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死神の猫  作者: 十三番目
序章 始まりの死動
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ep.6 仕事の依頼


「盛り上がるのは結構ですが、続きは私が帰った後にでもしてくれます?」


 そうだった。

 上司いたんだった。


 思わず目を向けると、呆れ返ったような視線がビシバシと突き刺さって来る。

 霜月の肩を緩く押し、離れる様に(うなが)すと、意外にもスルリと離れてくれた。


 しかし傍からは離れたくないのか、横にぴったりと張り付くように並ぶと、上司に向かって剣呑(けんのん)な視線を投げつけている。


「仕事は今夜からお願いしますね。難易度の低いものにはしておきましたが、最低限の知識と(しるし)の扱い方くらいは学んでおいてください」


 ……今夜?

 上司いま、今夜からって言った?


 聞き間違えたかと思ったが、この男のことだ。

 おそらく間違いなどではないだろう。


 しかし、いくら何でも早すぎる。

 今夜からって、まるで仕事を事前に入れでもしてたかのような──。


 なるほど、そういうことか。

 上司貴様、初めからそのつもりで……。


 目は口ほどに物を言う。

 たとえ何も言わずとも、私の言わんとする事を、上司は理解したはずだ。


 でなければ、上司の顔にあんな笑みが浮かんでいる理由がつかない。

 第一、もし私が今日中に承諾(しょうだく)しなかったら、今夜の仕事はどうするつもりだったのだろうか。


「睦月。先ほども言った通り、私は仕事が押しています。後のことは二人で話し合ってください」


 名前を呼ばれたことに気を取られ、語彙力が失われてしまう。


「霜月。名前はこのあと死局に届けておきます。少し早いですが、今からはその名を使うと良いでしょう」


 霜月は上司に名前を呼ばれたことで、複雑そうな表情を浮かべている。

 上司はベランダに続く窓を開けると、「今日は天気が良いですね」なんて呟きながら外へ出ていく。


 ちなみに、今朝の天気予報では笑顔の(まぶ)しいお姉さんが、「湿った曇り空と夜間に降る激しい雨にご注意ください〜!」とかなんとか話していた。


 ベランダに吹き込んだ風が、上司の服の裾を悪戯(いたずら)(くすぐ)り、雲の隙間から差し込む光が白黒のコントラストをより際立(きわだ)たせている。


 不意に窓から強い風が吹き込み、思わず目を閉じた私の耳に、「ああ、それから」と話す上司の声が聞こえた。

 まだ何かあるのかと疑う私へ、その声は存外はっきりと響く。


「言ったじゃないですか。最初から拒否権なんてものは無いと」


 薄く目を開けた私が最後に見たものは、柵越(さくご)しに笑う上司と、黒く長い髪が舞い遊ぶように(なび)いている。

 そんな光景だった。



 ……誰だったっけ、13階から帰すのはモラルがないとか言ってたやつ。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 あんなに強い風が吹き込んだ割に、部屋はいつもと変わらない日常を保っている。


 まるで、今あった出来事が全て夢だったと言われた方がよほど納得できそうな有様だ。

 けれど、私の真横にはもれなく、その全てをひっくり返せるほどの非日常(そんざい)がくっついているわけで。


「えーと、霜月……さん。ちょっといいかな?」


 さっきは雰囲気で呼び捨てにしていたが、霜月はこれから一緒に仕事をする言わば同僚(どうりょう)のような存在だ。


 彼が幾つなのかは知らないが、死神歴で言うなら間違いなく先輩と後輩。

 いきなり呼び捨てにするのはいかがなものか。


 私なりに考えて呼んだつもりだったが、霜月からすると気に入らなかったらしい。

 少し上から見下ろしてくる霜月の瞳には、不満がありありと浮かんでいた。


敬称(けいしょう)はいらない。俺のことはさっきみたいに霜月って呼んで欲しい。……だめか?」


 いや、全然オッケーです。


 緩く傾けられた首と、顔面のパワーとが相まって、破壊力が桁違いになっている。

 どこぞの大佐みたいに、目がやられそうだ。


「えっと、じゃあ……霜月」


 名前を呼ぶだけなのに、妙に照れ臭い感じになってしまった。

 名前を呼ばれた霜月も、少し照れくさそうに頬を染めている。


 目は無事にご臨終(りんじゅう)しました。


 気を取り直すように霜月を見つめると、霜月もまた表情を引き締め、真っ直ぐこちらを見返してくれる。

 霜月の静かで()き通った瞳を見つめながら、私は先ほどから気になっていたことを口にした。


「そういえば霜月。何で目の色が変わってるの?」


 

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