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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
148/223

ep.46 リーネア


「試験に落ちたそうだな」


「どっ、どうして紫花(しか)様が……」


 突然現れたロベリアに、リーネアは大きく肩を震わせた。

 最高位の死神は、名前を公に明かすことはない。

 何故なら、側近たちの名は全て、王が直々に付けたものだからだ。


 名は体を表す。

 与える存在によっては、受け取った側の資質が大きく変化することもあった。


 最高位が側近しか許されていないのは、王という存在に選ばれた死神が、他とは次元の違う場所に立ったことを意味しているからなのだ。

 王の側近である彼岸花。


 かつて宝月が月の種類で呼ばれていたように、彼岸花は花の色で呼ばれている。

 リーネアの言う紫花とは、ロベリアの敬称を表すものだった。


「紫花様、お願いです! 私はまだ何も……!」


「言い訳は必要ない。王は貴様を不要だとみなした。私にとってはそれが全てだ」


「そんな……。私が抜ければ、情報管理課での工作も難しくなるはずです。だからどうか……!」


「馬鹿にしているのか? 貴様一人が居なくなったところで、我々には何の問題もない。むしろ、早く捨てねば腐敗が進むだけだ」


 リーネアの弁明を鼻で笑ったロベリアは、そのままとある空間の中へとリーネアを放り込んだ。


「待ってください紫花様……! お願いです! 紫花様! しかさ──」


 空間が閉じたことで、リーネアの叫びも届かなくなる。

 静寂が訪れた場所に、カランと下駄の鳴る音がした。


「消滅の契約を結んでおけば、楽に終われたというのにのう」


 背後から現れたへデラは、哀れむような言葉を口にしている。

 死神はそう簡単に終われない。


 だからこそ、リーネアがどうなるかを察して哀れんだのだろう。

 しかし、その哀れみはまるで、通りすがりに踏み潰した蟻を見るかの如く、ちっぽけで儚い感情だった。


「些細なことだ」


「少なくとも、()()()()は綺麗さっぱり消滅できたであろう?」


「現世に向かわせると分かった時点で、最適な方法が契約だっただけだ」


「相変わらず効率主義じゃのう」


 扇子越しに笑んだ気配を漂わせ、へデラは面白そうにロベリアを見ている。


「王に忠誠を誓った時点で、全てを差し出しお仕えするのが部下の役目だからな」


「おかしなことを。名も知らぬものを部下とは呼ばぬ。それは部下ではなく、ただの駒じゃよ」


 嘲笑したへデラは、何もなくなった場所にちらりと視線を向けた。


 ロベリアの格好が騎士を彷彿とさせるのに対し、へデラが纏っているのは見るからに派手な着物である。

 側から見れば正反対に思える二人だが、へデラの態度はむしろ親しげなものだった。


緑花(りょくか)殿は部下も駒も多いからな」


「ほう。ならばお主は、先ほどの死神の名を知っておるのかえ?」


「……いや、知らないな」


「ほれみろ」


 おかしそうに笑い声を上げたへデラは、「早く戻るぞ」と背を向けるロベリアを見て扇子を閉じた。


 帰路を辿る二柱の死神にとって、踏み潰した蟻の顛末(てんまつ)など、既にどうでもいいことだった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 どうしてこうなったのか分からない。


 家族と婚約者が死んで少しした後、姉が自殺した。

 自業自得だと思った。

 好きな人を奪っておきながら、姉に味方した両親も。

 そんな姉を愛した彼も。


 みんなみんな、自業自得だと。

 錯乱した彼の母親が家に火をつけ、私を焼き殺すまで。

 やっと人生を取り戻せたと喜んでいた。


 燃え盛る炎の中、魂だけになっても泣き叫び続ける。

 天国にも地獄にも行きたくない。

 私の人生を返して。


 悲痛な思いが届いたのか、私の前に現れた死神が手を差し伸べてくれた。

 私を死神にしてくれると言った通り、リーネアという名も与えてくれた。


 報われたと思った。

 今までの辛さは全部、この時のためだったのだと。

 そうして私は、新たな生を歩み出した──はずだった。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「いやあああ! 出して! ここから出してください!」


