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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.55 傾く均衡


「もう行ってしまうんですか……?」


 悲しそうな顔をする美火に、後ろ髪を引かれる思いになる。

 美火曰く、せっかく死界に帰ってきても、またすぐに現世へ戻ってしまうことが受け入れ難いらしい。


 しかも、近頃は私が一人で何処かに行ってしまうため、一緒に居られる時間がほとんど無いのだと言われた時は、身に覚えがあるだけに口を噤むしかなかった。


 本の続きが読みたくて、休息所に入り浸り状態だったのだ。

 霜月も私がいない間は別件をこなしているようで、留守を任された美火だけが空間に残っていることも多い。


 いかにも寂しそうな美火を置いて去るには、いささか忍びない状況だと言えよう。


「問題がなければ、もう少しこっちにいようかな」


「問題なんてありません! ずっと居てくれても良いくらいです」


 パッと表情を明るくする美火を見ていると、ますます戻るとは言いにくい状況だ。


 しかし、死界の一部の死神は、私をイレギュラーとして認識している。

 環境が整うまで現世にいるよう判断したのは、他ならぬ上司の方なのだ。


「という訳なので、まだこっちに居ても?」


 背後に立つ上司に問いかけると、「構いませんよ」なんて答えが返ってくる。


 相変わらず気配が皆無だ。

 存在感はあるのに、近くに寄られるまで気づけないのは何故なのだろうか。


 久しぶりに四人が揃った空間で、美火の淹れた紅茶に口をつける。

 上司が戻っても美火の機嫌が変わらないのは、私が死界に残ると分かったからだろう。


 霜月と目が合ったため、そのまま意思疎通を試みる。

 いつのまにか、目を合わせるだけで大体の意図が通じるようになっていた。


 お互いの理解が深まったのもあるが、何より霜月が私の意思を汲み取るのが上手いのだろう。

 流石だなと思いながら見つめていると、照れた表情で微笑まれた。


 わあ、今日もきらきらだ。

 美人は三日で飽きるなんて、本当によく言ったものである。


「今後は死界(こちら)に居を移して、現世(むこう)をセーフハウスにしてはいかがです?」


「それは、環境が整ったって意味ですか?」


「整ったというより、適応したと言う方が正しいのかもしれませんね」


 上司から声をかけられ、茶菓子を摘もうとしていた手を止めた。


未来(さき)に少々変化があったので、こちらにいた方がマシかと思っただけですよ」


「マシって言うあたり、嫌な予感しかしないんですが」


 互いに無言で見つめ合う。

 一切崩れない空気に、私は詰まっていた息を吐き出した。


「分かりました。そうします」


 どのみち、住んでいたマンションは焼失してしまっている。

 新しい家を探す手間が省ける上、アパートを離れる必要もないのなら、特に断る理由はないはずだ。

 視界の端で、小さくガッツポーズをする美火が見えた。


 不意に上司と目が合ったため、「後で休息所を開けといてください」と視線で訴えてみる。

 やれやれと言わんばかりにため息をついていた上司だが、どうやら意図は伝わったらしい。


 そういえば、上司が私の頼みを断ったことは一度もなかったな……なんて。


 今更ながらに浮かんだ事実で、ざわりと心が揺れるのを感じていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 上司が霜月を連れて出かけたことで、美火は女子会ができると大層喜んでいた。


 二人きりの時間を過ごせることが嬉しかったらしい。

 終始楽しそうな様子の美火に、私も自然と寛ぐことができた。


 つい先ほどまで一緒に居たのだが、美火に急ぎの仕事が入ったため、今は休息所に向かっている最中だ。

 美火からは別室で休むよう勧められたが、本の続きが読みたかったこともあり、こうして一人通路を歩いている。


 ──そう言えば、最後に寝たのはいつだったっけ。


 ふとそんな思考に駆られた。

 以前の私は間違いなく人間だった。

 けれど、死神と契約してからは、どっちつかずの場所に立っていたように思う。


 人間の私と、死神の私。

 どちらも共存していた均衡が、徐々に崩れつつあることを理解した。


 役目を終えた扉は日に日に増えている。

 身体の感覚、能力の扱い方、便利な知識が詰まった扉など。

 与えられる力はどれも、人間の手には負えないものばかりだ。


 転幽からは空間を訪れる度に、特訓と称したスパルタ教育を受けている。

 心配そうに擦り寄る満月が可愛くて、大抵のことはどうって事ないように思えた。


 ただ、肝心の記憶だけは、未だぽっかりと空いたままで──。


「私って、いったい何なんだろう」


 零れ落ちた言葉が通路に響く。


「……睦月さん?」


 不思議そうに名前を呼ばれ、声の先に視線を向ける。

 スチームパンクを彷彿とさせるつなぎ服と、顔全体を覆うガスマスク。


 十字路でばったりと会ったナツメグは、こちらに気づくなりぺこりと頭を下げてきた。




 ◆ ◇ ◆ ◇




 【 あとがき 】


 美火とのいちゃこら編も差し込むか考えていましたが、進捗の関係によりスキップします。


 夏は更新も遅めになってしまうため、ストーリーを進めることに重点を置かせていただきました。

 時間ができたら、いずれ番外編として書くかもしれません。


 いつも物語を読んでくださり、本当にありがとうございます。


 

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