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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.59 罰と懇願


 自室として与えられた空間は思ってた以上に広く、寝室の他にもいくつか部屋があった。

 その内の一つはリビングになっており、まるで温室のような造りになっている。


 寝室の天上に広がる(そら)とは違い、リビングの空は昼間のように明るい。

 ただ、どの部屋も明度に関わらず、夜のように落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「霜月、聞いてもいい?」


「うん。何でも聞いて」


 迷うことなく返事をする霜月は、私の隣に腰掛けている。

 ここは死界だ。

 霜月は既に、自分の空間(へや)を持っている。


 では何故、ここにいるのか。

 答えは簡単だ。

 私が呼んだからである。


 信頼されているのだろう。

 本当に何でも聞いたら困るのは霜月の方だというのに、私のためなら迷いもしないのだから。


 死神王と何を話していたのか、気にならないと言えば嘘になる。

 けれど、こうして霜月を見ていると、そんな事は些細だと思えてくるから不思議だ。


「霜月はどうして、今の位置に印を入れたの?」


 霜月の印は首から頬にかけてと、かなり危うい位置に刻まれている。


 燕が言っていた。

 急所に近い位置に印を刻むのは、王に忠実であるということを意味するのだと。


 この場合の王とは、現在(いま)の王のことだ。

 霜月を疑っているわけではない。

 ただ、純粋に理由が聞きたかった。


「……罰として入れたんだ」


「罰?」


「俺が忠誠を誓うのはあいつじゃない。それを分かっていながら入れた罰として、ここを選んだ」


 自戒は内側から焼かれていくような激痛を伴う。

 現在(いま)の王に仕える気がなくとも、印は入れざるを得なかったはずだ。

 だから罰として、あえて急所を選んだ。


 もし自戒が起こった際には、自らが余分に苦しむように──。


 あの日、自戒の発動と共に霜月が吐血したのは、真っ先に喉を焼かれたからだ。

 話すこともままならない中、霜月はずっと私の安否ばかりを気にしていた。


 ──ああ、本当に。


「馬鹿だね」


「うん。ごめん」


「そうじゃなくて」


 霜月の首から頬を指でなぞる。

 そのまま手のひらを頬に当て、労るように撫でた。


「今すぐにでも、印を剥がせたらいいのにって思ったの。馬鹿だよね、私」


 何かを言いかけた霜月の動きが止まる。

 頬を撫でていた手を取ると、霜月は手のひらに向かって顔を近づけていく。


 吐息が触れ、唇が当てられた。

 

 伏せられたまつ毛に前髪がかかる。

 一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる時間の中、祈るように口付ける霜月の姿が目に焼き付いて。


 どうしようもなく、愛おしさを感じた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 私たちの部屋がある空間も、上司が管理する範囲に含まれている。

 そのため、ここから仕事場までは転移が可能になっていた。


 こうして聞くと便利に思えるかもしれないが、逆を言えば、駆けつけるのも爆速で済んでしまうということだ。

 美火から連絡を受け応接室に来たはいいものの、待っていた美火は何やら複雑そうな顔をしている。


「睦月さんに会いたいと話す死神が……」

 

「私に?」


 普段から上司の部下以外が私に近づくのを嫌がる美火だが、今回はどうやらミントからの推薦らしい。

 複雑そうな理由が分かり、美火の頭を優しく撫でる。


 嬉しそうに頬を染めた美火は、こうされては仕方ないといった様子で来客を呼びに行った。


「アルス?」


「おっ、覚えててくれたんですね……!」


 ウン。ちゃんと覚えてるヨ。


 昇格試験で会ってから、そんなに時間も経っていない。

 むしろ、こんな短期間で忘れる方が難しいと思うのだが、アルスの感激した姿を見る限り、過去に忘れられた経験があるのかもしれない。


「れれ連絡先を聞くのを忘れてしまって……。とっ、突然おしかけてしまいすみません……!」


「それは構わないけど、経理課から連絡をくれても良かったのに」


「そっ、その……常闇様の管轄は特殊なので、れ、連絡しようにも手段がなくて……」


「そうなの?」


 仕事用の連絡であれば、印を通して送れるものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「ここは課ではありませんから。睦月さんへの連絡は、上司が許可したもののみ通っているはずです」


 言われてみれば、死神になったあの日、仕事に関する最初の連絡は上司から届いていた。

 その後、必要な課とも繋げてくれていたのだろう。


「各課にも常闇様の連絡先はあるのですが、ぼっ僕のような下っ端が送ることなどとても……」


 青白い顔で視線を彷徨わせるアルスを見て、やはり上司の印象はそんな感じなのかと察する。

 私たち部下といる時の上司は、もしかしたら相当優しいのかもしれない。


「それで、どうしたの? 何か用があって来たんだよね」


 理由(わけ)を問いかけると、アルスはそうだったと言わんばかりに、勢いよく顔を上げた。


「あああの! ぼっ、僕を……ここで働かせてほしいんです!」


 

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