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死神の猫  作者: 十三番目
第一生 First Death ちっぽけな少年
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ep.8 常闇 ─ Ⅱ / Ⅱ


「……どうすればいい」


「何がです?」


 言いたいことは分かっているだろうに、あえてしらばっくれてみせる常闇に対して、悪魔は屈辱(くつじょく)に耐えるため身体に力を込めた。


「どうしたら、見逃してもらえる……!」


「おやまあ、命乞いですか。悪魔が命乞いとは、何とも愉快ですねぇ」


 常闇は可笑(おか)しそうに笑っていたが、ふと真顔に戻ると、「そうですねぇ……」と呟く。


「ではまず、こちらを慰謝料代わりに貰っていくことにします。なので、今すぐここで契約を破棄してください」


 常闇の手に、銀の籠が現れた。

 中で浮いている魂は、かつて悪魔が契約した人間の魂に間違いない。


「早急にお願いしますね。あまり遅いと、面倒で消してしまうかもしれませんから」


 何を──とは言わず、ただ悪魔を眺める常闇の目には、深い闇だけが映っている。


「……分かった」


 そう言うしかなかった。


 悪魔に残された選択肢は、要求を呑んで(コア)を見逃してもらうか、要求を拒否して完全に消滅するかの二つだけなのだ。


 契約を破棄したことで、魂との間にあった(わず)かな繋がりも全て千切れていく。


「契約は破棄された。魂も好きにして構わない。だからもう……解放してくれ」


「おや、何を言ってるんです? これはあくまで慰謝料として貰ったにすぎませんよ。私は一つなんて言ってないでしょう」


 ──悪魔だ。こいつは悪魔に違いない。


 本物の悪魔に悪魔だと評された常闇は、何食わぬ顔で立っている。


「後の事としては、そうですね。金輪際、睦月(かのじょ)に関わらないことを誓約してください。もちろん、貴方の部下や配下も全て含めてですよ」


「なっ……!」


 とんでもない要求に、悪魔は言葉を失った。

 全ての部下や配下を含めて関わらないなど、数を知らないから言えることだ。


 言葉を返せないでいる悪魔を見て、常闇は呆れの混じった視線を投げかけている。


「偶然の遭遇(そうぐう)では誓約を違反したことにならないですし、そう難しい話でもないと思いますがねぇ」


 簡単そうに言っているが、「誓約」とはそもそも、こんな風に結ぶようなものではないのだ。


「こうしましょうか。彼女が許可した場合のみ、その範囲の誓約は無効化される。これなら不慮(ふりょ)の事故も起こらなくて安心でしょう?」


 切れ長の目が、笑むように細められる。

 とんでもない誓約だが、これ以上は無理だろう。

 今はただ、助かることを優先しなければならない。


「……分かった。要求を呑もう」


「賢明な判断です。ではこちらにサインを」


 目の前に誓約書が現れる。


 皮肉な話だ。

 残されていた左手をここで使う事になるなんて。

 名前を書き終わると、誓約書は目の前で霧のように消えていく。


「ふむ、問題なさそうですね。それでは最後に──」


 まだ有るのかと硬まる悪魔へ、常闇はぞっとするような笑みを向けた。


「部下をこんな風にしてくれたお礼がまだでしたね。左手しかないと帰るのも一苦労でしょうし、このまま魔界へと送って差し上げますよ」


 何をされるか察した悪魔が、悲鳴のような叫び声をあげる。


「待ってくれ! 充分な要求は飲んだはずだ! そもそも、部下とはいえ、死神が他者をそこまで気にかけることなんて無かったはず……! まさかその人間の魂に、そこまでの価値があるわけでもないだろう!?」


 本来ならば個を好むような死神が、何故たかが新参者の死神なんかに固執(こしつ)しているのか。


 ましてや、人間の魂なんて、死神にとっては(えさ)にもならない。

 死神が魂を運ぶのは、あくまでそれが仕事だからだ。


「ああ、(これ)ですか。私にとっては取るに足らない物なんですがね。どうやら彼女には、そうではないみたいでしたから」


 常闇は手元に出した魂をつまらなさそうに一瞥(いちべつ)すると、すぐにまた手元から消し去ってしまう。


「それと、確かに死神は同族同士であっても、あまり気にかけたりはしませんよ。ですが──睦月(かのじょ)は別です。まあ、悪魔(あなた)には知る必要のないことですがね」


 そう言って(わら)った常闇は、手のひらを上に向けて開いていく。


 悪魔に向ける視線はぞっとするほど冷たい常闇だが、腕に抱えた睦月を見る時の眼差しは存外優しかったことを、悪魔は気づいていない。


 常闇が開いた手のひらを一気に握りしめると、悪魔は身体の全てを余すことなく現世から消し去られていった。


 何かを言おうとしていた悪魔は、言葉の一文字さえ発することなく、残った(コア)だけが自動的に魔界へと送還されていく。


 そして、そんな悪魔がいた場所には目もくれず、常闇は近づいてくるもう一人の部下の気配に、やれやれと言わんばかりにため息をついた。


 

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