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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
24/223

ep.12 再会


 黒いリボンが歪んでいる。

 必死になって探してくれていたのだろう。

 ぎゅうっとしがみついてくる少女の背へ、私もそっと手を回した。


「心配かけてごめんね、美火」


「……ほんとうに、心配したんです」


「うん。ごめんなさい」


 死神に体温はないのに、何故か美火の体はほんのりと温かく感じる。

 ほっとする温度に(いや)されていると、男の怒声と暴れ回る音が聞こえ、辺りが騒がしくなってきた。


 美火がピクリと反応を示すと、私から離れ、守るように傍に立つ。

 視線の先には、警備課の死神が放った鎖で拘束(こうそく)され、地面に転がりながらも(わめ)き続ける男の姿。


 鎖はギチギチとした音を立て、暴れる男の身体を強く締め付けている。


「クソがっ……、これを解きやがれ! 威吹ぃ! テメェ卑怯(ひきょう)な真似しやがって、ただじゃおかねぇからな!」


「大人しくしろ!」


 警備課の死神から注意されているにも関わらず、男はさらに強く暴れるばかりだ。

 拘束している死神は頭が痛いと言わんばかりの様子で、眉間(みけん)に手を当てている。


 警備課の一人と話していた威吹は話を止め、男の方を冷めた目つきで見下ろした。


「カウダ、いくら何でもやりすぎだ。街中の戦闘が違反にならないからって、限度ってもんがある事くらい分かんだろ」


「うるせぇ! オレに説教すんなゴミ野郎が!」


「ゴミはどっちだか。頭冷やしてくるんだな」


 そう言うと、威吹はカウダと呼んだ男の方を一瞥(いちべつ)もせず距離をとっていく。


「では、私たちはこれで」


 警備課の死神たちは、未だ喚き続けるカウダを連れて去っていった。

 辺りに静寂が訪れるも、死神たちはすぐさま元の生活へと戻っていく。


 中心部の空間(エリア)の死神は、こういった日常に慣れているのだと言っていたが、全くその通りの光景だ。

 そして、その事を教えてくれた死神は、もう何処にも見当たらない。


 急に辺りを見回しだした私に、美火が不思議そうな顔をする。


「睦月さん、どうかしましたか?」


「あ、ううん、ちょっと──」


「お姉さんごめん! 遅れた!」


 勢いよく駆け込んできた威吹は、心底申し訳なさそうな顔で手を合わせた。


「ほんっとにごめん! こんなに待たせちまうなんて。さっきの攻撃も、俺のせいであたりそうになってたし……」


 元を辿れば、どちらも威吹が悪いわけではないと思うのだが、律儀(りちぎ)な死神なのだろう。


「威吹くんが悪いとは思ってないから、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。それに、さっきの攻撃からは美火が守ってくれたし」


