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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.57 愛よりも重いもの


 美火に案内された空間(へや)は、まるで宇宙を彷彿とさせる内装をしていた。


 落ち着いた色合いながら、繊細な細工が施された調度品。

 天井に広がる星々は、プラネタリウムよりも鮮明で。

 ベッドに寝転がれば、いつでも天体観測を行える。


 奥側に見えるのは月だろうか。

 時に満ち、時に欠け。

 金や赤、青にもなる。


 夜の象徴とも言える月へ手を伸ばした睦月は、以前よりも少しだけ、月が近くなっているような感覚に包まれた。


 ──霜月の帰りが遅い。

 ふとそう感じた睦月は、ベッドから起き上がり、部屋を後にする。


 睦月にとって霜月は、いつのまにか傍にいるのが当たり前の存在になっていた。

 霜月が誰に呼ばれたのかを知っているだけに、睦月の心情は穏やかとは言い難い。


 ──誰かのものを掠め取ろうとするのなら、相応の報いを受ける覚悟も必要だ。


 空間ごとにがらりと変わる季節と風景。

 死局であろうと、境界線の先には遊び心が混ぜ込まれている。


 外の風景に伴い気温も変化していくが、死神である睦月にとって、温度の違いを感じることはあれど、暑さや寒さに苛まれる心配はなかった。


「止まりなさい」


 命令口調で声をかけられ、足を止める。

 赤紫色の髪に同色の瞳。

 ややつり上がった目からは、マイナスな感情を煮詰めたような重さが見てとれた。


「中位の死神が何の用ですか。ここから先に進みたければ、位を上げてから出直すことです。すぐに元いた空間(エリア)へ戻りなさい」


「霜月の帰りが遅いので、迎えに来ただけです。位が低くても、訪れること自体を禁止されてはいませんよね」


 不快そうな顔つきをした無花果だったが、一転、嘲るように唇の端を持ち上げている。


「さすが常闇のところの死神は、躾がなっていませんね」


「あなたが連れて行ったのも、上司のところの死神ですよ」


 一切の感情を表に出さず淡々と返してくる睦月に、無花果の警戒が強まっていく。

 会議の呼び出しで常闇の空間を訪れた際、無花果は睦月を見かけたことがあった。


 常闇と並んでも遜色(そんしょく)がないほどに美しく、それでいて、ぞっとするほど綺麗な目を持った死神。

 再び対面したことで、無花果は睦月の異質さが増しているのを感じていた。


 不思議な魅力を漂わせ、しかも女性としての姿を選んでいる死神だ。

 無花果からしてみれば、一目見るだけでも憎しみが湧き上がってくる。

 

 脳裏に浮かぶのは、無花果たちの主が玉座を手にする前のこと。

 かつてこの死界を創り出した、唯一にして至高の神の存在。


 ──死神王(かのじょ)も、見るだけで相手を惹き込む容貌の持ち主だった。


 特に瞳は、まるで宇宙を覗いてしまったかのような、果てのない未知が広がっていて。


 見てはいけないものを見てしまった影響なのか。

 今になってもなお、あの瞳を思い出すたび、無花果は苦しめ続けられていた。


「……贄であることを幸運に思うことですね。でなければ、今ここで消していましたから」


 踵を返す無花果を、睦月は静かに見つめている。

 遠のく無花果と入れ替わるように、馴染みのある気配が近づいてくるのを感じた。


 氷河期に戻ったかと言わんばかりの空気を漂わせる霜月だったが、睦月と目が合うと一瞬で雪解けを起こしていく。


 春の訪れの如く色付いた表情に、睦月もまたほんのりと笑みを浮かべていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「僕の知り合いに、倦怠期のカップルがいるんだけどね」


