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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.5 使う者次第


 お腹に巻き付いている腕をそっと叩く。


「私は平気だよ。ちょっと濡れただけだし、何かされたわけでもないから」


 説得しようと見上げると、霜月は安堵(あんど)と怒りがないまぜになったような表情で私を見ている。


「ごめん睦月。少しだけ冷えると思う」


「え?」


 髪や服を濡らしていた水分が、一瞬で氷の粒へと変わっていく。

 表面に浮き出た氷は、そのままパラパラと身体から落ちていった。


「すごい、乾いてる」


 服に触れてみるも、濡れていた形跡(けいせき)はどこにも見当たらない。

 振り続ける雨は、いつのまにかほとんどが(あられ)に変わっている。


 身体に触れる前に(くだ)けて散っていく氷の結晶がとても綺麗で、こんな時にも関わらず見惚(みと)れてしまった。


「……お前、まるで別人だな。誰に対しても氷みたいな態度だったってのに」


「今そんな話は必要ない。俺はどういうつもりか聞いてる」


「はっ、これ見ても分かんねぇの?」


 戸惑いを浮かべていた時雨だったが、霜月の言葉を聞くと、まるで挑発するような態度を取り始める。

 けれど私には、そんな時雨の姿が(ひど)自嘲的(じちょうてき)で、投げやりなようにも思えた。


「それが答えか」


 霜月の声から色が消えていく。

 無にも近い声と冷え切った目が、時雨の方へと向けられた。

 足元から急速に広がった氷は、床から壁、壁から天井へと侵食している。


 時雨の顔に、初めて恐怖が見えた。

 霜月が本気で自分を害する気だと理解(わか)ったのだろう。


 二人の間に実力の差があるのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だったが、加えてお互いの能力は水と氷だ。

 どちらが優位かなんて、考えなくても分かる。


「霜月、そこまでする必要はないと思う。本当に少し濡れただけで、他には何も──」


「時雨の能力は、単に雨を降らせることじゃない」


 思わぬ返しに、喉から出かかっていた言葉が引っ込んでいく。


「自分の周囲に雨を降らせ、雨が浸透(しんとう)した対象を(あやつ)ることができる能力なんだ。たとえば、水自体を操る事はできなくても、水に自分の雨を混ぜることで操ることを可能にする。何より、操れる対象は無機物だけじゃない。生物もだ」


「……つまり、もし体内に雨が浸透していたら、私も操られていたってこと?」


 時雨の能力は水を操ることかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


 好きな場所に雨を降らせ、浸透した対象を操れる。

 使い方次第ではかなり強力な能力だ。

 現世の死神に選ばれたのも、この能力が理由の一つなのかもしれない。


 霜月は時雨の方をちらりと見たが、またすぐに私の方へ視線を戻している。

 周囲を(おお)うほど凍りついていく現状に、時雨はどうすることも出来ないでいた。


 雨を降らせれば降らせるほど、凍らせる物が余計に増えていくだけ。

 これでは、何かしたくてもできないのだろう。


「身体を操ることもできるし、身体の中に損傷を与えることもできる。そんな能力を、あいつは睦月に使ったんだ。……身の程知らずには、直接教え込んだ方が早い」


 バキバキと音を立て、時雨の方に氷柱(つらら)が伸びていく。

 時雨を囲い込む氷と、そこから突き出すいくつもの氷柱が、まるで氷のアイアンメイデンを彷彿(ほうふつ)とさせた。


 どんどん見えなくなっていく時雨の姿。

 私の視線に気づいたのか、こちらを見た時雨と視線が絡む。

 何かを必死に(こら)えようとしていた時雨は、私を見た瞬間、ダムが決壊するように感情を(あら)わにした。


 くしゃりと歪んだ顔が、まるで捨てられた猫のようで。


「霜月ストップ」


 ぺちんと、軽い音が鳴った。


「睦月……?」


 驚いた様子で目を(またた)かせる霜月に、頬を挟んでいる手は離すことなく視線を合わせる。


「反省してるみたいだし、もう止めてあげて。私は霜月が守ってくれたから大丈夫だよ」


 感謝を伝え微笑むと、霜月はふわりと表情を柔らかくしていく。


 まるで雪解けの瞬間を見ているかのような美しい表情に、私は安堵(あんど)の込もった息を小さく吐いていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 時雨の周りから氷が引いていく。

 呆然(ぼうぜん)とした顔でこちらを見ていた時雨は、何やらモゴモゴと口を動かしている。


「大丈夫? 怪我はない?」


「あ……、うん。平気……です」


 硬い声を発していた時雨は、霜月を見た瞬間、ピャッ!と毛を逆立てる猫のような反応を見せた。

 霜月は冷ややかな目を向けていたが、興味を無くしたのか視線を逸らし、私に微笑んでくる。


「部屋に戻ろう。温かい物でも飲んだ方がいい」


「うん。そうしよっか」


 先ほどとは打って変わって嬉しそうな霜月の様子に、ひとまず機嫌は直ったようで安心した。

 私の周りでは、何故か死神たちのキャットファイトが勃発(ぼっぱつ)しやすいみたいだ。


 まるで、死神保育園の保育士にでもなったような気分。

 でも、不思議とそれも悪くない。

 そんな事を考えている時点で、私もきっと、どうしようもなく手遅れなのだろう。


 時雨の方へと近づくと、びくりと肩が震えた後、恐る恐る視線を向けてくる。


「自分でも悪いことしたとは思ってるんだよね?」


「……はい」


「分かった。それなら罰を与えます」


 何をされるのかと(おび)える時雨の手を(つか)み、そのままⅢ号室のドアを開く。


「行ってらっしゃい。退治、頑張ってね」


「あっ」


 玄関に押し込むと、ドアを速攻で閉める。

 閉まるドアの隙間から見えた時雨の顔は、絶望に染まり切っていた。


「霜月、固めて」


「分かった」


 意図を汲み取った霜月が、壁ごとドアを凍らせてくれる。


「あけっ、あけてくれ! マジでむり……まじでむりなんだってえええ!」


慈悲(じひ)はない。時雨に残された選択肢は二つ。そいつと仲良く室内にいるか、そいつに勝って外に出るかだ」


 中から聞こえる悲鳴に対し、きっぱりと言い放つ。

 絶望に(むせ)び泣く声を他所(よそ)に、私は霜月と共に部屋へと戻っていった。


 

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