 そう言って美火の方を向くと、照れくさそうな顔で視線を逸らしている。


「気づいてたんですね」


「何となくそうかなって。ありがとう。美火が居てくれて良かった」


 美火の顔が茹蛸(ゆでだこ)みたいに赤く染まっていく。


 どうやら、照れると真っ赤になるタイプのようだ。

 霜月はよく青ざめてたから、美火とは正反対のタイプなのかもしれない。


「そっちの死神は美火さんって言うんだね。俺は威吹って言うんだけど、お姉さんはもう知ってるよな。あ、お姉さんの名前も聞いて良い?」


「私は睦月だよ」


「睦月さんね」


 威吹は一つ頷くと、こちらに手を差し出してきた。


「あのさ、連絡先交換してくれない? 後日改めてお()びとかもしたいし」


 こちらに差し出された手を見つめる。


 連絡先の交換で、なぜ手を差し出されているのだろうか。


「もしかして、ナンパしてます?」


 少し揶揄(からか)ってはみたものの、もちろん威吹がそんな考えだとは思っていない。

 今も少しだけヒリヒリするおでこに、ちょっとした意趣返(いしゅがえ)しを頼まれただけだ。


「いやいやいや! そんな意味じゃ……! 睦月さんの事は綺麗だと思うけど! あっ、いや! 違くて! いや違わないけど! でもほんと、そういう意味じゃ……っ」


 どうしよう。

 とんでもなく慌てさせてしまった。


 そういえば昔、「あんたの冗談は冗談に聞こえないから、せめて顔の筋肉を動かせ」って言われた事もあったな。

 なんて、今更ながらに思い出す。


 霜月があまりにも読み取ってくれるから、失念してしまっていたようだ。

 気をつけなければ。


「あの、じょうだ──」


「睦月さんをナンパ……?」


 辺りの気温が急上昇していく。

 美火の橙色の目が発火したように光りだし、何かが燃えるような音が鳴り始める。


「無礼にも程があります。睦月さんは、あなたごときがナンパしていいような方ではありません」


 ちょーっと待って欲しい。


 色々おかしい部分はあるとして、そもそも美火は私を何だと思っているのだろうか。

 そして好感度……高すぎない?

 今すごくデジャブを感じているところだ。


「いや、ほんとそんなつもりじゃねぇって! 美火さん、落ち着いて話し合おう? な?」


「言い訳しても無駄です。睦月さんをデートに誘うための口実だってこと、私が気づかないとでも思ってるんですか?」


 すんごい曲解(きょっかい)してる。

 威吹くんごめん。

 まさかこんな事になるとは流石に思わなかったんだ。


「確かに会おうとは思ってたけど、それは怪我のこともあったからで──」


「怪我?」


 あ、これ地雷だ。

 前髪で見えにくい場所のため、気づいてなかったのだろう。

 せめてもの足掻(あが)きとして、美火の方からそっと顔を背けるように動かしていく。


「怪我って、どういう事ですか? 私は怪我なんてさせていません」


「あっ、いや……その、おでこに……」


「睦月さん、おでこを見せてください」


 ぐるりと向いた美火の迫力に、内心びくっとしている。


「おでこはちょっと恥ずかしいな、なんて」


「見せてください。はやく」


「はい」


 ごめん、威吹くん。無理でした。


 美火の方を向くと、前髪を上げるようにジェスチャーされたので、指示通り持ち上げる。

 おでこを見た美火の顔に、じわじわと怒りの色が浮かんできた。


「……傷が。睦月さんの綺麗な顔に……、傷がついて……」


「美火、これすぐ治るやつだからね」


 訴えてはみたものの、美火の怒りは収まらなかったようだ。


 いきなり周囲に炎が上がった。

 巨大な炎は、威吹を取り囲むようにうねうねと動いている。


「マジかよ……」


 威吹の声から漂う哀愁(あいしゅう)が切ない。


 私はもう、死局に辿(たど)り着けないのではなかろうか。

 そんな思考が頭をよぎった時、いきなり目の前で炎が全て消え失せた。


「へ?」


 威吹の呆然とした声が聞こえる。


 それもそうだろう。

 美火が消したにしては、あまりにも唐突すぎる状況だ。

 そして何より、この現状に三人ともが驚いている。


「時間がかかり過ぎているとは思いましたが、まさかこんな所で油を売っていたとは」


 コツコツと靴の音が響き、威吹の後ろから見知った姿が現れた。


「美火。これはいったい、どういう事です?」


 何かを(こら)えるような表情をした美火へと、上司がゆっくり近づいていく。

 横を通られた威吹の顔色は、今にも倒れそうなほど悪い。


「あの」


 このままではいけない。

 咄嗟(とっさ)に話しかけようとした時、目の前の場所に誰かが降ってきた。


 ローブで身を包み、フードを目深にかぶったその誰かは、危なげなく地面に降り立つと、私の方を見て動きを止めている。


「霜月……?」


 名前を呼ばれた霜月がフードを脱ぎ去り、こっちを真っ直ぐに見つめてくる。


「睦月」


 透けるような金が覗く。


 私の名を読んで微笑む霜月の目には、私以外なにも、映っていないかのようだった。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美火ちゃん、やっぱりソッチの気が?www 威吹くん、何だか不憫な子( ̄▽ ̄;) そしていつもの上司と霜月(´ー`*)ウンウン [気になる点] やだわ~人の迷惑考えない、見栄っ張りの喧嘩…
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