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死神の猫  作者: 十三番目
第二招 Second Voice 真実は裏返る
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ep.1 色褪せぬ記憶


 いくつもの扉が浮かぶ空間に、一匹の黒猫が座っている。

 月のように輝く目をした猫は、扉の先から現れた存在を見て尻尾を一振りした。


「やあ満月。最近はよく会うね」


 満月と呼んだ猫の隣に腰掛けると、()()は機嫌が良さそうに微笑んでいる。


「ここに繋がることが増えてきた。睦月がわたしに気づく日も近いのかな」


 返事の代わりに尻尾を振る満月の頭を優しく撫で、それは辺りに浮かぶ扉へ目を向けた。

 全ての扉は、未だ閉じられたままになっている。

 ──ただ一つを除いては。


 開きかけた扉を見て、それは何かを見通すように呟いた。


「真実とは時にコインのようなもの。君に会える日が楽しみだよ、◇ ◇」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 時が止まったかのようだった。


 失ったはずの満月が、目の前にいる。

 そんな夢みたいな光景に、硬まっていた身体が徐々(じょじょ)に動き出していく。


 伸ばした手が満月の姿と重なって、あともう少しで触れられる距離。

 けれど、私の手が満月に触れることはなかった。

 いきなり夢から覚めるように、伸ばしていた手を引き戻す。


 そうだった。

 この猫は霜月で、満月はもう──。

 頭では分かっているのに、感情がなかなかついて来てくれない。


 あの日の記憶は色褪(いろあ)せず、脳裏にくっきりと焼き付いている。

 日差しの中で染まった赤い、あかい光景が──。


「睦月」


 両頬に何かが触れた。

 それと同時に、優しく顔を持ち上げられる。

 触れた部分から冷んやりした温度が伝わり、煮え立っていた思考がじわじわと溶けていく。


 心配そうに見つめる霜月の目は、月のように輝く金色だ。


「様子がおかしかったから。いきなりごめん」


「私の方こそごめんね。もう大丈夫だから」


 もう平気。もう大丈夫。

 安心させようと返した言葉に、霜月はどこか(こら)えるような表情をした。


 引き結ばれた唇と、少し寄せられた(まゆ)

 頬に当てられた手から(わず)かに強い圧を感じた辺りで、私の忍耐はとうとう限界を迎えた。


「霜月、あのね。ちょっと手を……離してくれたりしないかな」


 頬をちょいちょいと指で差すと、霜月は(あわ)てた様子で手を引いていく。


「ごめん、痛かった?」


「そんなことないよ。ただ、ちょっと目が……」


 死にそうで。


 不思議そうに首を(かし)げる霜月に、本当に何でもないと手を振ってごまかす。

 顔面が眩しくて目が死にかけました、なんて言おうものなら、今度は霜月の顔色が死にかけるかもしれない。


 少しずつ慣れてきたとは思っていたが、流石にあの近さは論外だったようだ。


 誰だ、美人は三日で慣れるとか言ったやつ。


「本当に猫でいいのか?」


「うん。本家の敷地にも猫は沢山いるし、その方が色々と便利だと思う」


 結果的に、本家では猫の姿を取ってもらうようお願いした。

 心配そうにこちらを見る霜月は、さっきのことが気がかりなのだろう。


「前に、猫と暮らしてた事があってね。だからさっきは、その時のことを思い出してた。猫のことは今も好きだよ。すごくね」


「そっか。ならそうする」


 霜月はそれ以上何も聞かず、ただ黙って傍に居てくれた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「そろそろ寝ようかな」


 パソコンの電源を切ると、テーブルから立ち上がる。

 ()まっていた仕事を片付ける間、霜月は隣に座ってお茶を飲んだり、何かを見たりしていた。


 人目がない場所では、霜月はずっと実体化を取ってくれている。

 私は人間として暮らしていることもあり、食事や睡眠は行う必要があった。


「霜月はどうする? 死神は寝なくても平気なんだっけ」


「必須ではないけど、枯渇(こかつ)した力を睡眠で補うことはできる」


「そうなんだ」


 HPではなく、MPにバフをかけるイメージに近いのかもしれない。 


「下位の死神だと、仕事の後に睡眠を取るやつもいる。ただ、上位の死神になるほど、枯渇(こかつ)する事自体がまず無くなっていくんだ」


「なるほどね。でもそれなら、霜月も寝ておいた方が良いんじゃない?」


 優秀ゆえに忘れかけることもあるが、霜月はこれでも新人なのだ。

 今の話を聞く限り、睡眠は取っておいた方が良いということになる。


「俺は……いや、そうしておく」


 何とも言えない顔で頷いた霜月を連れ、寝室らしき部屋へと向かう。

 ドアを開けると、大きめのベッドが二つ並んでいるのが見えた。


「霜月が奥のベッドでもいい?」


「えっ、いや、俺は」


 戸惑(とまど)う霜月を部屋へと押し込み、さっさと寝る支度を整えていく。


「電気は消しても平気?」


「暗くても視界は問題ない。あ、いや、そうじゃなくて──」


「お休み」


 問答無用で電気を消すと、布団に潜り込む。

 奥でオロオロとしていた霜月だったが、諦めたのか布団に入る音が聞こえてきた。


 寝息、うるさくないといいけど。


 そんな事を考えながら、私はやってくる眠気に従い瞼を閉じた。




 ◆ ◇ ◆ ◇




      ここから二章へご招待


   第二招 Second Voice 真実は裏返る


         招来です。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 章と生と招、こういうちょっとした言葉って好きです、日本語の醍醐味な気がして♪ 二章も楽しみに進みます、この章で最新に追いついちゃうのが勿体無い感じと先が気になるのとで複雑ですね(*ノ∀`*…
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