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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.36 また会う時まで


 見慣れたアパートの外観に、小さく息をこぼす。


「あら! 帰って来てたのね」


 アパートの前で足を止めていた私の後ろから、ハイヒールの音が響いた。

 ちょうど帰りが重なったのだろう。

 私を見た律が、嬉しそうに話しかけてくる。


「こんばんは、律さん」


「こんばんは睦月ちゃん。それと、お帰りなさい」


 優しく微笑む律に、持っていたお土産を手渡す。


「ただいま帰りました。これ、京都で買ったものです。良ければもらってください」


「八ツ橋じゃない。しかも詰め合わせ! あたし、ほうじ茶味の八ツ橋が特に好きなの」


 目を輝かせて喜ぶ律に、ほっとした気持ちが湧いてくる。

 お土産屋で色々と見ていたものの、律の好きな物が分からず、なかなか決められずにいたのだ。


 霜月にも相談してみたが、律たちの個人的な情報には興味がないらしく、分からないとのことだった。

 何となくそうだろうなとは思っていたし、気にしてもいなかったのだが、霜月は私の期待に応えられなかったと落ち込んでしまったらしい。


 ぺたんと垂れた耳が、まるで八ツ橋のように見えてきて──。

 あれだけ悩んでいた手土産が、速攻で決まった瞬間だった。


 アパートの敷地内に入ると、塀を伝い霜月も中に入ってくる。

 地面に降り立つと同時に、猫から人型へと変わった霜月は、当然のように私が持っていた荷物を代わりに運んでいく。


「長い間ありがとね、霜月」


「睦月の傍にいられるなら、他は大したことじゃない」


 いつだって私を優先する霜月に、くすぐったい気持ちが湧いてくる。


「良い関係が築けてるようで良かったわ。お土産、ありがたくいただくわね」


 一足早くドアを開けた律だったが、何故か部屋に入る直前で足を止めている。


「睦月ちゃん。これからはあたしたちに遠慮せず、いつでも頼ってきてちょうだいね。睦月ちゃんはもう、ここの住民(なかま)なんだから」


 そう言って微笑んだ律は、「それじゃ、また明日ね」と手を振りながら、ドアの向こう側に消えていった。



 

 ◆ ◆ ◇ ◇



 

「睦月」


 霜月に呼ばれ、パソコンから目を離す。

 家に帰ってきてからは、いつも通り並びの椅子に座って、各々のことを片付けていた。

 どこか暗い表情の霜月に、何かあったのかと心配になる。


「どうしたの?」


「今後のことで、話しておくことがある」


 様子を見る限り、霜月にとって良くない話のようだ。

 (こら)えるように話す霜月のおでこに、私はそっと人差し指を押し当てた。


「睦月……?」


 驚いた顔の霜月が可愛くて、そのまま何度か突ついてしまう。

 されるがままの霜月は、私が指を離すまで、何も言わず好きなようにさせてくれた。


 相変わらず私のすることに無抵抗な霜月だが、いったいどこまで許してくれるのか。

 少しだけ、試してみたくなった。


「それで、どんな話?」


 先ほどもよりも和んだ空気の中、私を見る霜月の表情も随分と落ち着いている。


「少しの間、死界に戻ることになった」


「何かあったの?」


 現世(こっち)の体感では、つい先日警備課の件で死界に行ったばかりだ。

 死界からすればけっこうな時間が経っているはずだが、現世にいるとあまり実感が湧かない。


死界(むこう)に行くのは、俺自身の都合のためだ。可能な限り早く戻ってくる。でも……その間睦月を一人にはしておけない」


「悪魔のことだよね」


 護衛の目的もあり、霜月は私と共に現世へきた。

 だとすれば、一人になった私を、悪魔たちが好機と捉えないはずがない。


「俺がいない間は、ここのやつらが代わりになる。だから、戻ってくるまでは傍に置くようにしてほしい」


 ここのやつらとは、律や時雨(しぐれ)(つばめ)のことを指しているのだろう。

 霜月は不服そうな顔をしている。

 けれど、そんな霜月が()()()と決めたのだ。


「分かった。死界にはいつ戻るの?」


「明日の朝には」


「そっか」


 霜月が傍から離れることを、寂しいと思う日が来るなんて。

 あの時の私には、きっと想像もつかなかっただろう。


「待ってるね。霜月が戻ってくるのを」

 

 ちゃんと待ってるから大丈夫。

 そんな気持ちを込めて返した言葉に、霜月の白い頬がじわじわと色付いていく。


 まるで雪が溶けるように笑った霜月の姿を、私はしっかりと記憶に焼き付けておいた。


 

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