ep.2 次の時までに
気がつくと、私は扉の浮かぶ不思議な空間に立っていた。
やけに見覚えのある光景。
周りにはいくつもの扉が浮かんでおり、その中に【還口】と記された扉があることに気がついた。
「にゃあ」
近くで聞こえた鳴き声に、声のする方を振り向く。
艶やかな黒い毛と、きらきら輝く金の瞳。
そこには、私を見て嬉しそうに尻尾を伸ばす黒猫の姿があった。
「満月」
私の声に応えるように、黒猫は再び鳴き声を上げている。
間違いない。
この猫は満月だ。
賢くて優しくて、誰よりも可愛い私の家族。
まさか、満月にもう一度会えるなんて──。
たとえ夢でも幸せだと笑ったクリスティーナの気持ちが、今ならよく分かる。
「それにしても、ここっていったい何なんだろう。扉しか見当たらないのに、その扉は全部閉まってるし」
満月の頭を撫でながら、辺りをぐるりと見渡す。
閉じた扉ばかりが映る中、不意に一つだけ隙間の開いた扉を発見した。
「この扉、開いてる……」
扉に手をかけると、隙間がゆっくり広がっていく。
あともう少しで半分という所で、私の手を何かが掴んだ。
それは取っ手から私の手を離すと、耳元で「まだ少し早いかな」と呟いている。
霞がかかったような姿のそれは、はっきりとした姿を持っていなかった。
咄嗟に距離を置こうとするも、身体が上手く動いてくれない。
私の意図に気づいたそれは、宥めるように語りかけてきた。
「大丈夫。わたしは君を害したりしないよ」
言葉には言霊が宿ると言うが、だとすれば、それが話す言葉は全てが言霊だ。
そう感じるほど、それの言葉には力があった。
私の様子にもう平気だと判断したのだろう。
それは手を離すと、私から一歩離れた距離でこちらを見ている。
「あなたは誰ですか? ここはいったい……何処なんですか」
これは夢ではない。
これがただの夢ではないと、既に気づいてしまった。
「ここは君の領域であって、そうではない領域。わたしが誰なのかは、そうだねぇ。君を助けるための『人格』とでも言っておこうかな」
「領域……それに、人格?」
脳内に蘇る違和感の数々。
私を助ける人格。
それってつまり──。
「ああ、違うよ睦月」
思考に被せるように声が聞こえる。
「常闇に言われたことを気にしているんだろう? あれは挨拶代わりに少し揶揄っただけで、彼も本気にはしてなかったはずだよ」
言われてみれば、その時の上司は呆れたような、何とも言えない表情をしていたように思う。
つまりは、ただの冗談だったと──?
いや、でも待てよ。
主導権、挨拶、抜けた記憶。
ここから導き出される答えがまだあるはずだ。
「私の身体を勝手に使いましたね?」
「おや、ばれてしまったか」
死界でたまに感じていた違和感の正体が分かり、私は思わずじと目でそれを見た。
「しかも、一回じゃありませんよね」
「確かに、何度か借りたね」
素直に認めたそれは、開き直ったかのように答えてくる。
けれど、不思議なことに、怒りは微塵も湧いてこなかった。
不意に、それは何かに気づいた様子で私の方を見ると、【還口】の方を示してくる。
「そろそろ時間だからお還り。会えて嬉しかったよ」
その言葉を聞いた途端、自然と足が扉の方に向かって進んでいく。
驚く私に、それは霞の先で心底嬉しそうに微笑んだ。
「次の時までに、わたしの名前を決めておいてね。今のままだと少し不便なんだ」
「名前……? それってどういう──」
「またね睦月。今度はもう、扉の向こうへ行けるはずだから」
【還口】の扉が開き、中へと吸い込まれていく。
満月を腕に乗せたそれは、落ちていく私を見てゆるく手を振っている。
満月のきらきらした目が名残惜しそうに見えたのを最後に、私の意識は真っ暗に塗り潰されていった。
◆ ◇ ◆ ◇
《 本編では語られない、隠し設定に関する語り場 》
※ 読み飛ばしてOKな部分です
唐突ですが、作者は言葉遊びも大好きでして。
今回はタイトルについて、少し明かしてみようと思います。
第一生 First Death ちっぽけな少年
一章目のタイトルです。
二招へ招かれてくださった皆さま。
ちっぽけな少年が誰のことか分かりましたでしょうか。
そして、この〈ちっぽけな〉というワードですが、確かそんな名前のキャラクターが居たと思います。
試しにそのキャラクターの名前を当てはめてみると、
第一生 First Death 〈ティニー〉 少年
ティニーは少年ではないので、ここで既に二つの意味が見えてきたと思います。
一つ目が、 ちっぽけな少年
二つ目が、First Death 〈ティニー〉
二つ目を分解すると
Death ➕ tiny = ?
となります。
その他にも、まだまだ意味の込もったタイトルとなっています。
一生ほどではありませんが、第二招にもいくつかの意味が込められています。
よろしければ、探しながら読んでみてください。
伏線や設定は、「見つけるとプラスαで楽しめる」くらいに捉えていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。