「……っ、ごほっ」


「唐突っすね」


 明鷹の言葉に、威吹が咳き込んでいる。

 どうやら、喉に菓子を詰まらせたようだ。

 ヴォルクは落ち着いているものの、明鷹のことを若干引いた目で見ている。


「今年で付き合って1000年になるらしいんだけど、500年振りの倦怠期が来てるらしくてさ。記念日は見送りかなーって話を聞いてて、ふと思ったんだよね。どんなに仲が良くても、倦怠期が起こることはあるんだなって。ところで、睦月ちゃんは倦怠期についてどう思う?」


「たいちょー、思惑が全く隠しきれてないっすよ」


 興味津々で聞いてくる明鷹は、知り合いのことより私──正確には、私たちの状況の方が気になるのだろう。


 死神之大鎌(デスサイズ)の扱いが苦手なヴォルクのため、たまに特別警備課を訪れていた。

 今は休憩も兼ねて、美火が持たせてくれた茶菓子を摘んでいたところだ。


 そんな中、威吹を連れた明鷹が乱入。

 霜月が席を外していると知った明鷹は、今がチャンスとばかりにティータイムへ参加してきた──という訳である。


「経験したことがないので分かりませんが、むかし両親が話していた事なら覚えてます。好意(こい)とは炎のように燃え(さか)るものの、栄えるものはいつか衰えていく定めである。けれど雪のように降り積もる愛ならば、終わらぬ思いでいることができる、と」


「盛者必衰の理だったっけ。人間には老いがあるから、永遠の繁栄なんて望めないんだろうけどさ。睦月ちゃんのご両親は、随分と物事を達観して見ていたんだね」


 常に全力でいることは難しい。

 初めから大きく燃やしてしまえば、燃料切れになることもあるだろう。


 何より、燃えたものは消し炭となり、残らず散ってしまうのだ。

 そう言って頭を撫でた母は、恋の儚さを身をもって理解していたのかもしれない。


「でも、雪ならいつか溶けますよね。終わらない気持ちを維持するのは難しくないですか?」


「たしかに」


 威吹の疑問にヴォルクも頷いている。

 いくら降り積もろうと、溶けてしまえば同じこと。

 むしろ、全てが溶ければ綺麗さっぱり消えて無くなる様は、好意よりも冷たく見えるかもしれない。


「そうだね。完全に溶ければ、塵ひとつ残らない。だから、溶けてしまわぬよう、いつまでも降らせ続ける行為こそが愛なんだと──そう話してました」


「塵も積もれば山となる。時として人間は、神も驚くほど深い愛を持つことがあるけれど、その片鱗を知れた気がするよ。いい話を聞かせてくれてありがとう」


 微笑んだ明鷹は、満足げな雰囲気を漂わせている。


 話に区切りもついたため席を立つ。

 そろそろ霜月が戻ってくる頃だ。

 訓練の続きをしようとヴォルクに声をかけると、すぐさま後ろをついてきた。


「先に戻りますね」


「ほんと助かるよー。ヴォルク、睦月ちゃんの言うことはちゃんと聞くようにね」


「りょーかいっす」


 素直に返事をするヴォルクは、特訓を楽しんでいるようだ。


 少し足早になるヴォルクと共に、私はその場を後にした。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 睦月とヴォルクが席を離れた後、威吹はふと気になっていたことを口にした。


「さっきの話なんですけど、もし神が本気で誰かを愛したら、雪山どころじゃ済まなくなりそうですね」


 人間でさえ、塵を山にできるのだ。

 永遠を生きる神なら、雪で星ごと埋め尽くしてしまうかもしれない。

 

「威吹はさ、愛よりも重いものが何か知ってる?」

 

「愛より重いもの……ですか?」


 うーんと唸った威吹は、しばらく考えてから首を横に振った。


「これといって思いつかないです。答えは何だったんですか?」


「ま、そのうち分かるよ」


 ここまで聞いておいて、教える気のない明鷹にため息をつく。

 明鷹がぽつりと呟いた言葉には気づかないまま、威吹も訓練に戻るため席を立った。


 

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