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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.8 神楽と神楽


 窓の外に広がる景色は、もう夏に染まりつつあった。

 梅雨明けの空から降り注ぐ日差しが、田んぼの水に反射して光っている。

 ブラインドを下ろして、車内の電光掲示板へと目を向けた。


 到着まであと(わず)か。

 膝に置いたケージの中では、一匹の黒猫が静かに丸まっていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 京都に着くまでの間、霜月とは別行動をとるつもりでいた。

 しかし、何やら不穏な動きを察知したミントから連絡が届いたことで、話し合いの結果()()()()()という訳だ。


 実体化を取らず傍にいる方法も考えはしたのだが、私が感知できなくなる以上、危険を伝える手段も限られてくる。

 それに、仕事以外で現世にいる死神はかなり珍しい。


 現世と死界。

 どちらの規則(ルール)も守るためには、不用意な行動は避けるべきだろう。


 ──とは言え、だ。

 いくら見た目が猫でも、中身は霜月のまま。

 どうにも気になって見てしまう。


 たまに尻尾が揺れているのを目にすると、私の気持ちまでぐらつく始末だ。

 猫って、どうしてこんなに可愛いんだろう。

 脱線しかけた思考に、素早くふたをする。

 

 そもそも、私が何故悪魔に狙われているのか、未だに詳しいことは分かっていない。

 可能性としては、上司がとんでもない恨みを買ったことで、私にまで火の粉が飛んできている……とかが有力だろうか。


 そういえば、ミントも不思議がっていた。

 情報管理課が掴めていない情報を、どこから知ったのかと。

 相手が上司だと分かってからは、納得した様子でそれ以上聞いてくることもなくなったのだが。


 車内アナウンスが流れ、降りる駅の名前が告げられる。

 ケージを持ち上げると、揺れに気づいた霜月が私の方を見た。


「着いたみたい。もう少しだけ待っててね」


 心配ないと言うように尻尾を揺らした霜月は、再び丸くなり目を閉じている。

 ホームに降り立つと、真っ直ぐ出口へ向かった。


 人の多い駅だが、特にぶつかることもなく、自然と空いた隙間を進んでいく。

 駅を出て少し行った先に、見覚えのある車が停められているのが見えた。


「お迎えありがとうございます」


「とんでもない。久方ぶりにお会いできて、喜ばしく思っております」


 車から出てきた初老の男性は、こちらに向けて一礼すると、穏やかな顔で微笑んでいる。


「そのケースはもしかして……」


「私の家族です」


「やはりそうでしたか」


 私の持っているケージを見て、思い当たる節があったのだろう。

 納得した様子で(うなず)くと、後部座席のドアを開いてくれる。


 私たちを乗せた後、車はゆっくりと目的地に向かって動き出した。


「こちらに戻られるのは年明け以来ですね」


 記憶よりも少しだけ歳を感じる声。

 神楽(かぐら)で長きに渡り運転手を務める渡守(わたもり)は、私を幼い頃から知る人物の一人だ。


 怒っているところは一度も見たことがない。

 穏やかで丁寧な渡守は、神楽の当主にも信頼されていた。


「睦月様に会えず、陽向(ひなた)様も寂しがっておられました」


「そうですか」


 神楽(かぐら) 陽向(ひなた)


 本家の跡取りで、神楽(かぐら)の名を持つ唯一の存在だ。

 渡守の視線が、バックミラー越しに向けられる。

 (つか)の間の出来事だったが、私を見る目には哀愁(あいしゅう)が漂っていた。


「しかし良かった。睦月様が猫を迎えられたと聞いて、いつかお会いできたらと思っていたんです」


「どうしてですか?」


「勿論、睦月様の大切なご家族だからですよ。名前は存じ上げませんでしたが、霜月様と言うのですね。素敵なお名前です」


 嬉しそうに話す渡守は、きっと何も知らないのだろう。

 私が猫を迎えたことは、誰にも言っていなかった。

 わざわざ話す必要はなかったし、何より本家と関わるのは面倒だ。


 以前住んでいたマンションは神楽(しがらき)が所有していたこともあり、申請も問題なく通すことができた。

 しかし、程なくして陽向から届いたメッセージには、何故か猫について書かれた内容が載っていた。


 原因は単純で、マンションの管理に(たずさ)わっていた者が、本家に行った際()()()()喋ってしまったのだ。


 挙げ句の果てに、「相手は神楽(かぐら)だから仕方なかった」と言ってしまうくらい、おめでたい頭の持ち主である。


 分家と言えど、神楽(しがらき)は本家の次に力のある家だ。

 いくら相手が本家でも、雇い先が神楽(しがらき)である以上、その言い訳は通用しない。


 何より、本当の理由は、神楽の次期当主である陽向に近づくため、私の情報をリークしていたってところだろう。

 まあとにかく、そんなことがあってから、私はいっそう自分のことを話さなくなっていった。


 本家から来るメールは増えたが、私から送る連絡はいつも仕事のことだけ。

 だから知らない。

 渡守はもちろん、陽向さえも。


 あの日──赤に染まった満月(あのこ)を抱えて帰った日のことは、きっと誰も……知りはしないのだ。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去に何があり、死神の世界と、「神楽」の家がどう関わるのかも楽しみ。 そして、人型から猫になれる霜月くんに、尻尾がある感覚とはどんな感じなのか聞いてみたいですね笑 [一言] ちなみに…
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