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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.37 本当の言葉


 アルスは今にも泣きそうな顔をしている。

 僕のせいでと呟く言葉が何を意味するかなんて、聞かなくても分かることだった。


「ほっ、本当にすみません……。ぼぼ僕のせいでまけっ、負けてしまう……!」


「大丈夫。まだ決まったわけじゃないよ」


 落ち着かせようと声をかけたが、アルスはさらに泣きそうな顔で嘆いている。


「でで、でもっ! 僕がいたら、むっ、睦月さんの足を──」


「試合の時」


「……え?」


 引っ張ってしまう。

 そう続けようとしたアルスの言葉を遮った。


「リーネアとの試合の時、アルスはずっと石柱の向こうにいるリーネアを見てた。石柱が崩れた時も、まるで落ちてくる位置が分かってたみたいに全部避けてたよね」


「そっ、それは……」


 言い淀んでいたアルスだったが、黙って待っている私を見て、覚悟を決めた様子で話し始めた。


「ぼ、僕……数字が見えるんです」


「数字?」


「ある程度目にした物の上に、すっ、数字が浮かんでくると言うか……」


 物に数字が表示される。

 チーム戦のため、アルスの能力は既に聞いていたが、もしかしてこれもアルスの能力なのだろうか。


「むむ昔からそうなんです。新しい場所に来ても、しっ、しばらく見てたら数字が浮かんできて……。まだ行けてない場所の地形とか、ほ、他の物で隠れて見えない物の位置とかも、数字が浮かんでくるから分かると言いますか……」


