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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
141/223

ep.39 銃弾と追憶


 このまま糸で拘束するつもりだろうか。

 いや、あの様子だと細切れにでもしてきそうな勢いだ。

 さすがに試験で下手な行動はしないと思いたいが、リーネアが霜月に向ける感情はだいぶ重さを増している。


 ここで私を殺せるなら殺しておきたい、くらいは考えていそうだ。


 死神は死なない。

 というより、あるのは消滅という終わりだけである。

 それなら、もし私が殺された時は死か消滅──いったいどちらになるのだろうか。


 まあ、死ぬつもりも負けるつもりも全くないのだが。


 リーネアは動かない私を見て、そのまま糸の範囲をさらに狭めてくる。

 しかし突然、網のように被さっていた糸の一部が吹き飛んだ。


「なっ!?」


 驚くヴォルクをよそに、リーネアは顔を歪めながら、糸を修復しようと急いでいる。

 緩んだ包囲網から抜け出そうとする私を見て、ヴォルクはここで逃がすわけにはいかないと判断したのだろう。


 とっさにコピーしたナイフを投げ入れてきた。

 糸と糸の隙間を()(くぐ)り、大量のナイフが降ってくる。


 いくら緩んだとはいえ、周りはまだ糸が囲んでいる状態だ。

 これでは回避も難しいだろう。

 やりすぎたかと焦るヴォルクが見える中、リーネアはどこか満足げだ。


 このままサボテンのようになるのがお望みのようだが、色々と痛そうなので却下である。

 亜空間を開き、降ってくるサバイバルナイフを一つ残らず収納した。


 逃げる場所がないなら、作ってしまえばいい。

 唖然(あぜん)とするヴォルクを横目に捉えながら、修復し切れていない糸の隙間から外へと抜け出た。


「……それずりー」


「なんかごめんね」


「えー、うん。いいけど」


 良いんだ。

 いや、駄目って言われても困るけど。

 囲んでいた糸が不要になったことで、リーネアは不機嫌そうに糸を回収している。


 それにしても、先ほどの攻撃は見事だった。

 リーネアからしてみれば、さぞ驚いたことだろう。

 糸に触れても軟化せず、威力も失わない銃弾が飛んできたのだから。


 ただし、驚いたのはリーネアだけじゃない。

 アルスにとっても、リーネアが姿を現したのは予想外だったはず。


 だから私を助けようとして、ヴォルクではなくリーネアを撃ったのだろう。


「……これで勝ったとか思わないことですね」


 リーネアから声をかけられ、視線を向ける。

 嫉妬と敵意に燃える瞳だが、理性は失われていない。

 言葉通り、他にも策を用意してあるのだろう。


 突然、リーネアが何かに気づいたような反応をした。

 それと同時に、ヴォルクもリーネアの方を振り返っている。


「いたのか?」


「はい。今……下ろそうとしているところです」


 遠くで木の倒れる音がした。

 まるでドミノ倒しのように鳴っている音は、次から次へと木を移っていく対象を追っているのだろう。


「今更行っても遅せーと思うよ」


 音の元へ向かおうとする私に、ヴォルクが話しかけてくる。


「ここに来る前からずっと、リーネアはアルスの位置を探ってた。足りねー分は俺がコピーすることで、本来は無理な場所まで糸を伸ばしてたってわけ」


「だから二人同時に気づいてたんだね」


 常時展開していた能力が、攻撃として有効だと判断されたことにより、ヴォルクとリーネアのカウントが一緒に進んだのだろう。


 だとすれば、現時点でヴォルクのカウントは3になったということになる。

 残るはリーネアだが──。


「そーそー。だからもー手遅れってこと」


「手遅れ、ね。そうでもないかもしれないよ」


「は?」


 諦めるよう促してくるヴォルクだが、そもそも私は、初めから糸の存在には気づいていた。

 気づいた上で、()()()()()のだ。


 死神之大鎌(デスサイズ)で空間を切り裂く。

