ep.31 事のあらまし
灰銀の長髪が流れる。
ゆったりと椅子に腰掛けながら、死界の王は何処かをじっと眺めていた。
「影が一つ、消されたね」
驚いた表情で王を見た無花果は、珍しく動揺を露にしている。
「どうやらアレは、相当重要な情報を知ってしまったらしい。一欠片も残さず消し去るとはね」
「まさかそんな……」
言葉に詰まった無花果だが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
王の傍に寄ると、いつでも指示を受け取れるよう控えている。
「思考を共有する分身とは違い、影は完全な分離体だ。こうなった以上、アレが手に入れた情報は諦めるしかない」
「……何者の仕業でしょうか。王の影を消すなど、一介の存在に出来ることではありません」
「宝月でないとすれば、対象は自然と限られてくるものだよ」
王はすでに答えを知っているようだった。
しかし言葉にはせず、無花果が口にするのを待っている。
「つまり、太陽跡の干渉を受けた……と」
静かに微笑んだ王を見て、無花果は天界の王への憎しみを募らせていく。
太陽跡は、天上神王が自ら引き入れた側近たちだ。
王の意に反することをしない太陽が直接動いたということは、そういうことに他ならない。
「そう言えば、申請が届いているようだね」
「はい。どうやら昇格試験を受けたい死神がいるようです。申請者の一人が例の死神だったため、一旦差し止めてはいますが……」
「構わないよ。そのまま受けさせてあげなさい」
「よろしいのですか?」
意図を推し量るように、無花果が問いかける。
「私も少しばかり、件の死神に興味が湧いてね」
どこか楽しそうな王の雰囲気を察し、無花果は黙って頭を垂れた。
「では、その様にさせていただきます」
「頼んだよ。私の花たち」
王の視線は無花果と、その先で控える死神の方を向いている。
騎士を彷彿とさせる装いの死神──ロベリアは、王に一礼を取ると、音もなくその場を去っていった。
◆ ◆ ◆ ◇
「……という訳なの。報告が遅くなってごめんなさいね」
「いえ、律さんたちが悪いわけではありませんから」
テーブルを囲みながら、各々の情報を共有する。
律からは捕獲した死神たちのその後。
そして、燕に関する事の経緯を聞いていたところだ。
「結論からまとめると、主犯格の死神は逃走。補佐の死神は捕獲できたものの、警備課へ送る前に謎の現象によって消滅した。という事ですね」
「その通りよ。逃げられないよう注意は払っていたけど、燕の自戒が発動した事で隙を突かれた形ね」
問いかける美火に対し、律は少し緊張した様子で答えている。
「本当に突然だったんですか? 何か予兆のようなものは?」
「一切なかったと思うわ」
美火の出してくれたお茶を飲みながら、律の話を整理していく。
捕獲した死神は合わせて四人。
その内、カウダとラケルタが逃走した。
残りの二人は捕獲できていたが、尋問などを行う前に、原因不明の力により消滅してしまったらしい。
律たちの中で燕の印だけが発動した理由は分かっておらず、何故いきなり発動したのかも不明のようだ。
そもそも自戒とは、規則を破ったものを罰するために使われる仕組みのことを言う。
公平公正を要する印が、理由もなく使われたというのがおかしいのだ。
「霜月の印も突然発動した事を考えると、やはり故意の可能性が濃厚ですね」
「こい……ねぇ」
「発音おかしいわよ、リブラ」
律のツッコミが入る中、話題に上がった霜月はいつもと変わらない雰囲気で座っている。
もちろん、私の隣に。
「それに、死神を一瞬で消滅させられる存在は、三界を合わせてもそう多くありません」
「確かに。先に能力を埋め込まれていたとしても、相当な実力がないと難しいだろうね」
納得した様子で頷くリブラを、美火が鋭い眼差しで見ている。
どうやら、美火はリブラの存在が気に食わないらしい。
「そう言えば、睦月ちゃんたちの上司はいつ頃戻ってくるのかしら?」
「多分、しばらく戻って来ないと思います」
「あら。残念ね」
私たちが居る場所は、上司の所有する空間だ。
こっそり会議できる場所が欲しいと伝えたところ、二つ返事でこの部屋を空けてくれた。
安心から胸を撫で下ろすリブラとは違い、律は心から残念がっているように見える。
「会いたかったんですか?」
「だって素敵じゃない。睦月ちゃんたちの上司」
正気かと言わんばかりの顔をするリブラに対し、美火は何とも言えない表情をしている。
「律さんって、上司みたいなのが好みなんですか?」
「好みというか……。近寄りたいとは思わないけど、観賞するには最高なのよね」
「なるほど」
飛び抜けて綺麗な容姿というのは、観賞用にもなり得るらしい。
これに関しては、美火も否定できないのだろう。
複雑そうな表情のまま、無言を貫いている。
「本来ならあたしたちみたいなのが気軽に会える存在ではないから、何だか残念に思えちゃって……」
「それならむしろ、今がチャンスって事ですね。いっそ呼び出してみますか?」
早めに戻って来てと連絡すれば、もしかしたら会う機会にも恵まれるかもしれない。
善は急げとばかりに、上司へのメッセージを認めていく。
律は私が冗談を言ったと思っていたらしい。
霜月が「しなくていい」と口にしたことで、私が本気だったと気づいたようだ。
慌てて止めに入ってくる。
まだ送っていないことを伝えると、律と同時に席を立っていたリブラも、ほっとした様子で席に戻っていた。
「あたしのために呼び出しなんて、恐れ多くて死にそうだわ……」
「……ほんと、命がいくつあっても足りないよ」
律たちからそれほどまでに言われる上司の姿と、私が見てきた上司の姿が全く一致しない。
不思議なものだと茶菓子を摘む私のお皿に、美火が追加のお菓子を入れてくれるのが見えた。