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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.56 彼岸の花たち


「奇遇だね、ナツメグ」


 会うのは久しぶりなようにも、それほど経っていないようにも思える。

 現世(むこう)と行き来している影響なのか。

 時の流れに対して、無頓着気味になっているのかもしれない。


「ここで何をしてたの?」


「……報告に向かってる」


「そっか。上司ならまだ部屋にいると思うよ」


 どうやら、一仕事終え上司の元に向かう途中だったらしい。

 部屋を空けることの多い上司だが、このまま向かえば会えるはずだ。


 礼を告げ、去っていくナツメグをすれ違いざまに呼び止める。


「ナツメグ。今回は見逃すけど、次はないからね」


 静寂がひりつきを増していく。


 無言のまま歩き出したナツメグの気配を感じ、私も振り返ることなく休息所への道を進んでいった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




「まさか、気づかれたとでも言うのかえ?」


 鮮やかな扇子で口元を隠すと、へデラは胡乱げな眼差しで無花果(いちじく)の方を見た。


「ナツメグの報告では、心を覗こうとしたが直前で弾かれたと聞いています。目的までは分からなかったのか、例の死神も今回は水に流すと決めたようですが」


「それが本当だとすれば、とんだ化け物だな。成長速度が桁違いだ」


「本当も何も、死神が嘘をつけぬよう施したのは我らが王であろう? その上、あやつは赤花(せきか)と契約を交わしておる。偽るのは不可能じゃよ」


 赤花とは、彼岸花における無花果の敬称のことだ。

 へデラは緑花(りょくか)、ロベリアは紫花(しか)

 そして、テーブルの端ではもう一人、色違いの花がうとうとと首を傾けていた。


「……だとしても……油断は、出来ない……。常闇と……、関係がある……以上……」


「おい、ここで寝るな」


 喋りながらも傾き続ける首と、閉じていく瞼。

 とうとうテーブルに突っ伏した少女の外見は、へデラよりも幾つか歳上に見える。


 しかし、死神にとって外見と年齢は比例しない。

 動かなくなった少女へ向けるへデラの視線は、歳の離れた姉が、まだ幼い妹を見る時のような柔らかさを含んでいた。


「言っても無駄じゃ。黄花(おうか)は昔から魂だけで動くのが好きじゃったからな。こうして身体の形を保てているだけでも、褒めてやらねばならぬくらいよ」


「緑花殿は甘いな」


「心配せずとも、身内にだけじゃよ」


 ロベリアがため息と共に吐き出した言葉にけろりと笑うと、へデラは穏やかな顔つきで黄花と呼んだ少女の髪を扇いだ。


 黄花のおでこで舞い遊ぶ髪を楽しむヘデラに、ロベリアの口元にも微かな笑みが浮かぶ。

 無花果が先ほどよりも棘の抜けた雰囲気で話に戻るよう促すまで、へデラはパタパタと黄花の髪を踊らせていた。


「ひとまず、ナツメグには別の仕事を与えるつもりです。情報管理課にてリーネアを手伝うよう命じていましたが、今後はその必要もなくなりましたので」


「あの死神、リーネアという名だったのかえ。赤花は相変わらずまめじゃのう。駒の名前まで覚えているとは」


 口元を隠す扇子は血染めのように紅く、奥ゆかしさと豪快さを併せ持つヘデラによく似合っている。


「まあ何にせよ、黄花の言うことにも一理ある。常闇も含め、宝月(あやつら)に印は刻まれておらん。どのみち無駄じゃろうからな。だが、常闇(あやつ)と我らとの取引が破られていないのも()()()()()はずじゃ。他の死神の印まで操作することはあるまいよ」


「それもそうだな。神にとって契約の違反は、腕や足が飛ぶのとは訳が違う」


「相変わらず考えが物理的じゃのう」


 騎士に似た装いのロベリアだが、どうやら思考も見た目に近いものがあるらしい。

 効率を重視するロベリアにとって、例など何でも──否、よく知るもので充分だったのだろう。


「読み合いは面倒だからな。数えきれないほど時が経っても、魂の芯に根付いたものだけは消えることがない。つまり、この先も私は、剣を振っているのが性に合うということだ」


「紫花らしいですね」


「まったくじゃ」


 簡単に要約すると、物理は任せろ。

 ただし精神戦はやらん。

 という意味である。


 諦めた様子の無花果とヘデラを見る限り、ロベリアには頑固さもあるようだ。

 主からの命令であれば受け入れるのだろうが、幸いなことに無花果もヘデラも精神を弄るのが得意な方であった。


「無効化は難しくとも、効き目の薄い死神ならば高位にも存在しておる。全ての死神を縛ろうとすれば、緩む部分が出るのは分かっていたことじゃ。問題は──新入りの死神にも、何故かその兆候を持つものがいるということじゃろうて」


「常闇が直接連れてきた死神です。元より、厄介なことになるのは想定していました。ですが、もう一方の死神。あの死神が何処から来て、一体何者なのか。どれだけ調べても出てこないのです」


 睦月のことは初めから疑っていた。

 だからこそ、ある程度の事態であれば対応のしようもある。

 しかし、霜月は新人でありながら、元の魂についての情報が全く見つからないのだ。


 無花果はその事をかなり危惧していた。


「以前の死界に関する情報は、未だ掴めていない部分も多い。最も優先すべきは、現世に散った月を見つけ出すことだろう」


「もう片方については、王の助力も借りれるはずじゃ。我は紫花と同じく、宝月(あやつら)の捜索に向かうゆえ。こちらは任せたぞ、赤花」


 ヘデラの言葉に無花果が頷く。

 会議はこれで終わりだと言うように、扇子の閉じられる音が響いた。


 ロベリアに続けて席を立ったヘデラは、眠り続ける黄花を見ると、そのまま空間から去っていった。


 

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