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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
156/223

緩和休題 = ◆ 悪魔と契約者 ー 上 ◇ =


 注意『この話には、ホラー要素が混じっています』

 

 話の構成上、一部ホラーと受け取れる箇所があります。

 軽めではありますが、ホラーが苦手な方はご注意ください。


 サイドストーリーに当たるため、本編に影響はありません。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 どうせ嘘だと思っていた。


 それでも、淵を漂う哀れな人間には、他に方法が残されていなかったのだ。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 部屋の床に陣を彫りながら、糸世(いとせ)は母親のことを思い返していた。


「取り憑いた霊を、どうにかしたいのだろう?」


 悪魔の召喚などいかにも胡散臭い話だが、街中で偶然にも出会った男は、糸世の悩みをいとも簡単に当ててみせた。


 半年前、祖父の運転する車で出かけた母親は、祖父と共に二度と帰らぬ人となった。

 父親を早くに亡くしていた糸世にとって、その事実は天涯孤独を意味している。


 不幸中の幸いとでも言えばいいのか。

 祖父の知り合いである弁護士が、遺産の整理を手伝ってくれた。


 祖父の遺言により、家と当分の生活費を受け継いだ糸世は、広すぎる戸建てで一人暮らしを始めることになったのだ。

 最初の数ヶ月は良かった。


 慌ただしくも、時間は飛ぶように過ぎていく。

 高校を卒業したばかりという事もあり、糸世は感傷に浸る暇もない日々を過ごしていた。


 そんな糸世に暗雲が立ち込め出したのは、夏も盛りを終え、秋の匂いが漂い始めた頃だった。

 連日続く悪夢に、糸世は深夜のベッドで勢いよく飛び起きた。


 また同じ夢だ。

 死んだはずの母親が、糸世を呼びながら彷徨っている。

 初めは遠くでうろうろと歩きながら、か細い声で呼ぶ程度だった。


 しかし、日を追うごとに糸世との距離が近くなっているのだ。

 声もどんどん大きくなり、仕舞いには背後にぴたりと張り付いて、耳元で「…とせ、ぃとせ」と呼んでくる。


 気が狂いそうだった。

 死んだはずの母親が幽霊になって戻ってくるなど、いったい誰が考えようか。


 生前の母親は、糸世に優しかった。

 むしろ祖父の方が、母親にも自分にも冷たく当たっていたように思う。


 父親が亡くなってから世話になった恩はあるものの、糸世は祖父があまり好きではなかった。

 そして、そんな祖父は、母親を道連れにあの世へと旅立ってしまったのだ。


 母親はどうして、糸世に取り憑いたのか。

 理由も分からぬまま、糸世は必死に精神を保ち続けた。

 とにもかくにも、このままでは糸世の方がおかしくなってしまう。


 除霊に効果がありそうなことは、手当たり次第に試した。

 寺でお祓いを受けてみたりもした。

 しかし、母親の霊は変わらず、夜な夜な夢の中で糸世を呼び続けている。


「もうこれしか……」


 部屋に彫られた召喚陣へ血を垂らす。

 迷信だと思っていても、一縷の望みを捨てられない。

 悪魔を呼び出す陣に向かって、どうか神様と願うくらいには、糸世の精神も限界を迎えていた。


 滲んだ血が、陣に染み込んでいく。

 液体が隅々まで行き渡るも、悪魔が召喚される気配は感じられなかった。


 乾いた笑みが落ちる。

 糸世の心が絶望に染まりかけたその時、目の前の陣がいきなり発光し始めた。


 禍々しい光を放つ陣の中から、ナニカの手が出てくる。

 人に似た形をしているが、皮膚は炭のように真っ黒で、爪は鋭い刃のように尖っていた。


「……あ」


 言葉を失う糸世の前で、悪魔は姿を現そうとしている。

 頭が陣を抜け、もうすぐ顔らしきものが見えそうな最中だった。

 悪魔の頭を、誰かの足が踏んづけた。


「良い匂いがするから来てみたら、何だか面白そうな事をしているのね」


 部屋の中に、知らない女性がいる。

 突然のことに混乱した糸世は、愕然(がくぜん)とした表情のまま凍りついた。


 艶かしい足と、真っ赤な唇。

 カールした長い髪と豊かな肉体は、あまりにも美しいということを除けば、人間のそれと大差ないように思えた。


 もし、その女性が浮いてさえいなければ──。


「もうすぐ中級ってところかしら。ご馳走にありつけると喜んでいたようだけど、奇遇ね。私もこの人間のことが気に入ってしまったの」


 罪悪感など一ミリも持たない声で、女性は悪魔に話しかけている。

 容赦なく足蹴にされた悪魔は、抵抗も虚しく、徐々に陣の中へと押し戻されているようだ。


「そういう訳だから、あなたは帰りなさいな」


 ぐしゃり──という音と共に、陣の発光が薄れていく。

 弾けたトマトのように飛び散った黒は、けれど一滴の血も流すことはなく、そのまま陣に吸い込まれていった。


「ねえ坊や。さっきの悪魔の代わりに、私と契約するのはどうかしら?」


 呆然と座り込む糸世に声をかけた女性は、言葉を失う糸世の前で「聞こえてる?」と首を傾げてみせた。


「貴女はいったい……」


「あら、答えは既に分かっているはずよ?」


「……あくま、なんですか」


「そうよ。でも、さっきの奴と一緒にしないでちょうだいね」


 女性は床に降り立つと、部屋の片隅に置かれていたベッドに腰掛けている。


「悩んでいるのでしょう? 言っておくけど、私ほどの悪魔と契約できる機会なんて、この先絶対に訪れないわよ」


「契約するには対価が必要だと聞きました。その……貴女が凄い悪魔なら、対価も大きくなる可能性がありますよね?」


 名前が分からず言葉に詰まった糸世を見て、女性は真っ赤な唇を妖艶に吊り上げた。


「私のことはインヴィーとでも呼べばいいわ。どうせ現世の言葉だもの。勝手に置き換えられているはずよ」


「それはどういう……」


「聞こえた通りに呼べばいいってことよ」


 困惑した様子の糸世にさらりと答えたインヴィーは、腰掛けたベッドの上でゆったりと足を組み替えている。

 短いスカートから際どいラインがちらつき、糸世は思わず目を背けた。


「対価についてだけど、一番多いのは死後に魂を貰う契約ね。生きてるうちは自由に過ごせる代わりに、死後の魂で対価を支払ってもらう方法よ」


 願いの大きさによって細かく決めなければならない対価とは違い、魂は全てをこれ一つで賄うことができる。


「悪魔は位に関わらず、ほとんどが魂を要求しているわ。私が要求する対価も、もちろん坊やの魂よ」


 対価に位は関係ない。

 当の悪魔が魂を気に入った時点で、対価としては成立していると言っても過言ではないのだ。


 ただし、対価を魂にしないなら話は別だ。


「魂以外なら……何がありますか?」


「魂以外で願いを要求すれば、対価は高くつくわよ。いいの? あるかも分からない来世より、今の自分を大切にするべきだとは思わない?」


 糸世が呼び出した悪魔は、インヴィーが消してしまった。

 きっとこの先、どんな位の悪魔でも契約できる機会はやってこないだろう。


「まあでも、先に詳しい話を聞いておこうかしら。坊やが悪魔を呼び出してまで、叶えたい願いだもの。きっと大層な理由があるのでしょうね?」


 

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