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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.51 人間らしさの行く末


 地を流れる海には、数えきれないほどの魂が流れている。

 ふと、このまま流してしまうことも考えた。

 人間として終わりたいという魂の願いが、過分な要求だと思った訳ではない。


 ただ、クリスティーナの時ほど関心を持てない自分がいることに気がついたのだ。


「どうして精霊に仕えたくないの? 人間でありたいと言うけど、今のあなたは人ではなく、ただの魂でしかない。次に人として生まれる保証もなければ、さらに過酷な生を歩むことになるかもしれないよ」


 意地の悪い質問をしているのは分かっている。 

 だから精霊を選んだ方がいいと言うつもりもない。

 輪廻を外れてまで精霊に仕えたくないと話す彼女の思考に、少しだけ興味が湧いたのだ。


 ──適性がないからです。


 魂が発した答えに瞬く。

 黙って続きを促すと、魂は小さく揺れ動き、懸命に言葉を選びながら話し始めた。


 才能は磨けば光ると言いますが、どの人間にも向き不向きがあります。

 不向きなことを磨くより、向いていることを磨いた方がより早く輝けるものです。


 私はこうした違いを、各々に割り当てられた才能という数値が異なっているからだと考えてきました。

 元が高い数値に幾つを掛けても大きな伸び代を得られるように、逆もまた然りなのだと。


 適性も才能と同じように、持って生まれた数値というものがあります。

 ここに努力という掛け算をすることによって、値も相応に変化していくのです。


 しかし、もしこの値が0だったなら──?


 適性や才能は関係ないと話す人もいましたが、私はそうは思いません。

 頑張れば何でも出来ると言う人間は、真に挫折を味わったことのない人間です。


 魂の言葉に耳を傾ける。

 なかなか興味深い話だ。

 彼女の言う通り、一人で全てのことを出来る人間などいない。


 人間が互いに助け合うのは、足りない部分を補うためでもある。

 いつだって人は協力しながら、文化や社会を築き上げてきた。


 矛盾していて、完璧にはなれない。

 凸凹しているようで、時にはピタリとはまる。

 それぞれ異なる場所に欠けた部分を持つのが、人間という存在なのだ。


 神職の家系に生まれ、否応なしに家督を継ぎました。

 神との親和性が高いのを理由に、巫女として生きる以外の道が用意されていなかったのです。


 私とは違い、神に仕えたい人間は多くいたことでしょう。

 中には、人でなくなることで幸せを得られる者もいたのかもしれません。

 それでも……私には無理なのです。


 ──何故なら、私の信仰心はとうに0だからです。


 神に仕えられるのは、神を尊ぶ気持ちがあってこそ。

 ほんの一粒の感情さえ持てない私は、適正が無いも同然なのです。


 覚悟はできています。

 貴女様は神ですから、私の言葉が不敬だと怒りに触れても仕方がありません。


 けれどもし、私を哀れな人間……いえ、魂だと思ってくださるのなら。

 どうか慈悲を与えていただきたいのです。



 小刻みに揺れているのは、震えからだろう。

 恐ろしくとも、願わずにはいられない。

 それほどまでに、彼女の思いは強いようだった。


 現世で生まれ育ってきた私だが、未だ知らない感情が多くあるみたいだ。

 彼女を見ていると、同じ人間でもここまで違うものかと笑みが浮かんでくる。


「閻魔、この魂を他の世界に送ってほしい」


「睦月の言葉通りにしよう」


 迷うことなく了承した閻魔の前に、ぼんぼりが降りてくる。

 感謝の言葉を呟きながら震える魂を宥め、ぼんぼりの方にそっと押し出した。


「お別れだね。あれに乗っていけば大丈夫」


 何度かこちらを振り返っていた魂だが、やがてぼんぼりの中に吸い込まれていく。

 真っ暗な宙に浮かぶぼんぼりは、夜空を照らす一粒の星となり、そのまま暗闇の向こうへと消え去っていった。


 見送りを終えたことで、再び足元に目線を戻す。

 静かに海を眺める私の傍に寄ると、閻魔はゆるりと声をかけてきた。

 

「早逝した魂には綺麗なものが多い。あの魂であれば、異なる世界でもそれなりの生は送れそうだね」


「だといいけど。綺麗な魂が濁るのは勿体無いから」


 神の多くは綺麗なものを好む。

 しかしそれは、見た目に限った話ではない。

 死神が魂に触れる際、最も嫌悪するのは穢れ具合だ。


 どんなに外側が綺麗でも、内側が腐っていれば意味を成さない。

 閻魔が穢れた魂に罪を問うのは、物事の善悪よりも、その行いによって染み付いた汚れの根深さを知るためなのだ。


 まだ取り返しがつくのか。

 それとももう、手遅れなのか。

 神の施しは人間にとって通り雨のように気まぐれだが、その実、綺麗な場所にこそ多く降り注ぐ。


 けれど幸か不幸か。

 精霊たちにその法則は通用しない。

 死神や天使が魂の輝きを好むのに対し、精霊にとって最も重要なのは自らを認識できるかどうかだ。

 

 つまり、たとえこの先の生で魂の輝きが変わったとしても、認識できる特性が失われない限り、精霊から逃げることは至難の業に近いという訳である。


「他の世界にも、精霊はいるの?」


精霊(かれら)は星を拠点としているからね。その星を管理する神が許しさえすれば、どんな星にも棲まうことができる。人間のような生き物が存在する星には住み着いていることが多いから、たとえ世界を変えたとしても、最期には同じ道を歩むことになるのかもしれないね」


「そっか」


「気にかかるなら、精霊のいない星を選ぶこともできるよ。その分、環境は過酷になるけれど」


 精霊のいない星。

 今までの話から推測するに、管理する神が棲みつくことを許さなかった世界ということだ。

 それはそれで、どんな星なのか気になりはするのだが──。


「大丈夫。あとは、彼女自身に任せればいい」


 私が手を出すのはここまでだ。

 たとえどんな結果になろうと、ここから先は全て彼女が背負っていくしかない。

 

 けれど、もしいつか。

 (彼女)が次の生でも輝きを失わず、再びここを訪れることがあったならば。


 ──その時は、もう少しだけ手を貸してあげてもいいのかもしれない。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 閻魔とぼんぼりに腰掛け、煌めく海を見下ろす。


 魂の輝きに目を細めながら、ふと先ほどまでの自分が、閻魔に対し随分と砕けた話し方をしていたことに気がついた。

 ちらりと視線を向けてみるも、閻魔からは変わらぬ微笑みが返ってくるだけだ。


 気付いていて黙っているのか。

 それとも、閻魔にとっては気に留める程のことでもないのか。

 どちらにせよ、わざわざ口にする必要はないように思えた。


 穏やかな流れの中で、何気ない会話を交わす。

 私が帰るまでの間、閻魔は終始機嫌が良さそうに微笑んでいた。


 

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