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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.52 燕の真意


 燕の目が覚めたと連絡が届いたのは、閻魔の元から戻ってすぐのことだった。


「あ、睦月ちゃん!」


 こちらを見て嬉しそうに笑う燕は、ベッドの上で身体を起こしている。

 そのまま下りて来ようとするのを制し、近くに置かれていた椅子に腰掛けた。


「目が覚めて良かった。調子はどう?」


「全然平気! この後のチェックが終わったら、現世に戻れるんだって」


 明るい様子の燕に安心する。


 以前、紬が言っていた。

 自戒とは身体の中に直接電気を流すようなものだと。

 内側から焼け爛れていく痛みに耐えるのは、精神さえも消耗しかねない行為だ。


 現在(いま)の王が、自戒の印をどうして死神たちに刻ませたのか。

 少なくとも、強制的な統治よりもさらに残酷な目的があったのは確かだろう。

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 霜月の口から吐き出された赤と、まるで身体を蝕むように浮かび上がった印を──。


 激痛に耐える霜月に、私は何もしてあげることが出来なかった。

 薄れない記憶というのは、時として厄介なものだ。

 しかし同時に、罪の重さを忘れないでいられる。

 

「時雨なら先に戻ったよ。律っちゃんの手伝いがあるし、おれももう一人で大丈夫だから」


 燕の目が覚めるまで、時雨がずっと傍にいたことは知っていた。

 部屋に姿が見えず視線を彷徨わせた私に、燕が時雨の所在を教えてくれる。


「おれのせいで、律ちゃんが無理しすぎてないといいんだけど……」


「リブラもいるし、人手は問題ないって言ってたよ」


「そっか! 睦月ちゃんがいるから、しばらくこっちに残るって話してたもんね」


 一時的な滞在を繰り返していたリブラだが、今回は期間を決めずにいたことが功を奏したらしい。

 報告を終え燕を見舞った律とリブラは、時雨に付き添いを任せると、すぐに現世へ引き返していった。


 燕と時雨が抜けた穴をリブラが埋めていたため、特に問題が起こることはなかったようだ。

 別れ際に「睦月さん〜!」と叫ぶリブラの首根っこを掴んだ律は、「睦月ちゃんがアパートに来てくれたおかげね」なんて微笑みながら、潤んだ目のリブラを容赦なく引きずっていった。


「あのね、睦月ちゃん」


 落ち着いたトーンで声をかけられ、何かあったのかと燕の方を見つめる。

 

「前に、印の場所について話したの覚えてる?」


「覚えてるよ。悪魔と対峙した時の話だよね。燕は私の印の位置が気になってるみたいだった」

 

「うん。睦月ちゃんはどうして、その位置に印を入れたのかなって……」


 私の印は、ちょうど心臓の真上くらいにある。

 ここに決めた理由は、霜月と初めて出会った日。

 胸元のローブを掴む仕草を目にして、言葉にし難い感覚が走ったからだ。


 ここだと思うと同時に、拭いきれない違和感もあった。

 矛盾しているが、あの時の感覚を表すならこう例える以外にない。


「一番関心を持てた場所、だからかな」


 燕の瞳が揺れる。

 言葉にするか躊躇(ためら)っていた燕だが、やがて静かな声で話し始めた。


「死神の印は、途中から導入された規則(ルール)ってことは知ってるよね。王様が……便利になるよう取り入れた制度なんだって」


 便利、ね。

 硬い表情の燕に、現状の深刻さが伝わってくる。


 死界(ここ)では、発言一つであっても命取りになりかねない。

 普段は溌剌(はつらつ)としている燕でさえ、こういった話は慎重にならざるを得ないのだろう。


「印は全ての死神に刻まれるけど、一部の死神以外はほとんど使うことがない。だから、死界に住んでる死神の多くは、手の甲に入れるんだって律っちゃんが言ってた」


 印は常に見える訳ではなく、自らで起動するか、強制的に作動するかで視認できるようになる。

 本職や死局勤めでもない限り、印を使って何かをする機会もないのだろう。


 そう考えると、印は規則(ルール)を守らせるための手段であり、便利なツールのようにも思えてくる。

 しかし実際は、反乱分子を抑え込み、監視するための拘束具なのだ。


 アンブラやカウダたちと遭遇したことで、より確信が持てるようになった。

 印のない死神がいるのは、印がなくても成立するから。


 以前の死界に印が存在しなかったことを鑑みても、必要ないものを敢えて取り入れる理由は、都合が良いからに他ならない。

 

「でも、おれたちみたいな本職は印がないと不便だから、怪我を負いやすい位置には入れないようにしてる」


 その話については、私も上司から聞いたことがある。

 相槌を打つと、燕は不安げな表情を見せながらも話を続けていく。


「ただね、印の場所にはもう一つ意味があるんだ。死神は人間とは違うけど、五感や痛覚はあるし、形が似てる分、打撃を受けやすい位置もそれなりに似てる。だから、その……」


 燕の眉が(ひそ)められる。

 つっかえた言葉を押し出すように、手に力が込められた。


「急所に近い位置に印を刻むってことは、王様に忠実であるってことを意味するんだ」


 思考が冷えていくのを感じる。

 口を閉ざした私を見て、燕が慌てた様子で手を振った。


「おれは睦月ちゃんがそうじゃないって分かってるよ! でも、もし知らないなら、伝えておいた方がいいと思ったんだ。……余計なことしてごめんね」


 落ち込む燕の頭に手を乗せ、何度か往復させる。

 ぱちくりした目を向けてくる燕だったが、撫でられたと分かるなり、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「燕は、どうして私に優しくするの?」


 優しさには意味があるものだ。

 良くも悪くも、叶えたい願いや目的があってこそ、優しさは形を成すことができる。


 律は、燕が私に懐く理由を、家族になりたいからだと言っていた。

 全てを否定する訳ではない。

 燕が私に見せる態度は、どこか陽向を彷彿とさせる。


 中にはそんな感情も混じっているのだろう。

 けれど、最も大きさを占めている感情は、家族に向けるような愛でも、友に向けるような親しみでもない。


「それは……おれにとって睦月ちゃんが──」


「あ〜、来てたんですね睦月さん〜」


 間延びした声と共に、紬が壁を通って入室してくる。


「燕の目が覚めたって聞いて。突然で驚かせたよね」


「いえいえ〜。睦月さんならいつでも歓迎しますよ〜」


 明鷹の話によると、紬はあまり来客の長居を許さないらしい。

 威吹の見舞いに訪れた際、容赦なく追い出されたと明鷹が嘆いていた。


 あくまで患者ファーストな姿勢を貫く紬だが、一部の死神には態度が軟化することもある。

 何故か私もその一部に入っているため、紬は治療課が有する空間に、私が自由に出入りすることを容認していた。


「問題なさそうですね〜。もう出ても構いませんよ〜」


 紬は燕の身体に触れると、満足気に頷いている。

 喜びで腕を上げる燕を見て、自然と口元が緩んだ。


「またアパートでね」


 部屋から出ていく紬を横目に、私も椅子から立ち上がった。


「うん! またね睦月ちゃん!」


 またという言葉に満面の笑みを浮かべた燕は、まるで向日葵のような鮮やかさで、いつもと変わらぬ明るさを纏っていた。


 

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