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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
27/223

緩和休題 = ◆ 威吹と吹雪 ◇ =


 まるで、吹雪(ふぶ)いているかのようだった。


 凍りついた表情に、合うことのない視線。

 周りがどんなに近づこうとしても、吹雪の中にまで近づくことは出来なかったのだろう。


 たとえ数多くの羨望(せんぼう)を注がれても、あいつはそれに、雪の結晶ほどの興味も持ちはしないのだ。


 そして、いつも一人で……どこかを見つめている。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 死神の候補生として出会った日から、そいつは飛び抜けて異質な存在だった。


 圧倒的な力と才能の前に、誰一人として追いつける死神はおらず、多くの羨望に混じって、気味の悪いものを見るような眼差しもあったように思う。


「なあ」


 興味があった。

 これだけの実力を持っていながら、いつも一人でどこかを見上げている。


 誰にも心を開かないそいつが、唯一関心を示すものがいったい何なのか。

 正体を、明かしてみたくなったのだ。


「なあって」


 こちらを見向きもせず、ぴくりとも動かない姿にため息が出そうになる。


「なあってばー」


 相変わらず何処かを見つめ続けるそいつに、俺はズカズカと近寄った。


「おーい。聞こえてんだろ? おーいおーい。無視すんのは自由だけど、返事してくれるまで傍を離れねぇからな」


 しつこく声をかける俺に、そいつは凍りついた表情のまま、視線だけをこちらに向けてきた。


「なに」


「おお、返事した」


 落ち着いた声だ。

 淡々とした、でもどこか魅力を感じる、そんな声。

 文字にすればたったの二文字だけど、俺にとっては舞い上がるほど嬉しい二文字だった。


「あのさ、いつも何見てんのかなって思って」


「お前には関係ない」


「別に教えてくれたっていいじゃん。あ、もしかして、人には言えないようなものを見てるとか?」


 茶化す俺の方を面倒そうに見ると、そいつは立ち上がり、どこかに向かって歩いていく。


「ちょ、どこ行くんだよ」


 これを逃せば、もうこいつと話せる機会はなくなってしまうかもしれない。

 その前に、俺はどうしてもこいつと話がしてみたかった。


「なあ、ふざけちまったのは悪かったよ。でも少しでいいからさ、お前と話がしてみたいんだ。頼むよ」


 スタスタと歩くそいつの横で、必死に(かじ)り付いて話しかける俺。

 (はた)から見れば、さぞ滑稽(こっけい)に思えたことだろう。


「お前と話してみたいんだ! いつも何処かを見てるとき、寂しそうにしてんのが気になってて。だから……!」


 いきなり立ち止まったそいつに、危うくぶつかりそうになる。


「うおっ、あぶね。いきなりどうし──」


「月を見てた」


「え?」


 気の抜けた声が出た。

 答えてくれたこともだが、話した内容にも驚きを隠せない。


「……月?」


「あの場所からは、月が綺麗に見えるんだ」


 月って、あの月……だよな?


 いつも一人で周りを寄せ付けず、他人に興味も持たないこいつが、唯一自分から見ていたもの。

 それがまさか、月だったなんて。


「なんで……月を見てんの? あ、いや、変な意味じゃねぇよ!? ただ、寂しい思いをしてまで見てる理由って、何なんだろうなって」


 そいつは少し沈黙した後、静かな声で呟いた。


「必ず見つけるって、約束したから」


「へ……?」


 ──見つけるって、何を?


 思わずツッコミかけた言葉を、ギリギリのところで静止する。


「えーと、それは月を見んのと、何か関係が……?」


「……聞きたい事は聞けただろ。そろそろ離れろ」


 これ以上は答える気もないらしい。

 (きびす)を返し去って行こうとするそいつを、俺は呼び止めた。


「俺、威吹って言うんだ! お前と同じ候補生だけど、本職の死神にはならねぇことにしたから、もう少ししたらここからは居なくなる」


 そいつは振り向かず、ただそこに立っている。


「あ、でも、店を開く予定でさ! 中心部からは移動しないんだ。だから……その、連絡先! 交換してくれねぇかな!」


 人を寄せ付けない、吹雪のような空気を(まと)っているやつだ。

 でも──。


「俺に名前はない。それと、交換したからって会いに行くわけでもない」


 こっちを振り向いたそいつは、淡々と事実を口にしている。


 名前を全て()っていることは知っていた。

 死神は名をもらうまで、番号で呼ばれることも多い。

 でも俺は、そんな呼び方をするつもりもなかった。


 いつか絶対に、こいつの名前を呼べる日が来ると、俺は信じていたから。


「まっったくかまわねぇよ! これからよろしくな!」


 差し出した手は、交換の手段でもある。

 俺の手を見たそいつは、軽く(はた)くように触れると、今度こそ踵を返して去っていく。


 後に残されたのは、ちょっとだけヒリヒリする手を大きく振りながら、満面の笑みで立っている。

 そんな俺の姿だけだった。


 俺、思ってたんだよね。


 誰も近寄れない吹雪だとしても、俺の風ならきっと会いに行けるって。


 お前の寂しさが少しでも減るように、俺が何度でも会いに行ってやるよ。

 だからいつか、見つかるといいな。


 お前がもう寂しくならずにすむ──そんな存在が。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 これは本当に、冷たく凍ったあの友人で間違いないのだろうか。


 もしかして、幻覚では?

 そう思い何度も目を(こす)ってみたが、そこに居るのは間違いなく俺の友人のようだった。


 死神は名前が付いた時、その死神と関係がある者たちへ自動的に連絡が行くようになっている。

 俺に連絡が来た時はめちゃくちゃ驚いたし、同時にもの凄く喜んだ。


 呼び名が付いた死神は、その瞬間に「その名」としての存在に定着する。

 こいつはもう、誰が呼んでも「霜月」になったのだ。


 こいつに名前を付けたがっていた他の死神たちは、さぞや地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがったことだろう。

 偶然とは言え、こうしてまた会えたんだ。

 祝いの言葉のひとつでも、かけてやらなければ。


 そう思っていた、はずだった。


「上司が威吹くんまで連れてきた時は驚いたけど、結果的にこうして会えたわけだし、良かったね霜月」


「うん。それより睦月、怪我は大丈夫か?」


 いや、「うん」じゃねぇんだわ。

 お前いま、絶対「良かったね」に対しての「うん」じゃなかっただろ。

 さすがに分かんだからな。


 ありえないくらい緩んだ友人の声や、表情の数々。

 衝撃の光景が連発する状況に、俺の背後にはだんだんと宇宙が広がっていく。


 はあーーー、全く。


 ここの上司は怖いし!

 美火さんはおっかないし!

 霜月は別人みたいだし!


 俺にはもう、睦月さんしか残されていないようだ。

 睦月さんがまともな死神で本当に良かった。

 しかし、そんな事を思っていた直後、急に部屋を出ようとする睦月さんに、俺は泣く泣く苦戦を強いられることとなった。


 あの上司にしてこの部下あり。

 ほんとにまあ、とんでもない一日だ。

 それでも俺は、かつて見たことのない表情で笑う友人の柔らかい雰囲気に、思わず口元を(ほころ)ばせていく。


 吹雪を凪ぐ風は、もう必要ないだろう。

 それがどこか寂しくて、でも、それ以上にもの凄く嬉しかった。


 睦月さん、どうか俺の大切な友人をよろしくお願いします。


 俺は二人の姿を目に焼き付け、そっと(まぶた)を閉じた。


 

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