ep.45 運命の擬態
「ヴォルクですか?」
私とヴォルクの関係性は、相談を受けるほど深くないはずだ。
どうして私が選ばれたのか、理由が思いつかない。
能力が解除されたことで、凍っていたテーブルが元に戻っていく。
珈琲も液体に戻っていたが、保温状態が解除されていたため、美火に渡して温め直してもらった。
火の能力でカップ越しに沸騰させてくれる美火を見ながら、霜月と美火がいればいつでも冷温完備なのでは?
なんて考えが浮かんでくる。
「睦月ちゃん、恐ろしい子……!」
こちらの様子を観察していた明鷹が、いきなり口元に手をかざすと、大袈裟なポーズで驚きを露わにした。
シルフィーは私と美火を見比べ、ぎょっとした顔で硬まっている。
湯気の立つカップを受け取り、内心で首を傾げていると、霜月に「明鷹は頭がおかしいから気にしなくていい」と声をかけられた。
美火も間違いないと言うように頷いている。
それならそうかと納得し、温かい珈琲を口に運んだ。
「えーっと、ヴォルクのことだったよね」
美火の冷たい視線で正気に戻ったのか、明鷹は用件があったことを思い出したらしい。
こほんと一つ咳をすると、こうなった経緯について語っていく。
「特別警備課は仕事柄、戦闘になることも多くてね。位が下二位以上になると、死神之大鎌が支給されるようになるんだ。一応ヴォルクも試験に合格したから、今回支給が決定した訳なんだけど……」
「あのお馬鹿さんってば、死神之大鎌の扱いが壊滅的に下手なのよ!」
明鷹の言葉へ被せるように、シルフィーが怒りの声を上げた。
「念願の武器を手に入れて嬉しいのは分かるけれど、いざ使い始めたら辺りの壁や備品を壊しまくり! 挙げ句の果てには、手から引っこ抜けた死神之大鎌が、他の隊員の顔面スレスレに突き刺さる始末よ。このままでは事故が起きるわ!」
「もうかなり事故ってるんだけどねぇ」
明鷹とシルフィーの様子を見る限り、ヴォルクはすでに色々とやらかしているようだ。
「建造物は自動修復がかかるからまだ良いんだけど、他の隊員が怪我を負うのは困るからね。武器の形態を変えるには神性力が足りてないし、何よりあれは一時的なものだ。専用の武器なんて、持てる日が来るのかも分からない」
やれやれと息を吐いた明鷹は、悩みの種をどうにか解決したいらしい。
本業の死神にとって、死神之大鎌が扱えることは必須条件となっている。
つまり、ある程度使いこなせなければ、そもそも本職にはなれないということだ。
中には私のような例外もいるが、結果的に扱えているため問題視されていないのだろう。
本業が外勤だとしたら、死局の死神は内勤のようなもの。
一部の課も死神之大鎌を支給されることは知っていたが、まさかこんな悩みを相談されるとは。
「睦月は死神之大鎌の扱いがとても上手だと聞いたわ。だからあのお馬鹿さんに、正しい使い方を教えてあげて欲しいのよ」
うるりとした目で、シルフィーが手を握ってくる。
この際、特別警備課に行くのは構わない。
威吹が退院したと連絡をくれたため、一度会っておこうと思っていたところだ。
問題は、教えるのが私という点である。
他の死神に頼んだ方が良い気もするのだが、明鷹たちはどうしても私に依頼したいらしい。
答えに迷っていると、明鷹が駄目押しとばかりに手を合わせてくる。
「ヴォルクも睦月ちゃんがいいって言ってたし、お願いできないかな? もちろん、お礼はさせてもらうよ」
「お願い睦月……!」
シルフィーからうるうるした目で見つめられ続け、何だか断るのが可哀想に思えてきた。
ヴォルクが私を指名したなら、多少の至らなさには目を瞑ってもらえるだろう。
「分かりました。やれるだけやってみます」
表情を明るくさせたシルフィーは、喜びで私をぎゅっと抱きしめてきた。
「助かるよ。それじゃあ、さっそくいいかな?」
そう言って笑う明鷹の顔には、計画通りという文字が透けて見える。
明鷹の首元にふわりと腕を回したシルフィーは、「早く行きましょう」とはしゃいでいた。
また戻ってくるからと美火の頭を撫で、「一緒に行く」と話す霜月の手を取った。
明鷹が「猛獣使いってこんな感じなのかな……」なんて呟くのを耳にしながら、私は特別警備課に向かう道を進んでいった。
◆ ◆ ◇ ◇
「よろしいのですか?」
無花果の言葉に、王はゆったりと顔を上げる。
「確かに不出来ではありますが、まだ使える駒です。どうせ消すのなら、別の使い道でという手もありますが」
「いや、もう必要ない。これ以上は、私たちにとっても毒にしかならないだろうからね」
「御心のままに」
礼を取る無花果の傍で、へデラも同じく頭を垂れている。
少し離れた場所に立っていたロベリアは、王の意図を理解し身を翻すと、そのまま何処かに向かって歩いていった。
◆ ◆ ◆ ◇
候補生として連れてこられてから、死神としての規則を沢山学んだ。
ここには誰もいない。
姉ばかりを大切にする父も。
姉ばかりを贔屓する母も。
姉を愛した彼も……もういない。
両親と姉の婚約者が悲惨な死を迎えた時、思わず笑ってしまったのを覚えている。
何もかも滑稽だった。
泣き叫ぶ姉の姿も、棺に入れられ、冷たい土の下に埋められていく両親や彼の骸も。
先に好きになったのは私のはずなのに、彼も両親も姉が幸せになることを選んだ。
許せなかった。
後に生まれたというだけで、私は思い人を姉に奪われたのだ。
でも、そんな私を神は見捨てなかった。
死神は美しさで選ばれたのではないかと思うほど、死界には桁違いの美貌を持つ存在が多くいた。
姉の婚約者など比較にもならない。
ここで私は、私だけのパートナーを見つけるのだ。
考えるだけで心が弾むようだった。
そして出会った。
一瞬で目を奪われる容姿と、一線を画す雰囲気。
霜月を初めて見た時、運命だと思った。
本職を希望していると知ってからは、すぐに行動を開始した。
新人の死神にはパートナー制度がある。
私を連れてきてくれた死神に連絡を入れ、彼のパートナーになりたいと伝えた。
そのつもりだと書かれたメッセージを読んだ日は、歓喜のあまり震えが止まらなかった。
しかし喜びも束の間、歓喜は絶望へと転落した。
死局に勤めることが決まった私は、情報管理課へと配属された。
沢山の情報が手に入る課で、私は知ってしまったのだ。
彼が既に名前を与えられたこと。
そして、彼の上司が選んだ新人と、パートナーを組んだという事実を。