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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.54 本当の名前


 壁中を本に囲まれた部屋で、ページを捲る音が鳴っている。


 休息所には、慣れた様子で本を読む睦月の姿があった。

 夜空色の髪が横顔を隠し、髪の間から覗く三つ編みには、金のリボンが編み込まれている。


 後から部屋を訪れた常闇は、いつものように睦月の隣で本を読むかと思いきや、「珍しいですね」と口にしながら睦月の対面へと腰掛けた。


「何が珍しいの?」


「貴方がここに居ることが、ですよ」


「最近はよく来てたと思うけど」


 睦月は休息所をとても気に入っていた。

 欲求の薄い睦月が、自ら常闇に願うほどに。

 無表情で淡々と返事をする睦月に、常闇はゆるりと目を細めた。


()()に限定するならそうでしょうね。ですが、睦月はその本を読む時、いささか怪訝そうにするんですよ」


 どうやら常闇には、一見無にも思える睦月の微細な変化が分かるらしい。

 黙って常闇を見返していた睦月だが、次の瞬間──表情ががらりと色を変えた。


「流石だね。やはり君の目は誤魔化せないみたいだ」


 普段の睦月ではありえない、楽しそうな笑みが浮かぶ。


「新作なんですよ、それ」


「通りでね。一つ謎が解けたよ」


 正体がばれたため、演じる必要もなくなったらしい。

 本を閉じた転幽は、正面に座る常闇を見てにこりと微笑んでいる。


「こうして会うのはあの時以来かな。睦月に何度か身体を借りてた事を指摘されてね。だいぶ感覚も戻ってきたようだから、表に出るのは控えてたんだ」


死界(こちら)に居ることが増えたので、馴染むのも早いのでしょう」


「わたしに気づいたのは君と、睦月が名付けたあの子だけだよ。突然だったから、向こうは少しばかり驚かせてしまったけれど」


 思い出し笑いを溢すと、転幽は優しげな眼差しで本の背表紙を撫でた。


「睦月とかなり打ち解けたみたいだね。目的のためとは言え、いずれ来る別れが寂しくならないかい? 睦月は君が初めて──」


 何かを口にしかけた転幽だったが、常闇と視線が合うなり「愚問だったね」とゆるく首を振っている。

 全てを悟った顔で微笑む転幽は、手にしていた本を宙に浮かばせた。


 あるべき場所へ戻っていく本を見ながら、ここには居ない月のことを思い出す。


「昔から宝月(君たち)は一途だ。主を取り戻すためなら、何だってするのだろうね」


 咎める響きは露ほどもなく、柔らかい声色は甘やかすように優しい。

 これから常闇たちが行う何もかもを、自分は肯定しているのだと言うように。


 転幽が常闇に向ける態度には、格別の待遇が表われていた。


「心配せずとも、もうすぐ会えるよ。歯車は動き出した。あとはピースが揃うだけだ」


 まるで静と動のように、睦月と転幽は異なっている。

 けれど唯一、奥行(さき)が見えないという異常性だけは、とても似ているように思えた。


「そういえば、月の敬称が使えないから、今は常闇と呼ばせているんだったね。能力から取ったの? それとも──皮肉のつもりで付けたのかな」


「分かっていて聞くところも、睦月とそっくりですね」


 常闇の返しに瞬いた転幽は、これまで見せていたどの笑顔よりも美しく微笑んだ。


「相変わらず、わたしを喜ばせるのが上手いようだ」


 機嫌よく呟いた声は、日差しのように温かい。

 転幽は満足した様子で椅子から立ち上がると、扉に向かって歩き始めた。


「早く本当の名で呼んでもらえるといいね」


 常闇でもなく、新月でもなく。

 限られた者しか知らない名前を口にするのは、いつだって死神王(あるじ)が最初だった。


 扉の先に夜空が消える。


 見送る常闇の耳元で、紅い宝石がきらりと光を放っていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「えっ!? りり、リーネアさん、辞めちゃったんですか?」


「そーなんだよね。あたしもいきなり聞かされたから、詳しいことはまだ把握できてないんだけど」


 情報管理課を訪れたアルスは、共に試験を受けたリーネアが死局から去ったと知り、素っ頓狂な声を上げた。


「今後戻ってくることはないだろうし、リーネアがいなくなった分を他のやつらに振り分けないとでさ」


 忙しすぎて目が回りそうだと話すミントは、リーネアが辞めた事にあまり関心がないようだった。

 残念そうに眉を下げるアルスを、ミントは不思議そうに見ている。


「何でそんなに気にするわけ? たかが試験で会っただけの仲でしょ?」


「そっ、それは……そうなんですけど……」


 おろおろした様子のアルスを見て、「下位は抜け切らないのが多いからなぁ」と呟いたミントは、どこか浮かない顔で仕事をする一部の死神たちに視線を向けた。


 リーネアの同僚だった死神(かれら)は、リーネアの厄介さをよく知っていたはずだ。

 しかし、居なくなった途端、喉に小骨が刺さったような顔を隠せずにいる。


 ため息を吐いたミントは、アルスに向かって何かを差し出した。


「美火って死神に会ったらこれを渡してみて。多分、睦月さんに会わせてくれると思う」


「あ、ありがとうございます……! びっ、美火さん、ですね」


 カード状の物を受け取ると、アルスは大きく頭を下げている。

 急いで向かおうとするアルスに対し、ミントは「一つ忠告しておくけど」と声をかけた。


「リーネアのことは忘れた方がいいよ」


「……え?」


「あんたが睦月さんと居たいなら、尚更ね」


 驚いた表情のアルスをよそに、ミントは「そんじゃ」と手を振ると、情報管理課の奥にある専用部屋へと戻っていった。


 

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