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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.25 記憶の回廊 ─ Ⅱ / Ⅱ


「それで、どんな外見をしてたんだ?」


 天に向かって感謝を述べていた父は、唐突に我に返ったらしい。

 娘の取った珍しい行動に、相手がどんな存在なのか気になっているようだ。


「見ためは人とおなじだよ。だんせいで、ほうせきみたいな目をしてた」


「あら、素敵ね。どんな色をしてたの?」


「あか色。ふかくてあざやかな、あか」

 

「なるほど、(あか)色か」


 宝石のような紅い目。

 もしかしたら私は、既にその色を知っているのかもしれない。


「他に覚えてることはあるか?」


「かみは黒くて、しんちょうが高かった」


「紅い目に、黒い髪。それと高身長の男……」


 娘の言葉を繰り返しながら、父は真剣な顔で呟いている。


「背は? パパと比べて、どっちが高かった?」


「むこう」


「そうか……」


 父の身長は日本人にしてはかなり高い方なのだが、紅い目の存在は父よりもさらに高い身長をしているらしい。

 ちなみに、父が自分をパパと呼ぶのは、幼い私にパパと呼んでもらいたかったためだ。


 結論から言って、その願いが叶うことはなかったのだが。


「よし、じゃあ最後の質問だ。睦月から見て、パパとその男、どっちがカッコよかった?」


「むこう」


「ふぐぅっ!」


 清々しいほどの即答に、膝から崩れ落ちていく父の姿。

 胸を抑え(うずくま)る父のHPは、おそらく赤色を示していることだろう。


「そんなに素敵な見た目なら、睦月がついて行くのも納得ね」


 微笑みながら放った母の言葉が、父にさらなるダメージを与えていく。

 よろよろと起き上がった父の背中からは、拭いきれないほどの哀愁が漂っていた。


「まあ、何はともあれだ。睦月が無事なら、パパはそれで充分だよ」


 優しく目を細め、父は娘の頭をわしゃわしゃと撫でている。

 少々雑に見える撫で方だが、そこから伝わる優しさと温もりは、母にも劣らないものだった。


 目の前に広がる光景が、再び変化していく。

 瞬きの直後、そこには夜が広がっていた。

 縁側に座り、一人空を見上げる少女。


 幼い頃の私は、自室の前にある縁側でよく空を見上げていた。

 星の輝く空と、いつもより暗い縁側で、少女の白い肌がぼんやりと浮かんでいる。


 突如、誰もいなかったはずの庭園に、人影らしきものが現れた。

 暗闇に紛れる人影は、全身に黒を(まと)っている。


 夜闇に溶け込んだ姿は、たとえ目を凝らしても気づけるかどうか分からない。

 けれど、紅く輝く宝石のような目が、男がそこにいることを確かに現していた。


 少女の口元が、嬉しそうに緩んでいく。

 いつも無表情な顔に浮かんだ柔らかな微笑みは、男が睦月の()()だと悟るには充分なほどだった。


 二人は何かを話しているようで、男の言葉に少女が首を傾げるのが見える。

 声は聞こえないため、内容を知ることはできないが、少女の様子を見る限り悪い話ではなさそうだ。


 いくらか話した後、男は少女に向けて手を伸ばした。

 戸惑う様子もなく、少女はその手を受け入れている。

 目の上に被せるように置かれた手。

 突然、少女の身体がふらりと傾いた。


 倒れ込む少女を抱えた男は、そのまま家の中へと消えていく。

 目の前の光景に、頭の中は大荒れだ。

 私にこんな記憶はない。


 ──なかったはず、なのだ。


 今なら分かる。

 これは、私から失われていた記憶の欠片なのだと。

 全てが記録された映像の中には、何故か小さく塗りつぶされたような箇所があった。


 虫食いのように不自然に空いた穴たち。

 その一つを今、私は取り戻したのだ。

 そして、脳裏に焼き付く鮮烈な紅。


 あの紅を──やはり私は知っていた。


 現世で生まれた私が最初に見た光景。

 それは、母の姿でも、父の姿でもない。

 (もや)がかかった視界の先で、私を見つめる紅い目と、愛おしそうに弧を描く口元。


 記憶に刻まれたその紅は、先ほどまで見ていた紅と同じ。


 ──鮮やかに輝く、宝石のような紅だった。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 満月が導いてくれた……失われていた記憶。 確かにあったはずの、鮮烈な紅との邂逅…… 彼は……誰なんだろう……(・д・) 父でも母でもない。 この世に生を受けた時、最初に見た……人? そ…
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