ep.44 階位の仕組み
昇格試験が終わって数時間ほど経つ。
霜月たちの元に戻ってきた私は、美火が淹れてくれた珈琲を飲みながら、茶菓子を口に運んでいた。
食事を必要としない死神にとって、こうした行為は娯楽目的に当たる。
食べた物が活動エネルギーに変換されることはない代わりに、カロリーとして吸収されることもない。
しかし五感はあるため、味や香りなどはしっかりと感じられるのだ。
美火のお菓子をつい食べ過ぎてしまう私としては、この仕組みがむしろ免罪符のようになっていた。
「結果、届いたみたい。合格だって」
昇格試験の合否について記載されたメッセージには、合格という文字が書かれていた。
「おめでとう」
隣に寄り添っていた霜月が、表情を柔らかく緩める。
美火は満足そうな顔で、「当然の結果ですね」と頷いていた。
「ただ、階位のところに中特位って書いてあるんだけど、もしかして手違いだったりする?」
「手違いなんてあり得ません。優秀な死神が位を幾つか飛ばして合格する事例は、たまにですが起こっています」
美火の視線が霜月の方を向く。
つまり、私は今回の試験で、飛び級のようなものをしたということだろうか。
念のため、階位については前もって調べておいた。
データベースで検索をかけ、各位の名称と、私の次の位が下二位になるという程度の知識は持っている。
しかし、実際に届いた位は中特位。
そもそも、データベースで見られるのは基礎的な情報であり、位によって閲覧範囲も制限されている。
足りない情報を埋めるのに手っ取り早い方法は、有識者に聞くことだ。
そして今、私の隣にはとても優秀な死神がいるわけで──。
「新人の死神は一部の例外を除き、まずは下三位から始まることになる。位は上から最高位・高位・上位・中位・下位で、そこに属する死神の数はピラミッド型だ。頂点にあるのは至高だけど、該当するのは王のみだから位は付かない」
目線だけで意図を正確に読み取った霜月が、階位について詳しい説明をしてくれる。
ここまでは私もデータベースから取り入れていた情報だ。
既存の情報と照らし合わせながら、続きに耳を傾ける。
「最高位は王の側近だけが手にできる位だ。その下の高位に、優れた死神たちが連なっていく。高位を分けると一位から三位までで、これは上位以下も同じだ。ただ、上位から下位には、特位という位が別に存在する」
私の位にも、その特位という文字が記されていた。
近くで聞いていた美火だが、特位に話が移ったことで、そう言えばというような表情に変わる。
「特位は、上中下それぞれの位の一番上に該当します。同じ位でも一線を画していて、次の位に限りなく近い死神や、ある分野で見た時、飛び抜けて優秀な力を持つ死神などに与えられる、例外的な位のことです。睦月さんが今回与えられた中特位は、紬と同じ位に当たります」
以前、霜月は紬のことを、死神としては中位だが、治療関係ではかなり凄い死神だと話していた。
紬が中特位にいるのは納得だ。
「霜月と美火の位はいくつなの?」
「今は上三位になってる」
「わたしは上一位です」
「二人とも凄いね」
個々の癖が強すぎて、時折忘れそうになるが。
そうだった。
私の周り、優秀な死神しかいないんだった。
霜月が上三位ということは、間違いなく飛び級をしている。
褒められたことで嬉しそうに頬を染める霜月と、照れて赤くなる美火を見ながら、私は保温されたままのカップに口をつけた。
突然、美火の表情が色を失くす。
入り口の方に目を向けた美火からは、刺々しいまでの不機嫌さが感じられた。
「おっ邪魔〜!」
「とても邪魔なので、今すぐ帰ってください」
「やだなぁ美火ちゃん。ただの挨拶だよ、挨拶」
美火は苛ついた様子で視線を逸らしている。
「睦月ちゃん、試験合格したんだって? おめでとう」
「ありがとうございます」
明鷹から祝われ素直にお礼を返すと、明鷹はにこにこと笑いながら、「あとさ」と続けて話しかけてくる。
「霜月との距離、さらに近くなってない?」
「そうですかね?」
全く気がつかなかった。
隣に座るのはいつものことだったし、体温のない身体は馴染みもいい。
明鷹に言われて、自然とくっついていたことを認識した。
美火が羨ましそうにこちらを見ていたので、「仕事が終わったら隣においで」と声をかけると、華やいだ雰囲気で機嫌が復活していた。
「それで、何かご用ですか? 上司はしばらく不在ですけど」
「あー、それがさ……」
「睦月にお願いがあって来たのよ」
外装が剥がれ落ちるように姿を変える。
ひらひらとワンピースを舞わせながら現れたシルフィーは、私と目が合うなり興奮気味に捲し立ててきた。
「あのね睦月! 私と一緒に、特別警備課へ来て欲しいの!」
テーブルの上が一瞬で凍った。
試しにカップを逆さまにしてみたが、珈琲は一滴も落ちてこない。
「こらシルフィー。誤解を招く言い方は駄目だよ」
「だって……」
むくれるシルフィーを宥めながら、明鷹が「悪かったね」と謝ってくる。
「ヴォルクのことで、ちょっと相談があってさ」