ep.43 審査員
「今回の試験は予想外の連続でしたわ。まさかあの死神が、樹莉の結界を破るなんて」
「経理課のアルスですね! 見た感じ、能力は『貫通』で間違いないと思います」
「どんだけ障害物があろうと、先におる対象を狙える能力か。うちもサポートに欲しいくらいやで」
昇格試験の終了に伴い、審査員の死神たちは白熱した議論を繰り広げていた。
事前に聞いていた情報とは異なり、中にはアルスの優秀さに驚きを隠せない死神もいるようだ。
「満遍なく張られる結界とは違うて、銃弾に込められた能力は凝縮されとる。そうは言うても、位を考えれば充分過ぎる実力やと思うけどな」
「でしたら、これで決まりですわね」
「はい! アルスの結果については、こちらで連絡しておきます」
三人の意見が一致した事で、アルスの合否から先に送られていく。
性格も装いも様々な審査員たちだが、今回の試験には誰もが満足しているようだった。
口を開くと鋭い犬歯が見える男──鴉鷺は、細く吊り上がった目と、少しやんちゃそうな雰囲気を纏っている。
鴉鷺の言葉に微笑む女は心音といい、上品で洗練された所作が美しい死神だ。
外見は20代後半ほどの二人に対し、三人目の審査員であるシュエンは幼い容姿をしていた。
丸みを帯びた頬とあどけない顔立ちが可愛らしく、明るい声で賛同を口にしている。
「それにしても、経理課の課長が推薦されていただけありましたわ」
「下位の死神には未熟な者も多いからな。退屈ばっかの試験かと思いきや、ごっつ楽しめる時もある。今回の昇格試験はほんま最高やったわ。あいつも今頃喜んどるやろ」
「でも、心配はされていたと思いますよ。受験者が属する課の死神は、審査員になれない決まりですから」
鴉鷺とシュエンの会話を楽しげに聞いていた心音は、ふと思い至った様子で視線を上げた。
「そう言えば、警備課と境界管理課が揃うのは久しぶりではないかしら」
「本当ですね! 境界管理課は比較的自由が効く方ですが、警備課は忙しいと聞いてます」
「いや、そうでもないで。最近は外より中の方が賑やかや。特別警備課はさておき、警備課は割と落ち着いてんで」
どうやら鴉鷺は警備課、シュエンは境界管理課に所属する死神のようだ。
心音は悩ましげに眉を下げると、自身の所属する課について話している。
「それを言うなら人事課こそですわ。今となっては、ほとんど機能していませんもの」
「どこの課も部長が幽霊状態やからな。上も必要な枠だけ押さえておきたいんやろ。だから試験の審査にも、僕らみたいな課長が動くはめになっとる」
愚痴を言い合う心音と鴉鷺を見て、段々とシュエンの表情が曇っていく。
「ここでそういう話は止めませんか? 何があるか分かりませんし……」
「そうね。ごめんなさい」
すぐに謝罪の言葉を述べた心音だが、穏やかな声色の中に僅かな寂しさが感じられる。
そんな心音の様子に、シュエンも申し訳なさそうに俯いてしまった。
「あー、やめやめ! まだ他の受験者が残っとるやろ。早よ決めな樹莉が急かしに来んで。シュエン、次はどないする?」
仕切り直しだと声を上げた鴉鷺は、シュエンに次の受験者を選ぶよう伝えている。
「そうですね。なら、ヴォルクにします」
「ヴォルクか。こいつに関して言うなら、可もなく不可もなくっちゅうとこやないか?」
「ですが、咄嗟の判断には目を見張る物がありましたわ」
「それはわたしも同意します!」
心音とシュエンの意見が一致したことで、鴉鷺は「二人がそない言うなら決まりやな」と口角を上げた。
「ほな、通常通りでええか?」
「もちろんよ」
「大丈夫です!」
思いの外するりと決まったヴォルクだったが、次の受験者に変わった途端、鴉鷺たちは複雑な表情で沈黙している。
新人でありながら規格外の力を持ち、今回の試験で圧倒的な格の差を見せつけた死神。
通常、新人の位は一番下の下三位に含まれる。
例の死神が直接スカウトして連れてきた存在ではあるものの、睦月は候補生と同じ下三位からのスタートだった。
事前の情報もなく、謎に包まれていた死神だが、今回の試験で分かったこともある。
──明らかに、下位に置いておける存在ではない、と。
「どないするのがええと思う?」
「答えは一つしかないと思います」
「私も、それしかないと思うわ」
全員の考えていることが同じだと分かり、鴉鷺は大きくため息を吐いた。
「まったく、最近の若者はどないなっとんねん」
「あらやだ。それは年寄りの台詞よ、鴉鷺」
「間違いではないですけどね」
「失礼やで二人とも。僕はまだぴちぴちや」
心音とシュエンをじと目で見る鴉鷺だったが、元が糸目のためあまり変わっていない。
鴉鷺の視線を全く気にせず、シュエンは黙々と結果を記載していた。
ヴォルクに続き、睦月の合否も送られていく。
この選択の結果がどうであれ、審査員は正当な評価を下すしかない。
たとえ上の意に反していても。
──または、その逆であっても。
「生き残れるとええな」
「上に行くほど、化け物ばかりですものね」
「化け物じゃなくて神ですよ。……そんなに違いはありませんけど」
いや、大アリやろ!
なんてツッコミを予想したシュエンだったが、鴉鷺は何も言ってこなかった。
代わりに、最後の受験者を指して「早よ決めよか」と急かしてくる。
心音が真剣な表情で思案する中、シュエンは悩むことなく答えを口にした。
リーネアの結果は、それから程なくして送られることとなった。
◆ ◇ ◆ ◇
【 あとがき 】
関西弁(風)のキャラについてですが、友人の話し方を参考にしています。
地域によって違うらしく、大阪や京都などが色々と混じっているかもしれません。
なんか関西弁……っぽい言葉遣いやな。
くらいに捉えていただけたらありがたいです。
ちなみに、作者は関西弁ならではの話し方や、発音の仕方が好きだったりします。
言葉がつるんっとしている感じが可愛くて、流れるようなリズムがお気に入りです。