ep.47 特訓
目の前で柱の一部が吹っ飛んだ。
明鷹が呆れた様子で眺める先には、不可解な表情をしたヴォルクが立っている。
特別警備課の面々は、柱に突き刺さったままの死神之大鎌を見て、虚無の顔つきをしていた。
遠巻きに見つめる隊員の中から、ひょっこりと見知った赤が覗く。
黄緑色の目を輝かせた威吹は、こちらに気づくと明るい笑顔で駆け寄ってきた。
「睦月さん! どうしてここに?」
「ヴォルクに死神之大鎌の扱い方を教えに来たんだ」
「あれじゃ使い物にならないからね。ヴォルクの希望もあって、睦月ちゃんにお願いすることに決めたってわけ」
興味津々で話を聞く威吹だったが、私の近くに立つ霜月を見つけると、嬉しそうに手を上げている。
警備課とは異なり、特別警備課は軍服を彷彿とさせる装いが特徴的だ。
新鮮な威吹の姿に、「似合ってるね」と声をかけた。
素直に喜ぶ威吹を見て、明鷹は何やら感慨深げな様子で頷いている。
「それにしても、少し目を離しただけでこれとはね。威吹、隊員たちの状況は?」
「怪我人はいないです。ただ、指導してる先輩が……」
威吹の視線の先には、死神之大鎌を引っこ抜こうとしているヴォルクと、げっそりした顔で控えている隊員がいた。
「いったん練習は中止! 各員、持ち場へ戻るように。ヴォルクはとりあえずこっちに来て」
それほど大きいわけではなかったが、明鷹の声はよく通った。
隊員たちは指示が届くなり、すぐさま動き始めている。
げっそりした顔の隊員は、解放されたと分かるや否や、神に祈るような表情でヴォルクの傍から離れていく。
ヴォルクは「あ」と声を漏らすと、死神之大鎌を消してから近寄ってきた。
「睦月さんだ」
「睦月さんだ、じゃないんだよ。ヴォルク、僕の言ったこと覚えてる?」
「あー、はい。……何でしたっけ?」
ため息を吐いた明鷹は、呆れを含んだ目でヴォルクを見ている。
「僕が戻るまでの間、指導役の言葉に従うよう話しておいたよね?」
「そーすっね」
「じゃあ、これはいったいどういうこと?」
隊長である明鷹に対し、ヴォルクはただの隊員だ。
厳しく叱責されてもおかしくない状況だが、ヴォルクに問いかける明鷹の態度は随分と優しいものだった。
まるで、幼児をたしなめる親のような声色。
明鷹からしてみれば、ヴォルクはまだまだ幼児の年齢に当たるのかもしれない。
とは言え、雛に餌を与えるような甲斐甲斐しさと、部下への寛容さを併せ持った明鷹は、普段のおちゃらけた様子とはかなり異なって見えた。
隊員たちが独り立ちし、巣から飛び立つ日まで。
明鷹には隊員を見守り、育てきる役目があるのだろう。
そして、そんな明鷹の姿を、威吹はじっと見つめている。
ふと思った。
いつか一人前になった部下に、明鷹が背中を預ける時が来るのだとしたら。
それはきっと、さほど遠い未来ではないのかもしれないと──。
◆ ◆ ◇ ◇
率直に言って、問題だらけだ。
サバイバルナイフを器用に使っていたとは思えないほど、死神之大鎌の扱い方が壊滅的に悪い。
「腕に力が入りすぎてる。柄はあまり握り締めず、手首をもう少しリラックスさせてみて」
「こうっすか」
「いや、それは緩めすぎ──」
手からすっぽ抜けた死神之大鎌が空を舞う。
刃が壁に激突する前に、霜月が凍らせて被害を抑えてくれた。
カチコチに凍った死神之大鎌を見て、ヴォルクが「おー」と感嘆の声を上げている。
どうやら、死神だからといって、必ずしも死神之大鎌に適性があるわけではないらしい。
いや、そもそもこの考えも、現世で過ごす中で自然と染みついた固定概念のようなものだ。
黒いローブに大きな鎌。
死界におけるローブは、本職の死神の通行証を意味している。
支給される武器は大鎌に統一されており、どうして死神がそんな姿で語られてきたか、これ以上は考えるまでもないだろう。
「ありがとう霜月」
「うん」
解凍した死神之大鎌を手渡してくれた霜月は、私の言葉にふわりと微笑んでいる。
心の栄養が補充された。
死神之大鎌をくるりと回し持ち替えると、打開策について思案する。
近くで様子を見ていた明鷹に、思い切って要望を口にしてみた。
「聞くよ。どんなこと?」
「ヴォルクと模擬戦をさせて欲しいんです」
「模擬戦?」
予想外だったのだろう。
明鷹は目を瞬くと、確認を込めて聞き返してくる。
口で言っても伝わらないなら、実際にやってみるしかない。
要は、習うより慣れろ作戦だ。
というような事を大まかに伝えると、初めは驚いていた明鷹も、「面白そうだね」と笑いながら許可を出してくれた。
ヴォルクに死神之大鎌を返すと、引き攣った表情で目を逸らしていく。
呼び出した死神之大鎌を構えた私を見て、ヴォルクは覚悟を決めた様子で視線を合わせてきた。
◆ ◇ ◆ ◇
【 おまけの設定まとめ 】
《 各課の制服 》
死局は課別に制服が存在している。
きっちり同じである必要はない。
現世では国によって形が違うように、死界では課の死神によってそれぞれ異なっている。
例 ↓
同じスチームパンク系でも、ミントはレトロな服装にゴーグル、ナツメグはつなぎ服にガスマスクをしている。
リーネアはロリータ風だったりと、あくまで「雰囲気」が統一されていればOKな模様。
《 制服の雰囲気 》
警備課 → 「警察」風
特別警備課 → 「軍隊」風
(完全に作者の趣味。軍服のかっこよさは異常だと思う)
情報管理課 → 「スチームパンク」風
(皆まで言わずともよい)
警備課と特別警備課は特殊なため、位が上がるまでは統一されたものを纏う。(本職の黒いローブのように)
高位になると独自の装備を持てるため、明鷹の外行きローブや制服の肩掛けのように、好きな装いが許される。
ただし、課に属するのであれば「雰囲気」は守らなければならない。