ep.49 閻魔との再会
地を流れる魂の海を眺めながら、閻魔と会話を交わす。
特に何かをする訳でもなく、周囲にはゆったりとした空気が漂っていた。
閻魔は私の言葉に笑みを溢しながら、袖で口元を隠している。
のほほんとしているようで、閻魔の仕草は一つ一つがとても優美だ。
「死界には慣れたかい?」
「そうですね。前よりはずっと」
本音を言えば、今となっては現世に居るよりも心地良く感じるくらいだ。
「常闇とも仲良く過ごせているようだね」
「閻魔は、上司のことをとても気にかけているんですね」
「永い付き合いだからね。それに、今の死界に残っている月は常闇だけだ。自ずと思い出す機会も増えてくる」
いきなり禁句が聞こえたことで、思わず閻魔の方を向く。
そんな私を見て微笑んだ閻魔は、「心配せずとも大丈夫だよ」と優しく声をかけてきた。
「選別所は私の管理する領域だからね。仕組みが違えば、規則もまた違うものだ」
そういえば、前に上司から聞いたことがある。
選別所は死界の一部として含まれてはいるが、死神たちの暮らす空間とは大きく異なっているのだと。
「宝月とは親しいんですか?」
「旧友、という表現が近いのかもしれないね。同じ主から直接力を授かったという意味では、同類と表すこともできる」
「同じ主から直接……? もしかして、閻魔の位は──」
「最高位だよ」
やっぱり。
驚きより納得が勝っていく。
袖口で笑みを隠しながらも、閻魔からは終始楽しそうな雰囲気が溢れていた。
「ふふ。そうは言っても、私はここから出ることがないからね。位は形だけ持っているようなものだよ。私を除けば、死界における最高位は宝月しかいない」
「それって、今の王や側近はそうじゃないって意味ですか?」
「彼らに面と向かって会ったことはないから、何とも言えないね。ただ、ここへ来るための条件は、今も昔も変わっていない。私の認めたものだけが、中に入ることを許される」
死神たちが回収してきた魂は、ゲートを通して選別所に送られている。
つまり、選別所と直接関わらなくても済む仕組みが出来上がっているのだ。
上司に連れられ選別所を訪れた私には、ここに入れるということが何を意味するのか、いまいち分かっていなかったのかもしれない。
「そういえば、閻魔の敬称には月が付かないんですね」
宝月と同じ位にありながら、閻魔にだけ月が付いていないのは何故なのか。
私の問いかけに閻魔は少し思案する様子を見せたあと、人差し指をそっと唇に当てた。
「それはまだ秘密にしておこうかな」
ここで答えを焦らされるとは。
位を知った時よりも驚く私の姿に、閻魔の口元が柔らかく弧を描いていく。
「秘密にしておけば、睦月が私を思い出してくれる機会も増えるだろう?」
予想外の返しをくらい言葉に詰まる。
元より無理に聞くつもりもなかったが、あえて答えないことで価値を持たせてくるやり方は、流石としか言いようがない。
亀の甲より年の功。
なんて言葉が頭をよぎっていく。
「それにしても、ブレスレットに鍵の役割があったなんて」
左手首で灯るブレスレットは、かつて閻魔がくれた物だ。
星の海をそのまま模ったかのような輪と、繋ぎ目に飾られたぼんぼり。
閻魔が私を呼んでいると知り向かっていたが、道中で突然ブレスレットが光ったかと思うと、気づいた時にはここにいたという訳である。
「川が海へと流れ着くように、死界の各所には魂の道が通っている。流れの近くであれば、入り口を使わずとも選別所へ来ることができるよ」
ブレスレットには、鍵と転移の役割が与えられていたのだろう。
閻魔の許しがなければ入ることさえ不可能な場所に、ブレスレット一つで訪れることができる。
今になって、上司がかなり貴重な物だと話していた理由が分かった。
「初めから伝えておいてくれれば、もっと早く会いに来たのに」
「おや、睦月も拗ねることがあるんだね」
拗ねる……?
閻魔は笑みを浮かべると、辺りにほわほわとした空気を漂わせている。
開きかけた口を閉じる。
上司といい閻魔といい、こういった話では敵う気がしないのだ。
それに、死界に来てからの私は、今までに経験したことのない感情を色々と味わってきた。
この感情が「拗ねる」というものなのかは置いておくとして、閻魔と再び会えて嬉しいのも紛うことなき事実なのだ。
閻魔が私を気に入っている理由は分からない。
ただ、私への感情が親しみ以上の何かだということには、薄々勘付いていた。
「今度はもっと早く会いに来ます」
ブレスレットがあれば、選別所に寄れる機会も増えるはずだ。
面布で口元以外は隠れているものの、私には閻魔が心底嬉しそうに微笑んだのが視えた。
◆ ◆ ◇ ◇
「実は、今日呼んだのには訳があってね」
閻魔の手の上に現れた銀色の籠は、魂を保管しておくための物だ。
中には、ぽわぽわと輝きを放つ魂が入れられている。
「あの時の……」
出雲に魂の回収へ向かった際、海で会った訳ありの魂だ。
おそらく、転幽が閻魔の元に届けてくれていたのだろう。
「睦月ともう一度話したいと言うから、少しばかり流すのを先送りにしていたんだ」
そう話す割に、閻魔の視線は私にしか向けられていない。
多分、閻魔が魂を輪廻に組み込まなかったのは、会話を望む魂のためではない。
他ならぬ、私のためなのだろう。
「良かったです。その魂には、私もまだ聞きたいことがあったので」