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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
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ep.13 変化の息吹


 どさっという音が聞こえ、直後、固まっていた時間が解けていく。

 音の先に目を向けると、地面に座り込む威吹の姿が見えた。


「やべ……腰抜けた」


 上司から漂う圧で今にも倒れそうだったが、霜月が来たことで、どこか気が緩んだようだ。

 まだ顔色は悪いが、先ほどよりは随分と良くなっている。


「威吹くん大丈夫?」


「あー、いや……はい。平気、です」


 頭をくしゃりとかき混ぜ、重いため息を吐いた威吹は、気合を入れ直すため頬を叩くと立ち上がった。

 霜月は威吹の方をちらりと見たものの、すぐに視線を戻している。


 機嫌が良さそうに微笑んでいた霜月だが、突然、何かに気づいた様子で私の方へと駆け寄ってきた。


「睦月っ、顔に傷が」


 さすが霜月とでも言うべきか。

 速攻でおでこの傷跡を見つけてしまった。

 前髪を手の甲で持ち上げると、霜月は険しい表情で怪我の具合を確認している。


「誰にやられた?」


「自分でぶつけちゃって」


「本当に?」


 咄嗟(とっさ)についた嘘だが、本当のことを言えば、今度こそ威吹が無事でいられるか分からない。

 死神(かれら)が感情ひとつで相当な被害を起こすということを、私は既に知ってしまっている。


 霜月はこちらを見つめたまま沈黙していたが、確かめるようにもう一度問いかけてきた。

 おそらく次は、冗談でしたではすまないだろう。

 霜月の後ろには、心配そうな顔で見守る威吹の姿が見える。


 じわじわとした熱が身体を(むしば)み、まるで侵食されるような感覚を引き起こしていく。

 印を中心にだんだんと広がっていくそれは──警告だ。


 早く言わなければ。

 さっきのは間違いだと。

 これは──真実を聞く問いかけなのだ。


 うそは、ゆるされない。


「何をしてるんです」


 私と霜月の頭から、小気味(こきみ)のいい音が響く。

 いつのまにか傍に立っていた上司は、呆れたような、それ以上に真面目な雰囲気をしている。


「霜月。貴方いま、自分が何をしようとしたか理解(わか)ってますか?」


 上司の言葉に、霜月の肩が揺れた。


「なぜ言わなかったかなんて、想像に容易(たやす)いでしょうに。怪我の元凶に(いきどお)る感情は分からないでもありませんが、そんなやり方では悪手を取ったようなものですよ」


 黙って俯く霜月を横目に、上司は私の方へ手を伸ばすと、指でおでこを弾いてきた。


「……痛いです。怪我が悪化しました」


「おや、随分と良くなったように見えたのですがね。それにしても、完治して早々に怪我とは。全く手のかかる部下です」


 やれやれと言わんばかりの表情を見せる上司に、じとっとした視線を向ける。

 いくら事実だとしても、それを上司に言われるのは大変不服である。


 伝われ遺憾(いかん)の意。


「……睦月、ごめん」


 ぽつりと聞こえた声に、霜月の方を見た。

 下を向いていると、前髪で顔が隠れてしまう。


「霜月が謝ることなんてないよ」


「自らの感情を優先し、相手の意思を尊重できない愚かな行為でしたがね」


 おおっと、上司?

 この状態の霜月に追いダメージを与えるとか、実は死神じゃなくて鬼なのでは。


「求むオブラート」


「これでも言葉は選びましたよ」


 思わず漏れ出た心の声に、上司のしれっとした言葉が返ってくる。

 私が次の言葉を話すよりも早く、霜月の静かな声が響いた。


「ごめん睦月。上司の言う通りだ。睦月の気持ちを考えず、自分の感情を優先した。睦月が嘘をつくのは、いつだって誰かを守る時だって……俺は知ってたはずなのに」


 握った拳が震えている。

 霜月はどうして、そんなにも私のことを知っているのだろうか。


 いつのまにか印は沈黙しており、痛みや違和感なども全てなくなっている。


「行こう霜月。一緒に戻ろう」


 差し出した手が示す意味に、気づいてくれるだろうか。

 私を見る霜月の目はたまに眩しそうだ。

 ひんやりとした手が重ねられ、しっかりと握られていく。


 体温がない霜月の手は、何故だかとても私に馴染んでいた。




 ◆ ◆ ◇ ◇



 

「カウダが捕まったですって!?」


 古びた神殿だ。

 老朽化(ろうきゅうか)が進み、(つた)が絡んだ外観。

 所々に見られるひびからは、パラパラと破片のようなものが散っていく。


 神殿というより廃墟(はいきょ)に近い有様だが、その内部を(もぐ)って行くと、綺麗に整えられた空間が現れてくる。

 神殿の深部とも言えるその場所では、一人の女が金切り声をあげていた。


「落ち着きなさい、ラケルタ。ただの捕縛(ほばく)だ。(しばら)くすれば出てもこれよう」


 ラケルタと呼ばれた女は、顔を覆うと力なく座り込んだ。


「アンブラ様……、カウダは私の一部も同然だと言えるほど大切な男なのです。どうか、どうか取り戻すためのお力添えを……!」


 まるで悲劇でも演じるかのように、ラケルタは(すす)り泣いている。

 アンブラはその様子を眺めると、かけていた椅子から腰を上げた。


「それほどまでに大切な男だったとは。他ならぬ君の頼みだ。力になってあげたいところだが──」


「何か手があるのですね……! お願いしますアンブラ様! どうかこの私めに、貴方様のお力をお貸しください」


 縋り付くラケルタの手を取ると、アンブラは何かを握らせている。


「これを使いなさい。外に私の配下を呼んでおこう。上手くやるんだよ」


「アンブラ様……! このご恩は忘れません。来たる日には、必ずやお役に立ってみせます」


「期待しているよ」


 アンブラから渡された物を握りしめ、ラケルタは深々と(こうべ)を垂れた。




 ◆ ◆ ◆ ◆



 

 死局の一室。

 常闇が所有する空間の一室で、睦月たちはテーブルを取り囲んでいた。


「霜月の言ってたオーダーメイドの知り合いが、まさか威吹くんだったなんてね」


 

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