 パカリと口を開けた空間の中に、私はそのまま足を踏み入れた。


「間に合わないなら、間に合わせればいい」


 繋げる先は亜空間にしておいたため、これも一種の亜空間能力ということで誤魔化せるだろう。

 直行できる空間能力とは違い、亜空間は一度中を経由する必要がある。


 亜空間に入ってすぐ、溢れ返った物の山に出迎えられた。

 どこもかしこも天高く積み上げられている。

 転幽が好き放題した結果、とんでもない詰め込み具合になってしまったようだ。


 アルスのいる位置に合わせ、再び空間を裂く。

 背後で閉じていく裂け目の隙間から、ヴォルクが「やっぱずりー」と呟く声が聞こえた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 結界のある端近くまで来ていたアルスは、スナイパーライフルを持ち、木の枝に腰掛けていた。


 スコープを覗きながら、睦月たちの様子を確認する。

 初めは霧でよく見えなかったが、しばらく地形を観察したことで、睦月たちのいる場所にも数字が浮かんできていた。



 人間だった頃から、アルスは変わった子であった。


 数字が見えるのは元からで、何故見えるのかも分からない。

 けれど、どこぞの学者が、アルスには驚異的な演算能力があるのだと話していた。


 ある程度観察していれば、生物であろうと数字が浮かんでくる。

 この数字が何なのかはさておき、アルスは物事を予測する力を手に入れたのだ。


 知らない土地で迷っても、しばらくすれば帰り方が分かった。

 上から看板が降ってきた時は、落ちる前に数字が教えてくれたりもした。


 その頃には、数字が表しているのは座標のようなものだということに、アルスも薄々勘付いていたのだろう。


 そんなある日、信号待ちをしていたアルスの前を子猫が横切っていった。

 何となく目で追ったアルスだったが、その先に迫る車が見えた瞬間、思わず道路へと駆け出していく。


 浮かび上がったのは、数字同士が重なる光景。


 ──それは、子猫の悲惨な未来を表すものだった。


 アルスは子猫を抱えると、道路沿いの草むらに向かって子猫を投げ入れた。

 子猫の位置が移動したことで、予測された数字が変わっていく。


 アルスが最後に目にしたのは、自分の未来が消えたことを表す数字だけだった──。



 死神になった後も、数字はアルスに付き纏った。


 子猫を助けたことを後悔はしていない。

 どうせ、アルスは長く生きられない運命だったのだ。

 脳が焼き切れて死ぬより、未来ある子猫を助けられたのだから、結果的に良かったとさえ思っている。


 しかし、死神になって莫大なキャパを手に入れたことにより、数字とはむしろ永い付き合いになってしまった。

 おかげで、経理課では変わった死神、使えない死神だと言われ続ける毎日だ。


 噛み合わない言動が、おかしく映ったのは分かっている。

 アルス自身、とうの昔に諦めもした。

 それでも、睦月からリーネアや石柱について問われた時、アルスは内心恐怖したのだ。


 この話を口にしたら、変だと思われるかもしれない。

 睦月に、おかしな奴だと思われるかもしれない……と。


 不思議だった。

 睦月にだけはそう思われたくないと考えた理由も、睦月がアルスのことを少しもそんな風に思わなかった訳も。


 そして、それ以上に嬉しかった。

 睦月のために全力を尽くそうと決意するくらいには。

 なけなしの勇気を振り絞って、話して良かったのだと、アルス自身をほんのわずかでも認めてやれる程度には。


 ヴォルクとリーネアには数字が浮かんでいる。

 試合中も観察し続けることで、ある程度の予測は出来るようになったのだろう。


 エリアが樹海に変わったことでリセットされた部分もあるが、それも今までの時間でだいぶ取り戻せた。


 アルスからしてみれば、驚くほど順調だった。


 順調に進んでいた──はずだった。


 

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