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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
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ep.16 魂の在処


 私を連れて別の部屋に移った上司と、向き合う形で腰掛ける。


「怪我はもういいんですか?」


「え?」


 開口一番に怪我の心配をされ、戸惑った声が出てしまった。


「大丈夫です。気づいた時には治ってたくらいなので」


「そうですか」


 聞いておいてさらりと返事をする上司に、この怪我が治った理由について、何か知ってるのではないかと思えてきた。


 不意に、眩暈(めまい)のような感覚に襲われる。


 揺れる視界に、思わず手の甲で額を押さえた。

 死界に来てから、私の身体にはおかしな変化が現れ始めている。

 一つは視界の変化。


 そして、もう一つは───。


「どうして治ったんですか?」


 常闇の深い黒と視線を合わせながら、そう聞いた。


「既に治療系統の能力があったとか」


「さあ、どうでしょう。今の段階では何とも言えませんね」


 はぐらかすような答えに、常闇の方をじっと見つめる。


「本当は知っているのに、教えられない理由でもあるの? それとも、もしかしてわたしには言えない……とか?」


 ぶにょり、と顔を掴まれる感覚。


 気づけば、上司の指に頬を挟まれ固定されていた。

 突然の奇行(きこう)に硬まる私をよそに、上司はぶにぶにと頬を押し潰してくる。


「全く、困ったものですね。いいですか睦月。物事にはすべからく順序ってものがあるんです」


 なすがままの私に、上司はもう何度か頬を押すと、指を離していった。


「まずはよく視てみることです。睦月自身で(つか)んでこそ、その力は意味があるんですから」


「……何を、言ってるんですか?」


「ああ、念のため言っておきますが、くれぐれも主導権は渡さないようにしてくださいね」


 よく視る──?

 いったい何を見ればいいのだろうか。

 分からないことばかりだが、少なくともこの視界と何か関係があることは確かだ。


 主導権が何のことかはもっと分からないが、上司の呆れた表情を見る限り、そんなに心配することもないだろう。

 ……たぶん。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 緩んでいた意識を引き締め直す。

 おそらくこれは、私にとっても重要な話になるはずだ。


「先日の件についてですが、イレギュラーな事態に死局側も対応に追われている最中です。そして、情報管理課からの連絡が貴女にだけ届いてなかった件ですが、これについては現在調査中となっています」


 仕事の報告を淡々と口にする上司を見ていると、どうやら上司もそれなりに忙しかったのだろうと思えてくる。


「今回の不祥事(ふしょうじ)を理由に、情報管理課にはサポーターを変更するよう伝えました。今後、貴女たちの仕事を担当する死神には、私の部下が当てられます」


 上司は上司で、色々と動いてくれていたらしい。

 後ろで(ゆわ)えた長い髪が、少しだけほつれているのが見える。


「今回の報酬(ほうしゅう)については、慰謝料なども含め多めに出すよう言っておきました。入ったお金で気分転換にでも行くといいですよ」


「お金は死界にもあるんですね」


「あった方が便利ですからね」


 確かに、死界のような世界にはあった方が便利だろう。


「ああそれと、もう一つ伝えておかなければならない事がありました」


 上司の手のひらに、銀の籠が現れた。


「それってもしかして……」


「ええ。貴女が仕事で回収した魂ですよ」


 声が震える。

 守れなかったのだと、そう思っていた。


 籠の中でふわふわと浮かんでいる魂の正体は、あの日出会ったクリスティーナのもので間違いない。

 差し出されるまま、そっと籠を受け取る。


「譲ってもらったんです。契約も解除させたので、心配はいりませんよ」


「そっ……」


 それはちょっと信じ(がた)い話だ。


 しかし、ここに魂がある以上、事実なのかもしれない。

 あの悪魔が魂を譲るようには思えなかったが、いったいどんな交渉をしたのだろうか。


「今から送るには遅れもありますし、その魂は直接『選別所』へ持っていくことにしましょうか」


「選別所?」


「行ってみたら分かりますよ」


 上司は私の手から魂の入った籠を持ち上げ、「いったん預かっておきます」と言いながら籠を消した。


「ありがとう、ございます」


 魂を守ってくれたことも。

 私が会えるまで、待っててくれたことも。

 上手く言葉にならず、お礼を言うのが精一杯の私に、上司はゆるく微笑んだ。


「構いませんよ。今回の仕事、よく頑張りましたね」


 ぐっと詰まった息が、言葉を発するのを難しくしている。

 落ち着くため深い息を吐き出すと、上司に向けてもう一度、お礼の言葉を口にしようとした。


「まあそのせいで、悪魔に狙われることにもなったわけですがね」


 悪魔に狙われる?

 ちょっと待て、どういうことだ上司。


「悪魔に狙われるって、私がですか?」


 上司の方ならばまだ理解もできよう。

 しかし、何故か悪魔が狙っているのは私の方らしい。

 理解に苦しむ展開だ。


「悪魔が粘着質(ねんちゃくしつ)なのはよくある事ですよ」


 色々と(はぶ)いたなこの上司。

 面倒だからといって、説明を省くのは止めて欲しい。

 切実に。


「それで、提案なのですが」


 そう言って笑う上司の表情には、ひどく見覚えがあった。

 嫌な予感がする。


「睦月。貴女しばらく、霜月と暮らしてみませんか?」


 

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