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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
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ep.27 死神アパート


 指定された場所は、閑静(かんせい)な住宅街に建つアパートの前だった。

 予定通りに着いたはいいものの、周りには誰も見当たらない。


 一抹(いちまつ)の不安を覚えながら(たたず)んでいると、頭上で鳥の羽ばたく音が聞こえた。


「お帰り霜月」


 (さく)の上へ降り立ったカラスは、ぱちりと瞬きを返してくる。

 霜月の様子を見るに、場所はここで間違いなさそうだ。

 とりあえず、指示の通りここで待っているしかないだろう。


「やだ! もう着いてたのね!?」


 響いた声に振り向くと、小走りに駆けてくる人の姿が見えた。

 手には袋を()げており、ハイヒールの音がカツカツと鳴っている。


「ごめんなさい! もう少しかかると思って、買い物に行ってたのよ。お待たせしちゃったかしら」


「いえ、私たちもさっき着いたところです」


「そうだったの。なら良かったわ」


 ほっした様子で微笑んだその人は、柵の上に止まっているカラスを見て声を上げた。


「もしかして霜月ちゃん? 久しぶりねぇ。現世(こっち)で暮らすって聞いた時は驚いたのよ」


 二階建てアパートの一階。

 三つ並んだドアの真ん中で立ち止まったその人は、鍵を開けるとドアノブを引いた。


「どうぞ入って。詳しい話は中でしましょ」


 広々とした部屋だ。

 家具はあらかた(そろ)えられており、リビングにはテーブルやソファー。

 キッチンには大きめの冷蔵庫や電子レンジ、壁側には大型のテレビまで設置されていた。


 二人どころかもう数人は住めそうな部屋に驚いていると、後ろから元の姿に戻った霜月が入ってくる。


「霜月ちゃんと暮らすって聞いて、あらかじめ必要な物は用意しておいたの。睦月ちゃんの部屋の物はいったんこっちで預かっておくから、必要なものがあればいつでも言ってちょうだい」


「ありがとうございます。えっと……」


「あたしのことは律でいいわ。あ、りっちゃんでも良いわよ」


「じゃあ律さんで」


 にこりと笑って了承した律は、霜月の方を見ると目を輝かせた。


「相変わらず素敵ね霜月ちゃん! ますます磨きがかかったんじゃない?」


「……別に」


「つれないわねぇ。ま、そんなところも素敵だけど」


 塩対応の霜月に、律は少し残念そうな表情(かお)をしている。


「それにしても、睦月ちゃんが来てくれてほんと嬉しいわ。ここの住民は男ばかりなのよ。良ければ仲良くしてちょうだい」


「えっと、はい。私で良ければ」


「勿論よ! よろしくね睦月ちゃん!」


 勢いよく手を握ってきた律は、霜月の視線に気づくと驚いた表情に変わっていく。


「あら霜月ちゃん。嫉妬深い男は嫌われるわよ」


 突然ノックの音が鳴り、次いでドアを開ける音が聞こえた。

 開いたドアの隙間から、誰かがひょっこりと顔を(のぞ)かせている。


「もう来てた! 女の子がいる!」


 はしゃいだ様子の少年は、ドアを全開にすると、後ろに立っていた青年の服をぐいぐいと引いた。


「見てよ時雨(しぐれ)! 女の子だよ! 挨拶しに行こう? あーいーさーつー!」


「おまっ、引っ張んな! 服が伸びんだろうが!」


「あら、(つばめ)と時雨じゃない」


 燕と呼ばれた少年は、時雨の服を引きながら部屋に入ってくる。

 時雨は諦めたのか、げんなりした様子でなすがままの状態だ。


(りっ)ちゃん! この人たち今日から住むんでしょ? 同じアパートだし、挨拶しにきた!」


「紹介するつもりだったけど、それにしてもいきなりね」


「ごめんね律ちゃん。早く会ってみたかったんだ」


 えへへと笑う燕を見て、律は仕方ないわねと言わんばかりの様子をしている。

 燕はこちらを向くと、日が差し込むような笑顔を浮かべてきた。


「燕です! アパートの二階の、右奥の部屋に住んでます!」


「私は睦月で、隣にいるのが霜月です。今日からしばらくお世話になります」


 明るい笑顔の燕は、次は時雨だと言うように、何度も服の袖を引いている。

 

「ほら、時雨も挨拶しなきゃ」


「俺はいい」


 時雨は顔を背けたまま、ドアの方に向かおうとした。

 止めようとする燕の横で、それよりも早く伸びた手が、時雨の首根っこを掴んだ。


「あんた、ここまで来たんなら挨拶くらいして行きなさい」


「何すんだ離せ!」


 ジタバタと暴れる時雨だが、律の手は全く緩む様子がない。


「おい離せよ! くそっ。離せって言ってんだろ──律男(りつお)!」


「誰が律男じゃゴラァ! 締め殺すぞ!」


 殺意のこもった怒声に、時雨の動きがピタリと止まった。

 まるで借りて来た猫のように大人しくなった時雨を、律は私たちの前へと突き出してくる。


「オラ、早くしろや」


「時雨です……。よろしくお願いします……」


 小さく震えながら話す時雨が一瞬、雨の下で震える捨て猫のように見えた。


 あの時、ミントが追加してくれた連絡先の名前は「律男」になっていた。

 先に呼び方を聞いておいた過去の私へ、賞賛の拍手を贈るばかりだ。


 慌てた燕が(なだ)めにかかるのを見ながら、私は少しずつ霜月の方に向かって距離を詰めていった。


 

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