「私にも数字が浮かんでたりするの?」


「いいいえそのっ、死神だと浮かぶ人と浮かばない人がいるので……! 睦月さんは、みっ、見えてないです……」


 アルスの話を聞く限り、地形や物であれば数字が表示され、一部を見ることで他の場所まで数字を通して予測できるらしい。

 しかし、死神だと見える者と見えない者がいる、と。


「すすすすみません! おかっ、おかしいですよね。能力とは関係ないので、う、上手く切り替えも出来なくて……。だから課でも、へっ、変なやつって……言われてるんです」


 苦笑したアルスは、色々なことを諦めているようだった。

 自信がないのだろう。

 変わり者だと言われてきたことが、アルス自身の肯定感を下げているのかもしれない。


 能力とは関係なく、視界に映った物が数値化される……か。

 もしかしてアルスは──。


「おーい。そっちは決まったか?」


 ヴォルクの声に顔を上げる。

 リーダーをどちらにするか相談していたヴォルクたちだったが、リーネアとの話が済んだのだろう。

 私たちの状況について確認してくる。


「ああのっ、リーダーでしたよね。どっ、どうしますか……?」


「アルスがやってくれる?」


「ええ!?」


 驚きで声を上げたものの、前衛は無理だと気づいたアルスは、「そそ、そうですよね……」と青ざめた顔で承諾している。


「こっちも決まったよ」


「じゃあ早く始めよーぜ」


 話し合いが終わったことを察した樹莉が、(たすき)を持って近寄ってきた。

 先に私の方を向くと、赤と青の襷を差し出してくる。


「どちらにしますか?」


 これを身につけるのはアルスだ。

 そう思い、アルスに好きな方を選ぶよう伝えた。

 意外なことに、アルスは迷うことなく青い襷を手に取っている。


「そっちでいいの?」


「は、はい! こっちの色が良くて……」


 ちらりと私を見たアルスだったが、すぐに慌てた様子で視線を逸らしていく。

 相変わらずプレッシャーに押し潰されそうな表情をしているが、最善を尽くそうという心意気は感じられた。


 ヴォルクたちの方はリーネアに決まったらしい。

 赤い襷を身につけたリーネアは、アルスとは反対に落ち着いた表情をしている。


 チーム戦は能力の相性や、それによって組み立てられる戦法も重要だ。

 アルスの準備が整うまで、私が二人の相手をしておく。


 そう提案した私を見て、アルスは泣きそうになりながら、自分のせいで負けてしまうと呟いていた。

 けれど、あいにく私に負ける気は毛頭ない。


「準備はよろしいですか?」


「大丈夫です」


「問題ありません」


 樹莉の問いかけに、先ほどまで沈黙していたリーネアが答えたことで、アルスの視線も自然とリーネアの方を向いていく。

 しかし、アルスのことは気にも留めず、リーネアは私だけをじっと見続けている。


 嫉妬や嫌悪、実らない恋情が煮詰まった結果、リーネアの心は酷く歪んでしまった。

 その上、こうして捨て駒のように扱われているのだから、リーネアもある意味では可哀想な子なのだろう。


 リーネアを候補生にしたのは、おそらく現在の王に属する側の死神だ。

 その死神の手を取った時点で、リーネアは死神でありながら、常に死と隣り合わせの場所に身を置くことが決定づけられてしまった。


 いつ首が飛ばされるかも分からない、真っ暗な盤の上に。

 

「では、配置についてください」


 樹莉の指示に従い、それぞれの場所へ向かう。

 樹海に立ち込める霧によって、ヴォルクとリーネアの姿はすぐに見えなくなった。


「きっ、霧で何も見えませんね」


 死神の目は暗闇さえも見通す。

 アルスがこの霧を見通せない理由は、能力で作られたものだからだろう。


 初めて朧月と出会った時、視界を覆う霧によって、周りの景色は何一つ見えなかった。

 能力で作り出されたという点で言えば、あの時も今も変わらない。


 けれどこの霧は、朧月のものよりずっと薄く……それでいて、ずっと弱かった。


「そうでもないかな」


「え?」


 ぽかんとした表情のアルスは、聞こえなかったというより、意味が分からなかったのだろう。

 再び霧に向かって目を凝らしていたが、何も見えず諦めている。


「むっ、睦月さんって、ほん、本当に新人ですか……? もしかして、のの能力が他にもあったり……とか?」


「どうだろうね。ただ、()()について話すなら、能力とは違うものだと思うよ」


 なんせ、私の視る力は能力としてカウントされていない。

 

 アルスとの試合で、私は視る力によってアルスの位置を把握していた。

 そして、それにより有利な位置から攻撃を成功させてもいる。


 つまり、攻撃が成功した時点で、カウントは2になっていなければおかしいのだ。

 しかし、アルスとの試合でカウントされた能力は1。


 朧月(おぼろづき)は、私に視る力があるのは真実を探すためだと言っていた。

 視る力が能力の類でないとすれば、いったい何に当たるのだろうか。


「作戦はさっき話した通り。私がヴォルクとリーネアの相手を受け持つから、アルスは準備が出来次第ヴォルクの動きを制限して欲しい」


「わ、分かりました」


 硬い表情で頷くアルスを見ながら、その場で足を止める。


「ここからは別行動だね」


「はっ、はい……。ああの、睦月さん……!」


 前衛はこの辺りにいた方がいいだろう。

 アルスを見送ろうと身体を反転させると、先ほどよりも大きな声でアルスが話しかけてきた。


「ぼ、僕は……課でも他の死神と噛み合わなくて、へへ変だとか、つっ、使えないとか言われてきました。でもっ……、そ、それでも僕のこと……信じてくれますか……!?」


「信じるよ」


 ヒュッと、アルスの喉から空気の抜ける音がした。


 目尻の赤さが、(こら)えた涙の熱を表しているようで。

 一瞬俯いたアルスは、すぐに顔を上げてこちらを見てきた。


 深く頭を下げると、アルスはそのまま背を向ける。

 アルスの姿が視界から消える前に、紛れもない本心を伝えた。


「私は、アルスを変だと思ったことは一度もないよ」


 奥に進もうとしていたアルスの足が止まる。


 強く拳を握ったアルスは、振り返ることなく霧の中へと駆けて行った。


 

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