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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.4 馬鹿と鋏


 (つか)まれた腕はそのままに、時雨(しぐれ)の方を見返す。

 お互い無言で見つめ合う中、先に口を開いたのは時雨の方だった。


「……しは、…ぃきか」


「え?」


 聞き取れず首を(かし)げると、時雨は一瞬言葉に詰まった後、もう一度絞り出すように言葉を発した。


「虫は……、平気か」


「虫? 苦手かどうかって意味なら、平気だけど」


 別に好きでもないし、嫌いでもない。

 あまり興味がないと言った方が正しいのかもしれないが、「平気か」と聞かれたら「平気だ」と答える以外にないだろう。


 私の返事を聞いた時雨は、「ちょっと来て」と言いながら腕を引いてくる。

 Ⅲ号室と書かれた部屋の前まで来ると、時雨は唐突に掴んでいた腕を離した。


「あんた、虫は平気だって言ったよな」


「うん。言ったね」


「だったら一つ、頼みがある」


 時雨はまるで、ドアの向こうに恐ろしい何かが(ひそ)んでいるかのような雰囲気を漂わせている。


「リビングに……ヤツが出たんだ。代わりに始末してきてくれ」


「ヤツ?」


「黒くてテカってる、アレだよ……!」


 なるほど理解した。

 つまり、「家の中にゴキブリが出たから代わりに退治してきて欲しい」と言うことなのだろう。


 会話だけ聞くと物騒(ぶっそう)だが、意味が分かると何だか可愛く思えてくる。

 まさか、時雨の苦手な物が虫だったなんて。


「退治するのは構わないけど、まだ部屋の中にいるんだよね? 昨日会ったばかりの私より、他の人に頼んだ方がいいんじゃないかな」


 一応プライベートな場所ではあるし、私も会ったばかりで個人的なスペースに入るのは気が引ける。

 そんな事は一切気にせず、いきなり不法侵入をかましてきた死神もいたりするのだが。


「今アパートに居んの、あんたらだけだから」


「そうだったんだ」


 どうやら、他の住人は全て出払っていたらしい。

 後で律のところに行こうと思っていたが、日を改めた方が良さそうだ。


「それなら霜月は? もうすぐ手も空くと思うけど」


 霜月からは、(あらかじ)めスケジュールの共有を受けている。

 そろそろ終わる時間なのは知っていたし、何より霜月の方が早く確実に仕留めてくれると思う。


「は? あいつに頼むとかマジでありえねぇ」


「どうして?」


「あんた、あいつがどんだけヤバいやつか知らないで組んでんの? どうりで一緒に住めるわけだわ」


 (あざけ)るように話す時雨の姿に、だんだんと頭の(しん)が冷えていくのを感じた。


「一緒にいるって決めたのは私だから。それに、少なくとも霜月のことなら時雨よりは知ってると思うよ」


 言外(げんがい)に「余計なお世話だ」と話したつもりだったが、どうやら意図は伝わったらしい。

 時雨は顔を(ひそ)めると、「バカみてぇ」と吐き捨てている。


「バカに頼む必要もないだろうし、私は帰るね」


「おい、待てよ!」


 部屋に戻るため(きびす)を返した私を、時雨が(あせ)って呼び止めるのが聞こえた。


「引き留めても無駄だから諦めて」


 ぐっと言葉を飲み込む様子を見せた時雨は、(うつむ)いて(こぶし)を握りしめている。


「……そうやって、みんなあいつの事ばっか……」


 いきなり降り始めた雨に、空を見上げた。

 何故か、アパートの中にまで雨が降っている。

 ()れていく髪や服をよそに、降ってくる雨を呆然(ぼうぜん)と見ているしかない。


 ──これは、時雨の能力?


 もしそうだとすれば、この状況は中々に危険だ。

 咄嗟(とっさ)に時雨の方へ向かおうとした身体は、誰かの腕によって阻止(そし)された。


 降っていた雨が(あられ)へと変わり、濡れた地面は一瞬で凍りついていく。

 予想しうる事態の中で、かなり悪い方へと傾いてしまったようだ。


 急速に下がっていく気温を感じながら、お腹に巻き付いた腕を見下ろす。


「どういうつもりだ。場合によっては……ただじゃ済まさない」


 霜月の声は淡々(たんたん)としていて、どこか落ち着いているようにも聞こえる。

 けれどその声には、(まぎ)れもなく凍りつくような怒りが込められていた。


 降り続く雨と(あられ)

 外出中の住民たちへ向けて、私は切実にヘルプの念を送りたくなった。


 

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