 黒い水が揺れている。

 足首ほどまである水の中に投げ込まれ、リーネアの身体はびっしょりと濡れていた。


 徐々に服が湿っていくのが不快で、リーネアは反射的に立ち上がる。

 頬に飛んだ水を力任せに拭ったリーネアは、直後、どろりとした感触を受け視線を向けた。


 手首をつたい、黒い液体が流れ落ちていく。


「え……?」


 付着した水は数滴だ。

 それなら、この大量の水はいったい──。


「……い、いやああああ!?」


 変色した皮膚が溶け出し、崩れ落ちている。

 強引に擦った頬と手は、他よりも変色が進んでいた。

 ぼたぼたと流れ続けている液体は全て、自分の身体だったものだ。


 リーネアは狂ったように水を払うが、触れれば触れるほど侵食は速まっていく。

 死神は簡単に死なない。

 正確には、消滅という終わりしかないのだ。


 死神の終わりは王が決める。

 何故なら、死界の全ては王の物だからだ。

 リーネアが消えたところで、それが王の意思なら一滴の問題も起こり得ない。


 溶けていく身体を見ながら、リーネアの脳内には人だった頃の記憶が蘇っていた。


 両親から紹介された男を見て、一目惚れしたこと。

 しかし男は、姉にしか興味がなかったこと。

 徐々に姉も、男に惹かれていったこと。


 ──私の方が先に好きになったのに!


 そんなリーネアの思いをよそに、両親は二人をお似合いだと祝福した。

 必死に訴えかけるリーネアに、両親は他の人を紹介するからと宥めるばかりで。


 男はリーネアに見向きもしない。

 両親は、好きな人を奪った姉ばかりを応援する。

 何もかもが限界だった。


 両親と男が親睦を深めるため出かけた日、リーネアは庭に工具を埋めていた。

 ちょっとした仕返しをしようと、馬車の車輪を緩めておいたのだ。


 証拠を隠すと、リーネアは何食わぬ顔で姉と共に家族の帰りを待った。

 戻ってきたのは、亡骸だけだった。


 私のせいじゃない。

 みんなの運が悪かっただけ。

 そう自分に言い聞かせたリーネアは、泣き叫ぶ姉の様子を見て、むしろ心が晴れるような気持ちになっていた。


 報いを受けたのだと感じ、自然と笑みが浮かんでくる。

 姉が自殺した後は、リーネアが屋敷の主人となった。

 しかし喜びも束の間、リーネアの元に、姉の婚約者だった男の母親が訪ねてきた。


「あんたのせいで!」


 憎しみに染まった顔で(わめ)く母親は、いきなり屋敷に火を放ち始めたのだ。

 燃え盛る炎の中で、リーネアは世界を呪う言葉を吐いた。

 そして、自分を拾い上げてくれた神に、忠誠を誓った。


 ──結局、最後まで彼は私の方を見てもくれなかった。


 何もかもが分からない。

 それでも、一つだけ(わか)ったことは、リーネアは手を取る相手を間違えたということだ。


 どんなにリーネアを叱ろうとも、家族は決してリーネアの手を離さなかった。

 友達が一人もできないリーネアのために、姉は自分の友人よりも、リーネアを優先して傍にいてくれた。


 リーネアの頭を撫でた父の温もりも、泣きながら頬を叩いた母の愛情も。

 リーネアは全てを拒否し、受け取らなかった。


 もう二度と繋がれることはない。

 リーネアが手を──離してしまったから。


 形を保てない身体は、徐々に黒い水の中へと沈んでいく。

 死神として生きることも、人として生まれ変わることもできない。


 最後に思うのは、家族(かれら)の次の人生が、幸せなものになるよう願うことだけ。

 遅すぎた(おも)いは、誰に伝わることもなく。


 リーネアの身体は、黒い水の中に溶け込んでいった。




 ◆ ◇ ◆ ◇




【 あとがき 】


 一人称の良い部分に、感情移入のしやすさ。

 心の内を読めることで、視点主の持つ考えや記憶を覗き見れる……というものがあります。


 ただし、三人称と違うのは、そこに書かれた答えが必ずしも正解とは限らないという点です。

 リーネアは人の面を多く残している死神ですが、人というのは時として、自らに都合のいいように話を歪曲します。


 何が真実で、何が本当か。

 捻れているのか、そう思い込んでいるのか。

 違う視点から見れば、事実がすり替わることだってあるかもしれません。


 一人称と三人称を混ぜて書くのは少し手間もかかりますが、こうした仕掛けを潜ませておける楽しさもあります。

 小説ならではの面白さを、ほんのちょびっとでも伝えられたら嬉しいなと思う毎日です。


 

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