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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.38 試験の抜け道


 開始の合図が響く。


 霧で不安定な視界の中、ヴォルクは一直線に樹海を駆けていた。

 鼻が少しばかり効くため、木々にぶつかる心配はない。

 加えて、周囲の状況は既にリーネアが把握している。


 試合中の能力は3回までだが、試合外での能力はいくら使おうと自由だ。

 そう話したリーネアは、移動中も辺りに糸を張り巡らせていた。


 まるで蜘蛛の巣のように広がる糸だが、何も周囲の状況を知れるだけではない。

 自由に硬化させられる糸は要塞のような役割も果たしており、糸に付帯した能力で触れたものを軟化させることもできる。


 たとえ遠距離の攻撃が届こうとも、この糸に触れた時点で軟化し、バラバラに分断されてしまうだろう。


「にしても、何で俺かなー」


 リーネアの実力は、ヴォルクが思っていた以上に高い。

 もしリーネアが降参していなければ……いや、あえてアルスに負けていれば。

 リーネアの組む相手は睦月になっていたはずだ。


 情報管理課の死神ならば、今回の試験で誰と組むのが正解かなんてとっくに分かっていただろう。

 しかし、今こうしてリーネアと組んでいるのはヴォルクである。


「まー俺からしたらラッキーだったけど」


 ヴォルクには一位になる未来も、最下位になる選択肢もなかった。

 万が一アルスと組んでいようものなら、勝負は一瞬で終わりを告げていただろう。


 それはつまり、審査員にアピールできる機会を失うということでもあるのだ。

 この試験、ヴォルクには何としても受かりたい理由があった。


 薄っぺらい笑顔で、「昇格試験って言っても、ヴォルクの位なら受かって当たり前だよねぇ」なんて言ってのけた上司に、もし不合格の三文字でも見せようものなら……。


 ──考えるだけで吐きそー。


 ヴォルクの上司である明鷹の位は、至高の王、最高位の側近に次いで高い、高一位である。

 対してヴォルクは下二位だ。

 これは、新人たちのいる下三位の一つ上に当たる。


 (まれ)に飛び級なんてものをする死神もいるが、階位は基本、合格する度に一つずつ上がっていく。

 ヴォルクの位は多くの死神が属する場所に当たるため、多少の力量差は仕方ないとされていた。


 それはそうとして、今回の試験は色々とおかしい者が勢揃いしている。

 ヴォルクと同じ下二位のリーネアはまだしも、下三位のアルスと睦月は明らかに異質だった。


 試験を受けるには未熟すぎるアルスに対し、睦月は位が本当に合っているのか疑いたくなるほどの実力を持っている。

 候補生にはならず、スカウトされてそのまま死神になった存在は、階位も途中から与えられるはずだ。


 しかし、睦月の階位は何故か一番下。

 色々と異例な死神として、ヴォルクも耳にしたことはあった。

 その上、最近になって明鷹のお気に入りだと判明している。


 かと言って、手を抜くつもりはない。

 リーネアからも、絶対に勝つという意志が感じられる。

 ならば、今のヴォルクがすべきことは全力を尽くすことだけだ。


「とりあえず、こっちも作戦通り──」


 背筋に悪寒(おかん)が走った。


 とっさに飛び退いたヴォルクの目の前で、木が滑り落ちるように倒れていく。

 幹の部分がスッパリと切断されており、断面は驚くほど綺麗だ。


 一斉に横倒しになった木々の先で、きらりと光る大きな鎌が見えた。


 ヴォルクがこの試験に受かりたい理由の中で、最も重要なものがある。

 それは、死神之大鎌(デスサイズ)を持てるようになる、ということだった。


 特別警備課は、下一位以上になれば、本職の死神と同じように死神之大鎌(デスサイズ)が支給される。

 ヴォルクはかっこいい武器に目がなかった。


 先輩たちの死神之大鎌(デスサイズ)を見つめながら、いつか必ず自分も手にするのだと決めていたのだ。


 睦月の死神之大鎌(デスサイズ)は、支給されるものと少しだけ違っている。

 刃の部分が、夜空のような色を帯びているのだ。


 髪の色に似て淡く光る大鎌は、服装も相まって、睦月の神秘的な容貌を引き立てていた。

 これが試験でなければ、見惚れていたかもしれない。


 木がなくなったことにより、ここだけぽっかりと開けた空間になっている。

 霧で視界は不明瞭だが、先ほどまでと比べればかなりマシになっていた。

 

「えげつねー」


 思わず呟いたヴォルクは、ちらりと背後に視線を向ける。


 リーネアの糸はまだここまで届いていない。

 そして、リーダーであるアルスの位置も不明のままだ。

 サバイバルナイフをくるりと回しながら、ヴォルクは視界のカウンターを確認した。

 

 真正面からぶつかっても無駄だ。

 睦月の足止めと誘導。

 それが、ヴォルクに課された役目だった。


 視線は睦月の方から離さず、じりじりと退がっていく。

 睦月たちが勝つためには、リーネアの元へ行かなければならない。


 であれば、どうあっても()()()へ来るしかないはずだ。

 睦月は後退するヴォルクを見て、自分が追う側になったことを察したようだった。


 距離を詰めようと、死神之大鎌(デスサイズ)を片手に進んでくる。

 一歩一歩近づくたび、ヴォルクは心臓の鼓動が速まる感覚に(おちい)っていた。


 死神の心臓は動かない。

 ヴォルクの心臓が脈を打つことなど、あり得ないというのにだ。


 徐々に近づく距離に、ナイフを握る力が強まっていく。

 睦月がとある地点を踏み越えた瞬間、ヴォルクは睦月に向かってナイフを勢いよく投げつけた。


 死神之大鎌(デスサイズ)で叩き落とそうとした睦月だったが、わずかに目を細めると刃の部分を斜めに傾けている。

 ナイフが途中で分裂し、何十にも増えていたのだ。


 まるで鳥の大群のように降ってくるナイフを鎌で払い除けながら、睦月は横へと回避をとった。

 残ったナイフが次々と地面に突き刺さっていく。


 ナイフを投げたはずのヴォルクの手には、先ほどと変わらずサバイバルナイフが握られていた。

 くるくると回転させたナイフを、ヴォルクは下向きに構え直している。


「コピー能力、かな」


「へー。そんなことまで分かるんだな」


 感心した様子で話すヴォルクは、視界のカウンターが1つ進んでいることを確認し、ゆっくりと息を吐いた。

 予想通り軽々と受け流されてしまったが、時間稼ぎにはなっただろう。


 睦月が攻撃を躱していた最中(さなか)、辺りに伸ばされた糸が睦月の周りを取り囲んでいる。

 後衛であるリーダーだが、わざわざ身を隠さなければいけない理由もない。


 霧の中から進み出てきたリーネアは、両手で糸を操りながらヴォルクの背後で立ち止まった。


「どうせなら、一緒に攻めることにした方が強いだろ?」


 周りを囲む糸が、じわじわと範囲を狭めていく。

 蜘蛛の巣のように広がる糸から抜け出すには、どこかを切り裂いて出口を作るしかないだろう。


 リーネアとヴォルクは糸の向こう側にいる。

 絡めとるように迫ってくる糸は硬度を増し、ピアノ線のように鋭い光を放っていた。


 糸を操るリーネアの唇には、うっすらと笑みが浮かんでいる。


 

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