ep.14 束の間の団欒
「俺もびっくりです。睦月さんと霜月がそんな関係だったなんて」
霜月に視線を向けた威吹は、相変わらず睦月の方ばかりを見つめる友人の姿に、幻覚かと目を擦っていた。
「上司が威吹くんまで連れてきた時は驚いたけど、結果的にこうして会えたわけだし、良かったね霜月」
「うん。それより睦月、怪我は大丈夫か?」
威吹に関する話を相槌一つで終わらせると、霜月は心配そうな顔で睦月を見ている。
そして、そんな光景を見ている威吹の背後には、壮大な宇宙が広がっていた。
「何ともないよ。いつのまにか治ってたくらいだし」
そう言って前髪を上げた睦月のおでこには、確かに傷跡ひとつ見当たらない。
「ほんとだ。綺麗に治ってる」
驚く威吹をよそに、霜月は静かに傷跡のあった場所を見つめている。
「睦月さんの能力が、治療系統とかの可能性はないんですか?」
死神の能力は特殊だ。
各々が独自に持っている力であり、特性に基づいて得られるものでもある。
「治療系統だと、紬くんみたいな?」
「紬は治療系統だけど、どちらかと言えば神官よりになると思う」
「神官?」
神官とは、神に仕え、神の力を以て神事を行う者のことだ。
医療を担当している紬が、神官だと言われる理由が分からず、睦月は不思議そうな顔をした。
「治療系統にも違いはあって、『自分以外の治療ができる者』と、『自分の治療しか出来ない代わりに、重い負傷でも治せる者』がいる。紬は前者に当たるけど、本人が治せる範囲は中度くらいまでの負傷だ」
「でもそれだと……」
重度の傷を負った睦月を治療したのは、間違いなく紬のはずだ。
霜月の話と比較すると、矛盾が生じてしまう。
「睦月の怪我は、本来なら紬の力だけで治すのは難しいものだった。でも、紬が神官なら話は別だ」
真剣に耳を傾ける睦月を見ながら、霜月は話を続けていく。
「神官の性質を持った死神は、神の権能による力を他よりも多く借りることが出来るんだ。紬はその力を借りる事で、自分の能力を底上げしてる」
「紬くんって実は、すごい死神だったり……?」
思わず口から溢れた睦月の疑問に、霜月は少し考えるような仕草をした。
「死神としては中位くらいだけど、治療関係で言うなら……かなり」
──かなりってどのくらいだよ。
思わず横からツッコミかけた威吹に対し、睦月は変わらず落ち着いた表情で座っている。
しかし、おもむろに立ち上がると、何故か入り口の方に向かって歩いていく。
「睦月?」
「紬くんの死を阻止してくる」
「どういうこと!? 話が飛躍しすぎだって! ちょ、睦月さん止まって!?」
目の下に隈をはりつけ笑う、紬の儚い姿を思い浮かべながら、睦月は部屋の扉へと手をかけた。
必死で止めようとする威吹の隣で、霜月は睦月の様子をただ見守っている。
「霜月! 見てないでお前も止めろって!」
威吹からの要請に、霜月は睦月の手を取ると、扉から離すように引いた。
「……睦月。紬の仕事先なら、反対側のドアから行った方が近い」
「ばかやろおおおお!」
いつも冷静で冷たく、どこか寂し気な友人。
威吹はこの日、そんな友人を初めてぶん殴りたいと思った。
◆ ◇ ◇ ◇
結局あの後、部屋に入ってきた美火と鉢合わせ、後日みんなで紬の仕事場へ向かう事で合意となった。
美火は、「紬は見た目より頑丈なので死にません」と慰めてくれていたが、なるべくなら早めに伺いたいものである。
席に戻り座っていると、運んできた紅茶や茶菓子を置き、何やら期待するような目でこちらを見る美火の姿が映った。
香り高く透明感のある紅茶に、つまみやすいサイズのお菓子がいくつか。
見た目からして、とても美味しそうだ。
「美火、これ凄く美味しい。どこで買ったの?」
「その……わたしが、作ったんです」
「え」
驚きのあまり声が漏れる。
「これ全部、美火が作ったの? お店とか出せそうなくらい、本当にすごく美味しいよ」
「確かに。これマジで美味いです。売りに出したらやばそう」
威吹も絶賛しているが、相当美味しかったのだろう。
どんどん減っていくお菓子を見て微笑ましくなる。
「ちょっと、食べ過ぎです。それは睦月さんのために作ったんですよ。少しは遠慮してください」
「えっ、そうなの!? ごめん……」
しょんぼりと手を下ろす威吹に鼻を鳴らすと、美火は私の左隣にぺったりと座ってきた。
スペースに余裕はあるものの、何故か真横に引っ付いて座る霜月と美火に、上手く身動きが取れなくなっていく。
「睦月さんも大変そうですね……色々と」
「そう?」
動きずらさはあるが、両手に花だなぁなんて思いながら、内心ゆるっと過ごしていた。
威吹はたまに、火花がどうとか、修羅場がこうとか呟いている。
美火を火花に例えるなんて、威吹くんのセンスはとても良さそうだ。
「そういえば、どうして話し方を変えたの? 会った時みたいな感じで話してくれて良いのに」
「いや、まあ、何と言うか……睦月さんだし?」
ちょっとよく分からない理由だ。
でも、威吹がそうしたいなら、好きなように話してもらう方が良いのだろう。
「霜月、上司がもうしばらく時間を要すると」
「分かった」
美火と霜月が淡々と言葉を交わすのが聞こえる。
ここに着くや否や、上司は「しばらく頼みましたよ」と話しながら、威吹をここに置き捨て、何処かへと去っていった。
霜月たちの様子を見る限り、仕事関係だったのだろう。
「あ、そうだ睦月さん。服を作る予定もあるし、連絡先の交換とか……してもらえる?」
恐る恐る聞いてきた威吹に、もちろんだと頷く。
「あの時はごめんね。私が揶揄ったりしたから」
「いや! 俺もいきなりだったし……」
威吹の視線がチラチラと彷徨っている。
視線の向きを見るに、どうやら美火が気になるらしい。
一つの推測が頭をよぎる。
なるほど、そういう事だったのか。
協力は難しいけど、応援はしていよう。
私は心の中で、威吹に向けてエールを送っておいた。