来襲(らいしゅう)されて、既に疲労値は高を叩き出している。

 その上、仕事は今夜からときた。


 せめて次の日以降にしてくれたら良かったものを……。

 ほんと上司あのやろう。


「こっちに座って。あ、何か飲む?」


 椅子は一つしかないため、窓際にあるテーブルの方に座布団を二つ()いた。


「睦月の入れてくれたものなら何でも飲む」


「分かった。先に座ってて」


 来客用のコップを出すと氷を数個落とし、冷蔵庫にストックしていた麦茶を注ぐ。

 テーブルまで運ぶと、霜月はお礼を言いながらコップを受け取り口をつけている。


「死神って飲食とかするんだね」


 口に出してから、この言い方では(いささ)か誤解を生みかねないことに気づいた。


「することを否定してるんじゃなくて、単純に人の食べ物を口にできるんだなって」


「分かってる」


 安心してと言うように微笑んだ霜月は、正面の私に向かって手を伸ばしてきた。

 テーブルを挟んで差し出される手は白く、綺麗な形をしている。


「触ってみて」


「……さわる? あ、うん。触る、ね」


 一瞬、頭の中に宇宙が広がった。


 考えてもみてほしい。

 美少年にいきなり「触ってみて」と言われて、素直に触る大人がどれだけいるだろうか。


 死神だし、年齢とかも不詳だし、何ら法に触れないことは分かっている。

 しかし、私の矜持(きょうじ)が……。


 迷うように彷徨(さまよ)っていた手を見て、霜月は私が触るのを嫌がっていると思ったらしい。

 しょんぼりした顔で「いきなりごめん……」と謝ると、手を戻そうとしている。


 その手が引き戻される前に、私はもの凄い速さで霜月の手を掴んだ。

 自分でも驚くほどの、驚異的なスピードだった。


「す……スベスベしてますね」


 おい嘘だろ私。

 言うに事欠いてそれか。

 軽く思考停止状態の私に対し、霜月の顔は一気に華やいでいく。


「気に入ったなら、いくらでも触っていい」


 嬉しそうにしている霜月を見ていると、それならまあ良いか……なんて思考になってくる。

 手に触れながら案外人と変わらないつくりに感心していたが、その反面、(ぬぐ)い切れない違和感も覚えた。


「体温がない……?」


 人間にはあるはずの温度が、霜月の手には全く感じられなかったのだ。

 まるで死人の手だと言っても過言ではないほど、霜月の手は冷え切っている。


「そう。死神には人間のような体温は無いんだ」


 霜月はゆっくりと手を引くと、目の前に置かれたお茶を指した。


「このお茶も飲めるし、食事をすることだって出来る。でも、それが死神の活動エネルギーに変わることはない。人間の様な見た目をしていても、この体に体温はないし、走って汗をかいたり、食事をして排泄することもない」


 淡々と話し続ける霜月だが、どこか顔が強張(こわば)っているようにも見える。


「ただ、五感はあるから味も分かる。死神の中には娯楽(ごらく)として、人間の食事を毎日取るやつもいるくらいだ。だから、その……」


 不安なんだろうか。

 私が霜月をどう思うのか。


 霜月が何故、私にそこまでこだわるのかは分からない。

 けれど、分かっていることもある。


「お茶、美味しかった?」


 ただのお茶と(あなど)ることなかれ。


 茶は美味い。

 これはもはや鉄則だ。

 夏には冷たい麦茶が、それはもう染み渡るのだから。


 霜月は何度か瞬きを繰り返すと、ハッとしたように大きく頷いた。


「美味かった! 睦月がいれてくれたから」


 何度も頷くのを見て、つい笑みが(こぼ)れる。


「お茶は誰がいれても美味しいよ」


「そんなことない。睦月がいれたお茶の方が美味いに決まってる」


 自信満々に返す霜月に、思わず声を出して笑ってしまった。


 こんな風に笑うのはいつぶりだろう。

 張り詰めていた気持ちが、するすると抜けていくのを感じる。


「私は死神について全然知らないし、分からないことだらけだけど、引き受けた以上はきちんとやるつもり」


 霜月と真っ直ぐ視線を交わす。

 

「霜月のパートナーとして、私も精一杯頑張る。だから、これからよろしくね、霜月」


 今度はこちらから手を差し出した。


 霜月は少し眩しそうに目を細めていたが、差し出された手に気づくと、そっと手を取ってくれた。


「……うん。こちらこそよろしく、睦月」


 霜月の冷んやりとした手に私の体温が移るよう、ぎゅっと握りしめておいた。


 

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