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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.21 夢ならざる


 死界に来た時、前よりも空気が馴染んだように感じた。


「不思議そうだね、睦月」


 不意に聞こえた声。

 振り返ると、そこはもう死界ではなかった。

 いくつもの扉が浮かぶ空間で、私はそれと向かい合っている。


 前と変わらず、(かすみ)がかかったような姿のそれだが、機嫌が良さそうなことは伝わってきた。


「白昼夢……?」


 ついさっきまで、私は霜月と共に死局へ向かっていたはずだ。

 どうしてここに立っているのだろうか。


「ここは何処にも属さない世界。睦月の領域であり、そうではない空間だ。睦月はいつでもここに来られるよ。その権利を既に持っているからね」


「いつでも……。つまりここは、夢でさえなかったんですね」


 ただの夢ではないと思っていたが、そもそも夢というのも私の思い込みだったようだ。


「夢を渡った方が繋がりやすいのは確かだよ。けれど、睦月はもう夢を使わなくても自由に来られるようになった」


 にこりと微笑むそれが、いったいどんな容姿をしているのか。

 (かすみ)の先が全く視えなくて、私は自然と目を細めていた。


「前にわたしが言ったこと、覚えてるかな?」


「名前のことですよね」


 私の答えに、それは満足そうな雰囲気をしている。


「覚えててくれたみたいで嬉しいよ。それで、どんな名前を付けてくれるんだい?」


 見た目は分からずとも、こちらをじっと見つめる視線は感じられた。

 前に私を助ける人格だと言っていたが、そもそもこの存在が何者なのか。


 ──それさえも、はっきりとはしていないのだ。


転幽(てんゆう)


「……転幽。それがわたしの名前?」


 穏やかに聞き返してくる声は、確かめているようでもあり、その実、決まった答えを繰り返すようでもあった。

 私の肯定を聞くと、それは突然、空気を吐くような笑い声を上げた。


「ふっ、あははっ! なるほどね。睦月はわたしに、そう名付けてくれるのか」


 軽やかな笑い声が空間に響き渡っていく。

 それの周りを覆っていた霞が晴れ、輝く黄が姿を現した。


 黄金色の髪は綺麗に編まれており、左肩から前へと垂らされている。 

 青年と少年の狭間にある容姿は、神秘的と言えるほどの美しさをしていた。


「転幽。転じて幽となす、か」


 紺碧(こんぺき)の瞳には、眩ゆく光る星が浮かんでいる。

 こちらを見て微笑む姿は、まるで威光を放っているかのようだ。


「気に入った。今この瞬間より、わたしの名は転幽だ」

 

 表では微笑みながらも、内側では何を考えているのか全く読めない。

 けれど今、──転幽は喜んでいる。


 それだけは、確信を持って理解することができていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「さ、それじゃあ行こうか。満月も待っていることだし、善は急いだ方がいい」


「満月……? そういえば、満月は今どこにいるんですか?」


「それは行ってからのお楽しみだよ」


 転幽は私の手を取ると、何処かへ向かって引いてくる。

 周りを見渡しても扉ばかりの空間だ。

 ここはおとなしく、転幽に任せておいた方が良いだろう。


「そうだ、睦月。わたしはもう睦月のものだから、もっと砕けた話し方をしてくれていいんだよ?」


「私を助ける人格じゃなかったんですか?」


 いきなり「君のものだよ」なんて発言をされて、思わず足が止まってしまった。


「睦月を助ける人格ってことは、睦月のものってことと同義だろう?」


「よく分からないです」


「おや、つれないね。それに話し方も堅いままだ」


 残念そうな顔をして見せる転幽に、頭が混乱してくる。

 もし、私を助ける人格が、私から派生したものであったなら、まだ納得もできたかもしれない。

 けれど──。


「転幽は、私とは違う所から来たんだよね?」


 

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとも不思議な存在。 夢か現か幻か、境界の狭間を思わせる所に在って、 睦月ちゃんを助ける人格……(・ω・) 睦月ちゃんの認識では、自らの内より生じ、派生したものではなく違うところから来…
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