ep.35 死の真相
「それは、陽向が神楽に戻るということ?」
私の問いかけに、陽向は俯き拳を握りしめた。
「めちゃくちゃなことを言ってるのは分かってる。でも、本当ならここは、全て姉さんのものだった。なのに僕が……奪ってしまったから」
奪ってしまった、ね。
自分が居たせいで、私が神楽を去ることになったとでも思っているのだろう。
──けれど、その考えは大きく間違っている。
「陽向。あの日のこと覚えてる? お父さんの、神楽家当主の遺書が読まれた日のこと」
「もちろん覚えてるよ。あの日は姉さんと一緒に、お祖母様の所に泊まったよね」
「そう。それでその日の夜に、今後の事を聞いた」
祖母は、遺言書は紛れもなく父が書いたものだと話した。
そして、幾分か落ち着いた陽向と共に、これからすべき事を伝えてくれた。
「当時、神楽を名乗れるのは両親と私だけだった。つまり、両親が亡くなった場合、養子縁組をするためには私の存在が不可欠なはず。でも、陽向が神楽に入るのと同時に、私は神楽に入っている」
「それは、父さんが先に神楽と養子縁組してたからで……。いや、まさかそんな……」
陽向の顔色が悪くなっていく。
おそらく、この話の違和感に気づいたのだろう。
両親が亡くなった後に分かったこと。
それは、陽向の父が既に神楽と養子縁組をしていたという事実だった。
「もし私に神楽の当主を継がせる気があったなら、陽向のお父さんを神楽に入れる必要はないよね」
流れてきた雲が、太陽を覆っていく。
日差しが遮られ、影の濃さが増した。
最初から決まっていたのだ。
当主の座は、陽向が継ぐと。
何もかも、初めから──。
「でも……それだと少し変だよね。神楽の当主を僕に継がせる気だったなら、神楽の当主と養子縁組をするのが正しいやり方だ。どうして僕の父さんが先に縁組を……?」
そう。それが私にも分からなかった。
何故両親は、神楽の人間と前もって縁組をしていたのか。
けれど、今まで分からなかったことが、今だからこそ繋がっていく。
「もうすぐ死ぬと、分かっていたから」
「え……?」
両親は分かっていたのだ。
──自分たちが、死ぬ運命にあるということを。
記憶を取り戻したことで、紅い目の死神が昔から神楽を訪れていたのだと知った。
当時の記憶を思い出す限り、おそらく両親とも何かしらの関わりがあったのだろう。
当主の座を陽向に継がせることは、前もって決めていたはずだ。
しかし、それだけなら私を神楽にする必要はない。
両親は、陽向を後継に据えると同時に、私を神楽から切り離すつもりだったのだろう。
だからどうしても、先に準備しておく必要があった。
次期当主について話し合う頃には、自分たちはもういない。
それが分かっていたからこそ、陽向の父と先に縁組を済ませ、私を神楽へ送る手筈を整えておいたのだ。
私が神楽ではなくなっても、陽向が問題なく当主の座に就けるように──。
「それって……まるで、神楽の……姉さんの両親が、これから死ぬことを知っていたみたいに聞こえるけど……」
多分、この事実を知らなかったのは私と陽向くらいだろう。
両家の人間は、以前からこの話をしてきたはずだ。
そして、もしこれが真実だとすれば。
──証明できるのはきっと、あの死神しかいない。
「とにかく、陽向が当主の座を継ぐのは前から決まっていたということ。つまり、私は何も奪われていないし、陽向は何も奪ってなんかいない」
青ざめた陽向の顔に、光が差し込んでいく。
雲は過ぎ去り、空からは再び太陽の光が降り注いでいた。
「そろそろ帰ろうか。多分両親も、このまま陽向が当主になることを願ってる。だから、ここで話したことは私たちだけの秘密にしておこう」
「……うん、そうだね。ありがとう姉さん」
気になることは他にもあったはずだ。
けれど、陽向はそれ以上何も言わず、墓石に向かって頭を下げていた。
◆ ◆ ◇ ◇
「明日には帰っちゃうんだよね? 何だか寂しいな」
「いつもこのくらいだったと思うけど」
陽向から、寂しいなんて言葉を聞くのは久しぶりだ。
「もう少し居てくれたらいいのにって、いつも思ってたんだよ」
柔らかい声で呟いた陽向は、不意に私の方を見ると、真剣な表情で口を開いた。
「また必ず、ここに帰ってきて。姉さんが来てくれるのを……僕はずっと待ってるから」
真っ直ぐな声に視線を返す。
陽向の目には、色々な感情が詰まっていた。
何も答えられない私の隣で、陽向が祈るように目を閉じたのが見えた。