ep.41 決着 ー Ⅰ / Ⅱ
凄い人だ。
見ているだけで、自然と付いて行きたくなる。
睦月の背中を眺めながら、アルスはきらきらした視線を向けていた。
あの時、信じてくれるかと聞いたアルスに、睦月は信じると答えてくれた。
それなのに、アルスは睦月のことを信じ切れていなかった。
思い出すだけで悔やまれる出来事だが、睦月は些細なことだと気にも留めていない。
能力だけでなく器も規格外なのかと、感動したアルスの目がさらに輝きを増していく。
死神の性格は、神性の高さにも左右されている。
神性が高くなるほど、神に近しい思考になっていくのに対し、神性が未熟であるほど、生前の記憶や感性に引っ張られやすくなるのだ。
今までのアルスは、その最たる例だった。
「行けそう?」
「はい……!」
元の場所に戻るため、睦月が死神之大鎌を手に取っている。
決着をつけに行くのだと分かり、アルスはゆっくりと息を吐き出した。
いつもは雑念でうるさい脳内も、今は驚くほど凪いでいる。
スナイパーライフルを手に取ると、アルスは睦月に向かって真っ直ぐに歩を進めていった。
◆ ◆ ◇ ◇
突然アルスの反応がなくなったことで、リーネアは苛立ちを抑え切れず、糸を乱暴に引いている。
辺りの木が手当たり次第に倒されていくのを見ながら、ヴォルクはどうしたもんかとため息を吐いた。
包囲しても抜け出され、端まで追い詰めても逃げられる。
これでは埒が明かない。
むしろ、消耗が大きいのは圧倒的にヴォルクたちの方だった。
ヴォルクのカウンターは既に3を刻み、現在は警告文に変化している。
リーネアはまだ能力が使えるが、それもあと一回だ。
おそらく、睦月は攻撃への対処と、アルスの位置に繋いだ亜空間の使用で、カウントは2と予想するのが合理的だろう。
アルスに関しては、包囲網を崩したあの攻撃しか見ていない。
──打開策が思いつかねー。
元より、ヴォルクたちが勝つためにはアルスを探し出し、襷を破壊する以外になかった。
睦月を倒すのは不可能に近い。
それなら、足留めしている内に終わらせてしまおう。
なんて作戦を立てたはいいものの、ことごとく破られてしまったという訳だ。
ほぼ詰みに近い状況だが、ヴォルクに諦めるという選択肢はない。
たとえ能力が使えなくとも、武器と身体が残っているのだ。
最後まで足掻いてやる。
そう決意したヴォルクが、サバイバルナイフを握り直した時だった。
いきなり空間が裂けたかと思うと、鋭い斬撃がヴォルクに向かって襲いかかってきた。
反射的に身体を逸らし、バク転をしながら距離を取る。
リーネアに退がるよう伝えると、ヴォルクはサバイバルナイフを構え直した。
片手で器用に死神之大鎌を扱う睦月を見て、ヴォルクの表情が険しくなっていく。
霧に身を隠そうとするも、睦月はまるで見えているかのような攻撃を放ってきた。
立て直すことも出来ないまま、ヴォルクたちは空間の端に向かってじりじりと追い詰められていく。
すんでの所で攻撃を受け止めたヴォルクは、リーネアがそれ以上退がらないのを見て、すぐに事態を察したようだった。
もし死神が汗をかくのなら、今頃ヴォルクの手は冷や汗で湿っていただろう。
後がない状況に焦るヴォルクを見て、リーネアの焦りも徐々に増していく。
出来損ないと舐めていた死神の実力を目の当たりにして、リーネアはぐちゃぐちゃの感情を抑え込もうと、手の甲に思い切り爪を突き立てた。
「リーネア! 能力を使え!」
これ以上は持たないと判断したヴォルクが、リーネアに向かって叫んだ。
せめて隙を作ろうと、ヴォルクはサバイバルナイフを振りかざしている。
ナイフが手を離れる間際。
──飛んできた銃弾が、ヴォルクの腕を撃ち抜いた。
何処から狙われたのか把握できない。
辺りには木が多く残っている上、霧も漂っている。
障害物の多いこの場所で、いったいどうやって当てたというのか。
「……クソいてー」
ぼたぼたと流れ落ちる赤は、土に吸われる前に変色し、黒い霧となって消えていく。
だらりと垂れた右腕を押さえながら、ヴォルクは地面に膝をついた。
近くにはサバイバルナイフが落ちている。
撃たれた反動で、手から抜け落ちたのだろう。
ヴォルクという壁がなくなり、動揺したリーネアの行動がわずかに遅れた。
赤い襷に刃が迫る。
間一髪で最後の能力を使ったリーネアは、糸を硬化させ攻撃を防いだ。
しかし、いくつかの糸は切断され、衝撃で手が痺れていた。