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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
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ep.22 地獄の閻魔


 星の海は、変わらず何処かへと流れ続けている。

 水面下で輝く星々をじっと眺めていると、少しずつ動いていることに気がついた。


「星が……」


「それは星ではなく、魂だね」


「これが全部、魂?」


 星の海のように思っていた光景は、実際には誰かの魂だったらしい。

 流星群のように、数えきれないほど存在する星々。

 この全てが魂だったなんて驚きだ。


「ここにある魂は、輪廻転生を待っているものだ。どんな魂でも、生きていれば何らかの罪は背負うことになる。だからこうして罪を流しては、また現世へと還しているんだよ」


「罪を流し終わったら、現世で生まれ直すことができるんですね」


 閻魔と共に流れていく魂を見つめる。

 膨大な数の魂を上から見下ろせる存在。

 そんな存在のことを、人は神と呼ぶのだろう。


「想像してた地獄とは、全然違ってました」


「おや、どんな想像をしていたのかな」


 上品な笑い声を立てる閻魔は、語り継がれてきた「地獄の閻魔」とは程遠い。


 不意に、鈴の()が鳴った。

 チリンチリンと響く鈴の(おと)に、閻魔はぴたりと笑い声を止めている。


「これはまた、異質な魂が来たものだ」


 空間に鳥居が現れた。

 人の頭が通るほどの大きさをした鳥居は、宙に浮かび上がる形で存在している。


 鳥居の向こうには暗闇が広がっており、奥の方で何かがぼうっと光ったかと思うと、徐々にこちら側へと浮かび上がってきた。


 見覚えのある銀の籠と、中に入っている魂。

 鳥居の中から現れたのは、死神が回収した誰かの魂だった。


「こんな風に輸送されてくるんですね」


「こうして届くのは一部だけだよ。ほとんどの魂は流れの中に直接送られるからね」


 それもそうか。

 膨大な量の魂がいちいちこんな風に送られて来たら、閻魔の仕事量はとんでもないことになってしまう。


「特殊な案件の魂は、こうして私の手元へと送られてくるんだ。判決を下した後、(しか)るべき所へ送ることになっている」


 天界に行ったクリスティーナの魂も、閻魔が直接判決を下すべき魂だったのだろう。


「じゃあこの魂は……」


「他とは違う魂ということになるね。何があったかは、この魂に聞いた方が早いかな」


 魂と会話を始めた閻魔の横で、様子を静かに見守る。


 何だかとても、不快な魂だ。

 酷く濁った魂は、クリスティーナのものとも、水面下を流れている魂とも別のものに視える。


「なるほど。君は人でありながら、人を殺したのか」


 閻魔の纏う雰囲気が、針のような鋭さに変わる。


「人を殺した?」


「この魂は何人もの人間を殺している。そして、その罪を背負うことなく、自ら命を絶ったようだ」


 人を殺して自害。

 つまり、この魂は逃げたのか。

 現世から……いや、人を殺した罪を背負うことから逃げた。


 相当な恨みなのだろう。

 腐った泥ようなものに纏わりつかれた魂は、醜悪(しゅうあく)(かたまり)となっている。


 溶け出したモノの一部が、籠の隙間からぼたぼたと落ちていく。


「今さら泣こうが無駄だよ。君の魂はもう、取り返しのつかない所まで来てしまった」


 閻魔は淡々とした声で話し続けている。


「残念だが、もう他の選択肢はない。私が君に下せる判決は、消滅だけだ」


 地面が揺れるような感覚。

 轟轟(ごうごう)とした水の流れが、まるで津波のように大きくなっていく。


 静かに流れていた星の海は姿を消し、そこには荒ぶる波が打ち立てている。

 一際大きく上がった波が割れるように開いていったかと思うと、中から仄暗(ほのぐら)い穴が姿を現した。


 ポッカリと広がる穴からは、何か得体の知れないモノが(うごめ)く気配が漂っている。


 不意に、その穴からナニカが手を出した。

 ソレはこちらに向かって大きく手を開くと、そのまま動きを止めている。


「お別れの時間だ」


 閻魔は籠から魂を出す事なく、差し出された手の方へと歩いていく。

 魂は狂ったように暴れ出し、籠から出ようと必死の様子だ。

 そんな事をしても、無駄だと言うのに。


 ナニカの手は閻魔が近寄ると、(うやうや)しく(こうべ)を垂れるような仕草をした。

 閻魔は籠を持ち上げ、開いた手の中へ籠を下ろしていく。


 暴れる魂を囲うように掴むと、手はそのまま穴の中へと戻っていった。


 波が少しずつ緩やかになり、穴がゆっくりと閉じて行く。


 閉じて行く穴の隙間から、何かをすり潰すような音が聞こえた。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「すまないね。腐った魂は即刻処理しないと、後が面倒なんだ」


「大丈夫です。あの魂、凄い恨みの量でしたから」


 思い出すだけで、不快な気持ちになってくる。


「おや。少しずつ視る力を使えるようになってきたみたいだね」


 柔らかく微笑んだ閻魔が、こちらを優しく見つめている。

 水面下を流れる魂はキラキラと輝き、さっきまでの出来事が嘘だったかのようだ。


 塵は焼却し、汚れた魂は消滅させていく。

 魂を塵にするのか、輝く星にするのか。

 全てはその行い次第。


 先ほどの言葉は訂正しよう。


 ここは地獄だ。

 地獄と呼ぶに、相応(ふさわ)しい場所。


 美しい笑みをたたえる選別所(地獄)の主は、いつだって魂の価値を、(はかり)へとかけているのだから。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここの情景はとても細やかで綺麗で、自然と映像が浮かぶような感じですね、面白いです!
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